ナル追憶−前編−
そこには一人の少女が佇んでいた。 ・・・彼女は孤独だった。 その一族すべてが彼女を顧みることがなかった。 理由は彼女の顔の「封印の証」にあったのだが、幼い彼女には解るはずもなかった。 (なんで、わたしは愛されないんだろう?) そんな疑問を抱いて彼女は育った。 彼女の鮮やかな金髪が長くなる頃には、周りの人間の不自然な態度というものが多少は理解出来るようになっていた。 彼女が生まれ育った村では例外なく皆が特殊な力を持って生まれる。 そして、その力を自由に操れるようになると一人前と認められ、外の世界へと旅立つことが出来るのである。 ・・・しかし、彼女には力の片鱗すら現れてはいなかった。 その上顔に施されたペイントも、彼女以外誰一人として持ってはいなかったのである。 (わたしはみんなとは違う。弱くて醜いから・・・だから嫌われてるんだ) 産みの親も分からず、腫れ物を触るかのように育てられ、人の温もりを知る事も出来ずに育った彼女は、人から愛されるようになりたいと願うようになっていた。 (ここに居るみんなは「仲間」だ。だけど、支えてはくれない・・・。人に甘えては駄目なんだ) 同じ年頃の子達は次々と旅立って行った。 残された彼女は必死で「力」を追い求め、認めてもらうにはどうしたら良いのかを考えた。 (なんでわたしには「力」がないんだろう?必ず授かるはずのわたしの「力」はどこにあるんだろう?) この村には近寄る事を禁じられた森が有った。 鬱蒼と木々が生い茂る森には、入ったが最後生きては出られぬと言う言い伝えが存在している。 そんな言い伝えが無くとも、近寄るのが力の無い者であろうとも確かに不穏な空気を感じ取る事が出来るような、そんな森だ。 その森の入り口には村長による封印がされている。 封印より先に足を一歩でも踏み入れれば、たちまち知られる事となり厳罰に処せられるのだ。 その上彼女は物心付く前から村長からこの森に関して厳しく言い渡されている。 しかし、彼女には無い「力」についての答えがその森で見付かるかも知れない事を耳にし、掟を破る事も厭わずに禁忌の森に足を踏み入れるのだった。 その森の入り口は人が踏み入る事を拒むかのように木々が生い 茂っている。 森の入口に立ち、森を見ているだけでも恐怖感が襲って来る。 意を決して足を踏み入れると、有る筈の封印の手応えも特になくすんなりと踏み入る事が出来た。 訝しく思う心と、不穏に降りかかって来る圧迫感とに後押しされるように進み続けると、そこかしこに以前は大勢が生活していたらしき跡が見えて来た。 しかし、その形跡全てが無慈悲な力によって破壊され尽くしていた。 「これって一体・・・!?」 彼女の口から思わず驚愕の声が漏れた。 成長したとは言え未だ成年に達していない彼女には些か衝撃の強過ぎる光景であったのも事実ではあるが。 「とうとう来たな・・・この地へ」 惨いこの光景から目を離す事も、自分の足で逃げ出す事も出来ずにただ目を見張っていた彼女の背後から思い掛けない人物の声がかかった。 「・・・村長」 金色の髪を揺らし片足を着く。 その人物は、この一族を束ねる長であった。 「ナルよ・・・ここに近づく事はお前と言う存在と向き合う事になる、と教えた筈だな?」 村長の目線は厳しさを湛えたまま金髪の少女・・・ナルを見続けた。 その眼光に一瞬怯んだナルだったが、彼女には下がるべき道が残されてはいないのだ。 「私の力がこの地にあると聞きました。・・・もう、一人は嫌なんだってば!みんなに認めて貰えるだけの何かが欲しいんだってば!」 村長も自分の事は認めていないだろう。どんなに言葉を重ねても、一喝されて終わりかも知れない。 それでもナルは訴え続けた。この凄惨な場所に居るだけで、何かが身体の中から噴き出してきそうだった。 「どんな辛い事も覚悟の上なんだってば!一人になるより怖い事なんてない!・・・だから私に力を下さい!!」 ナルは自分の体が震えるのを感じていた。 しかし、その震えが恐怖から来るのか、興奮から来るのかを判別するだけの余裕は残っていなかった。 「・・・良かろう。付いて来なさい」 ナルの言葉を受け入れたのか、村長は禁忌の森の奥へと誘って行くのだった。 村長の後ろを付いて行きながら、ナルは初めて訪れる筈のこの森に懐かしさを感じていた。 