第2章・・・日本での入院生活

平成11年4月26日

県立病院での入院生活がスタート

平成11年5月12日

胃瘻留置手術・・・栄養を胃に直接入れるための管挿入
水も飲めない経管栄養の日が続く

嚥下(飲み込み)ができるか試す
初めてゼリーを口にする。 うまくいった
アイスクリーム・プリンを試す。 これもOK

 日本食に飢えていたので頭にうかぶものは食べ物のこと。
思いつくままいってみる。少しずつ病室に届く

うなぎ・焼き鳥・ラーメン・
アメリカにいるときは無性に食べたかった生卵かけごはん
・みたらし団子・大福・誤飲に気をつけながら少しずつ口にする食べられた。

大福・内緒で食べて事後報告、先生がびっくり! 病院食開始

平成11年5月19日

膀胱瘻留置手術・・・尿を膀胱から直接流すための管を挿入

平成11年6月11日

腸閉塞の手術・・・傷口がつかず転院が1ヶ月延期となる

平成11年8月25日

神奈川リハビリ病院へ転院
呼吸器のアラームがなると、ナースセンターに直接ブザーが鳴るように設置

入院目標・・(1)発声ができるように、
       (2)残存機能の活用
       
       (3)在宅に向けての準備

発声 ーーーーーー カフを抜いて5分から少しずつ時間を延ばしていった、ーーーーーーーーーーースピーチバブルを試したが、苦しくて駄目だった

ナースコール ーーーーーーーーー 舌タッチ
環境制御装置の活用ーーーーテレビのチャンネルを切り替え。
                  ラジオのON・OF   ワープロの練習

首が安定しないので、頭がずれてタッチセンサーに届かなくなるとナースコールが使えない。舌をチッチッチと鳴らしながら通りがかった看護婦さんに気ずいてもらう。 頭が落ちそうで怖い。

平成11年12月

在宅に備えて家探し、家の改装、家族は大変だったと聞く、
この頃発声は途切れ途切れだがおおよそ理解してもらえるようになった。
食事はすべて口から、なんでも食べられる

週に一度車椅子に乗り、訓練室に行くようになった

訓練の時は洋服に着替えた、まさか洋服が着られるとは思っていなかったのでできるだけ気に入った服を選んで着せてもらった。おしゃれが好きだったので、洋服が着られるのはうれしかったけど、カッコよく着られなくなったことが悲しかった

平成12年2月28日

退院・・主治医・OT・PT看護婦・訪問看護婦・呼吸器の管理担当者・県立病院の受け入れをして下さった先生・友人が集まってくれた

交通事故から在宅までの記録ー3
TOP 交通事故から在宅まで 詩集・セナ AKIKOの部屋 掲示板 友達リンク 検査入院記 京都の思い出 愛犬セナ