ナルの追憶―中編―
ただの金髪の少女だったナルは、金髪のフォニュエールとなってパイオニア2という大型移民船に居た。 母星を旅立ってどのくらい経ったのであろうか。 人々の心にも焦りの色が見え始めていた。 そんな中にあって、ナルもまた焦りを感じてはいたが人のそれとは違うものだった。 (あとどのくらいこの封印はもつのかな?) 不安と期待が入り混じる中、ようやくパイオニア2は新天地・・・先行していたパイオニア1が待つラグオルへと到着した。 広大な宇宙をある一点を目指して進む光の柱。 それに応えるように新たなる星から伸びる光の柱。 今、まさに、ようやく出会えた2つの光が1つに重なろうとした、その瞬間・・・。 その希望の光は新たに出現した強大な光に掻き消され、その新たな光が引いた後、パイオニア1との連絡が取れなくなっていた。 少なくとも、パイオニア2では誰も彼の地で何が起きたのかを把握出来ないでいた。 しかし、ナルの目には異変を起こした者の姿が映っていた。 (あの禍々しい姿は誰?沸き上がって来るこの気持ちは何なの!?) 母星を旅立って初めて味わう恐怖だった。 その数日後、ナル(だけではなかったのだが)は総督府に呼び出されていた。 「うむ。フォースのナルだな・・・?」 総督が重い口を開き、今ラグオルで何が起きているのか調査して欲しいと言った時、何故こんな自分に重大な問題を任せるのかを疑問に感じた。 しかし、このままではいつこの封印が破れるかも分からずにただ恐れ慄く日々だけが待っているのは確実だった。 「私に出来る事でしたら、全力で取り組みます」 聞くところによると、総督の一人娘(ハンターズ仲間内では有名な、レッドリング・リコその人のようだ)があの事故に巻き込まれたらしい。 その心配のあまり、こんな下っ端のフォースにまで話が回ってきたのだろう。 ナルの言葉に満足したらしい総督の部屋を後にして、ナルは装備品を確認すると新天地・・・ラグオルへと足を向けたのであった。 初めて見るラグオルは、綺麗な所であった。 凶悪なモンスターの存在が無ければ最高な地であろう。 「あれ?」 すっかりと心が和んでしまったナルの目に、地中に埋められたボイスカプセルが飛び込んできた。 聞いても良いものかどうか思い悩んで周りをウロウロしている間に再生がかかってしまった。 そのカプセルに録音されていた声の主は、レッドリング・リコその人であった。 (なんだか・・・私なんかが来ても良かったのかなぁ) リコの残したメッセージの内容は、今の自分には遥か彼方の絵空事のようにしか受け取る事が出来ない。 その絵空事が現実となって間の前に大きく横たわる事に気付くのは、あのバリアを潜ってからでも遅くはないだろう。 最初の部屋ではエネミーに襲われる事はないと言われているが、一歩踏み出せばそこは生と死が交錯する世界なのだから。 もう一度自分の装備を確かめ、ハンターズとして登録された者ならば誰もが支給されるマグに餌をやり、ナルは今、戦場への一歩を踏み出した。 最初のエネミーは「ブーマ」と呼ばれる原生動物だった。 歴戦の猛者ならば、目を瞑っていても軽くあしらえる程度のエネミーなのだが、今のナルには死に物狂いで戦っても命の危機は去らない程の強敵だった。 「きゃあっ!」 何度地面に叩き付けられてあろうか。 何度メディカルセンターへと担ぎ込まれたであろうか。 幾度も挑戦し続けたものの、ナルは次第に気力を失いつつあった。 ある時、いつものようにラグオルへ降りる準備をしていると、脇から声をかけられた。 「ラグオルに行くなら俺達と一緒に行かないかい?」 声をかけてきた彼・・・服装からするとハンターのようだ・・・は、にこやかに「あと一人居れば四人になるんだ」と続けた。 「あ、あの・・・私レベルも低いし、弱いから、きっとお邪魔になってしまいます・・・」 逃げるように言い、背を向けたナルにハンターの彼は言葉を続けた。 「倒れたら助ける。それが仲間ってもんだろ?大丈夫。少なくとも一人で冒険するよりは安全な筈さ」 助け合う「仲間」を知らなかったナルは、少し混乱していた。 弱い自分を連れて行く彼等に何かメリットはあるのだろうか?そんな疑問が頭を過ぎる。 改めて彼等を見ると、どうやら三人ともハンターらしかった。 後ろに控えていたその二人も、ナルと目が合うと優しく微笑み冒険へと誘う。 「えと、私で宜しければ、その・・・よろしくお願いします」 ナルは初めて自分を必要としてくれる人達に出会った。 理由は単なる数合わせだけなのかも知れないが、自分を選んでくれた事は曲げようもない事実なのだ。 今の自分の技量で、このまま一人で冒険を続けて行くことに限界を感じていたナルは、生まれて初めて人に頼る事を選択したのだった。 「ナルはフォースだろ?テクニックレベルはどのくらいかな?」 ここではディスクを呼ばれるモノを使って、テクニック・・・アンドロイド以外であれば誰でも扱う事が可能な魔法のようなもの・・・を覚えるのだ。 