感じるモノが悲しみや憤りなら、この生活していたであろう名残の壊され方を見れば誰しもが感じるであろう。 しかし、懐かしさはどこから来るのか・・・。 ナルがその答えを探し出す前に、村長は特に壊され方の酷い場所の前で立ち止まると重たい口を開いた。 「この村の始まりは知っているな?」 この質問は、この村に生まれた者ならば物心付いた子供ですら答える事が出来る。 この村が出来る以前、この周辺は恐ろしい化け物が住み着いている事で有名だった。 その化け物は金色の毛で全身を覆っており、四つの足は力強く大地を蹴って風を作り、誇らしげに振られる尾は九つに分かれている・・・俗に言う「九尾の狐」であった。 長年苦しめられて来た人間達は、ようやく化け狐を退けられるであろう力を手に入れた。 満を持して戦いを挑んだが、化け狐の力は人間達を嘲笑うかのように上昇を続け、止む無く封印する事によりようやく平穏を獲得したのだった。 「あの戦いの後、まるで化け狐の呪いのように恐ろしい力を持って産まれる者が現れ始めたのだ。・・・ナルよ、我ら一族の中にお前と同じ髪の色の者は居るか?」 「・・・いいえ。」 力無く首を振るナル。 この村の大多数は黒髪であり、薄い色だとしても明るい茶髪である。 その先の言葉を恐れるナルを更に追い討ちをかけるように村長は言葉を紡ぐ。 「お前の顔のペイントはある種の封印だと教えたな?」 村長は項垂れて話を聞かされているナルの様子を哀れみの目で見つめ、元は住居であったであろう建物に目を移して言葉を続ける。 「この目であの呪いを目にするとはこれも運命なのかも知れぬな・・・現代に蘇った九尾の狐の魂を受継ぐ子よ。」 村長の決定的な言葉と共に、決して知る筈も無い情景がナルの脳裏に浮かび上がってきた。 産声が上がる。 ついに蘇ったぞ。そんな獣の咆哮にも似ている。 口から零れるものは外に出られたと言う喜びだけ。 これで自由になったのだ!孤高な狐を封印した愚かしい人間に今こそ我が力を見せ付けようぞ! 開いていない筈の目に映るのは驚愕に支配された人々。 思い知れ!我が力を!! 母体であった人間の腹を破って自らこの世に産まれ出た「それ」は、見えない無慈悲の力で全てを壊して行く。 久々に扱う自分の力は心地良かった。 平和だった村は一瞬にして赤い地獄となっていた。 その赤子には罪は無い。しかし、自然と共に生きる恐怖の狐に戦いを挑み封印した人間達への罰なのかも知れなかった。 狐の復活と襲撃を予想していた村長に率いられた一団が、先人達も何度と無く施した封印を命を懸けて産まれたばかりの赤子・・・ナルへと施したのであった。 「・・・私に力が無いのは、化け狐を封印しているからなの?」 「そうだ」 縋る思いで問い質すナルには酷く厳しい現実として響く、短くも重い返事だった。 誰からも愛されなかったのは自分のせいだったのだ。 伝説の九尾の狐を宿して産まれてしまった、自分の・・・罪。 「我ら一族は母なるこの大地より力を授かっておる。が、今この地は死に瀕しているのはお前も承知しておろう。お前の封印を守り続けるだけの力がいつまで保つか分からぬ状態なのだ」 考えてもいなかった驚愕の事実に浸る時間も残されてはいない。 嘆き、悲しみ、悩む時間は過ぎ去ったのだ。 もし封印が敗れれば自分が自分でなくなり、この地を破壊し尽すだろう。 「・・・お前一人にその重荷を任せて済まぬ。だが時間が無いのだ。お前の精神力に頼るしかないのは心苦しいのだが・・・今パイオニア計画と言う移民計画が進行している。新天地へ行きお前だけの力を手に入れて来るのだ」 突き放すようだったが、この場に留まれば未来は一つしか無いのは目に見えていた。 一族から離れたった一人で新天地へと旅立つ事になった金髪の少女ナルは、一般の移民としてではなくハンターズの一員としてパイオニア計画に参加する事にした。 しかし、誰もがハンターズになれる訳ではない。 まして何の力も持たない者が易々と目指せる道ではないのだ。 ナルは何度も遅い来る挫折と絶望の中、共に同じ道を目指す友と出会い、強く逞しく生きる先輩ハンターズ達の背中に励まされてなんとかハンターズの中のフォースとして登録される事になった。 そして、パイオニア2の旅立ちの日を迎える・・・。 |