ナルが職業とするフォースは、そのテクニックの扱いにどの職業よりも長けている。 しかしながら、ナルは未だ初級テクニックと回復テクニックのレベル1までしか覚えていなかった。 ナルのレベルの低さを改めて知ることとなった彼等は、しばらくチェックルームの前で話し合うと、その内の一人がいくつかのディスクをチェックルームから引き出しナルに手渡した。 「今はまだ使えないかも知れないけれど、いつかこれが使えるようになるまで持ってると良いよ」 渡されたディスクには、見たこともないような上級の高レベルテクニックが登録されていた。 「あ、あの・・・お返し出来るものがないのですが・・・」 これを自分が自力で手に入れられるのはいつであろう。もしくは、これと同等の物を返さなければならないだろう。 その不安が身体を支配し、アイテムを受け取る事を拒んだ。 そんなナルを見た彼等は、少し肩を竦めて口々に言った。 「そんな事は気にするなよ」 「それじゃ気が済まないなら・・・そうだなぁ、またどこかで会ったら一緒に冒険しよう」 見返りを求められないことも初めてだったナルは、人の温か味を肌で感じていることに気が付いた。 「は、はい!是非!!」 嬉しさで胸がいっぱいだった。 「よし、そろそろ行こうか!」 先ほど知り合ったばかりの四人は、連れ立ってラグオルへと降りて行った。 ラグオルへと降りると、他の三人に比べてナルの装備はあまりにも貧弱に見えた。 「危険を感じたら俺達の後ろに回ってくれ。必ず守るからな」 ハンター達は力強く頷き合うと、エネミーの待つ部屋へと突入して行った。 そこから先はただがむしゃらに戦うだけだった。 ナルのレベルでは、エネミーを怯ませる事も、仲間を守る事も出来なかった。 ただ、敵の攻撃から逃げ惑う事しか出来なかったのも情けない話しであるのだが。 それでも、いくつかの部屋を回っている間にテクニックのレベルも多少は上がり、なんとか敵に一撃でも与えられるようにはなっていた。 ・・・無論、反撃もそれなりに受けていたのだが。 「大丈夫か!?」 最初の言葉通り、ナルがエネミーの攻撃を受けて地面に叩き付けられる度に前線で戦うハンター達は「レスタ」と呼ばれる回復テクニックで傷を治して守ってくれた。 守られる事、気にしてもらえる事を好ましく感じたナルは、この場を保つ為なら自分に出来る限りの事をしようと考え始めていた。 どのくらいの戦闘を繰り返したであろうか。 四人の前に大きく赤く光る不気味なトランスポーターが現れた。 ナルは初めて見る種のトランスポーターだったが、その先には何か危険が待っているような、漠然とではあるが恐怖とはまた違う何か胸騒ぎのようなものを感じた。 「もうボスか・・・」 一人が言葉を漏らした。 「とりあえず一度行ってみて、駄目なようならまた考えれば良いさ」 ナルには内容の見えない会話だったが、彼等が行くのであればどこまでも付いて行きたかった。 「ナル。この先にはボスが待ってるんだ。今の君には少し早いかも知れないけれど、必ず助ける。だから一緒に頑張ろう!」 そう言葉をかけられたナルは力強くうなづきを返した。 「はいぃ!!」 早鐘のように鳴る胸を押さえて、一歩、トランスポーターの中に入るとデバンド(防御力上昇テクニック)とシフタ(攻撃力上昇テクニック)がかけられた。 今の自分には必要のないテクニックだろう。一撃でも攻撃を受ければ、それは死を意味するのだから。 しかし、その気持ちが嬉しかった。彼等だけならこのような小細工は不必要なのだから。 「ありがとうございます!」 改めて、これから進む道の困難さに気付いたナルであった。 四人全員がトランスポーターの中に入ると、行き先を告げる間もなく起動した。 ワープしている独特の感覚が無くなって目を開くと・・・そこは一面の赤だった。 燃え盛る炎。 「来るぞ!」 仲間のその言葉とほぼ同時に、巨大な溶岩の塊のようなモノが現れた。 「ドラゴン・・・!」 物語ではよく見掛ける、まさにドラゴンだった。 「あいつの吐く炎に気を付けろ!」 ハンター達は互いに目配せし合うと、三方向に分かれつつドラゴン目指して駆け込んで行く。 彼等の背中と巨大なドラゴンを呆然と見ていたナルは、焼け付く炎を身近に感じた。 ドラゴンがナル目掛けて炎を吐いたのだ! 慌てて走り出したが間に合わない! 「あう!」 ナルは赤く染まって行く意識の底で、仲間が自分にレスタを掛け続けている姿を目にした。 自分も攻撃を受ける事も構わずに。 (こんなところで、死ねない!) 自分は新たな力を得る為に「ここ」に居るのだ。 守られてばかりでは到底得る事の出来ない力を。 ナルの身体に力が蘇る。 左肩の中空に浮いているマグが、その思いに呼応するかのように光り出した。 ナルは、自分の身体にドラゴンの炎だけの熱さではない、されど何物にも変え難い身体の奥底から湧き上がってくる熱を感じた。 |