ナルの追憶―後編―





 その熱が何なのかはよく分からなかった。
 しかし、自分の身体から制御の効かない力が放出される事だけは感じる事が出来た。
 「うわあぁぁっ!」
 ナルの口から叫び声が上がる。
 宙を漂っていた彼女の腕が、自分の存在を確かめるかのように、愛しそうに自分をかき抱いた。
 彼女の身体から放出された力は、幾筋もの光となって敵であるドラゴンへと降り注いだ。
 「ぐおおおおぉぉぉぉ・・・」
 それと同時に圧倒的な力の差を誇っていたドラゴンの口から断末魔が漏れる。
 「な・・・っ!」
 共にドラゴンに立ち向かっていたハンター達の口からは、驚愕と畏怖の混ざり合った声が漏れた。
 しかし、それは全員からでない。
 ただ一人、ドラゴンの間近に居たハンターが、ドラゴンのそばに倒れたまま動かなかった。
 彼は、ナルに声をかけてくれたハンターだった。
 「今のは・・・フォトンブラスト・・・なのか!?」
 「いや、それにしては・・・」
 一人未知なる力を放出し脱力して地面に座っているナルに自然と視線が注がれる。
 「君は一体・・・」
 今まで優しく微笑んでいた彼等の視線が突如として変わった。
 まるで・・・化け物を見るかのような目線になっていた。
 「う・・・?」
 身体から持ち得る全ての力を出し切ってしまったかのように脱力し、言葉もうまく話せないナルだったが、彼等の豹変ぶりと動く気配のない倒れた仲間を目にするとようやく状況を理解したようだ。
 覚束ない足取りでふらふらと倒れている仲間の元へ懸命に近寄ると、甚だ頼りないレベルの回復テクニック「レスタ」を必死に唱え続けた。
 今にも倒れそうな彼女を離れて見ていた二人のハンターは、相手の正体が分からない恐れよりも一向に起き上がる様子の無い仲間を心配して、恐る恐る近付いて行った。
 「もう止せ。無駄さ」
 「わ、私のせいで・・・この人が・・・私が、この人を・・・」
 レスタをかけても起き上がらない恐怖からか、ナルは知らず知らず涙を流していた。
 普段なら、回復しきらないとしても一応は動けるようになる筈なのだ。
 「ナル・・・テクニックが違うんだよ。でも俺達も使えないからシティへ連れて行こう。話はそれからだ」
 体格の良い彼を運ぶのは、ハンターの男性であっても容易な事ではないようだった。
 二人で支えるように担ぎ上げると、シティへと続くテレポーターへと入って行った。
 呆然としていたナルは、彼等がテレポーターの向こう側へ消えてしまうと慌てて後を追うのだった。

 メディカルセンターと呼ばれる施設に運び込まれた彼は、すぐに意識を取り戻し明るく言い放った。
 「いやぁ〜、驚いたよ!あれは何なんだい?」
 目を覚ますのを身体を強張らせながら祈るようにして待っていた三人は、少々拍子抜けした。
 「あのなぁ!お前、もっとこう・・・違うだろ、問題が!」
 仲間の一人に凄まれた彼だったが、イマイチ飲み込めていないように小首をかしげた。
 「いや、ホントに驚いたよ!光で見えなかったからドラゴンが倒れてくるのを避けられなかったんだけどさ、あれ、貴方が守ってくれたんでしょ?助かったよ」
 「・・・はぁ?!」
 三人同時の疑問符だった。
 「じゃあ、別にあの光にやられた訳じゃないのか?」
 「あ?何言ってんだい。お前達は感じなかったのか?あの光は暖かかったじゃないか」
 ナルは身体の力がまたもや抜けていくのを遠い事のように感じていた。
 しかし、ここで倒れたとしても、彼等が助け起こしてくれる。そう信じる事が出来た。
 そこで、ナルの意識は暗闇へと飲み込まれて行った。

 気が付くと、ナルはベッドに寝かされていた。
 あれからどのくらいの時間が過ぎたのだろうか?
 「あ、お気付きになられましたか?」
 すぐ近くから優しい女性の声がかけられた。
 そちらをそっと見やると、先ほどハンターの彼の治療を引き受けてくれた女性であった。
 「あ、あの・・・みんなは?」
 起き上がって部屋を見回したナルは、あの三人の姿がない事を不審に思った。
 そんなナルの様子は当然だというように、彼女はその質問に対してあくまでも事務的に答えた。
 「あれから・・・貴方が気を失ってから今日で二日目です。彼らは貴方の治療費をお支払になり、既にお帰りになられております」
 二日!あれから既に二日も経っていたのだ。
 それでは待っていなくて当然ではあるのだが、この広い世界でまた会える可能性は極めて低いこの状況にナルは愕然とした。
 名乗り合いはしたものの、ギルドカードを交換していない事に気付いたのだ。
 「もう会えないかも知れないなんて・・・そんな・・・」
 湧き上がる悲しみがナルの口を動かしていた。
 その言葉に何かを思い出したらしい彼女が、慌てて一つの端末を差し出してきた。
 「私の・・・端末?」
 それは、ハンターズスーツに付いているナルの端末であった。
 「彼らから伝言を預かっていました。
 勝手に端末をいじってしまってすまない。俺達のデータと君のデータとを交換させてもらった。元気になったらメールで知らせてくれ。また、一緒に冒険しような。
 と言う事です。・・・どうぞ」
 ナルに端末を手渡すと、彼女は部屋を出て行った。
 一人になった部屋には、そよ風が吹いていた。
 例えそれが人工的なものであっても、爽やかさを運んでくるのは事実だった。
 ふと、外に目を向けた。
 なんら新しいものは見当たらなかったが、狭い窓の外には明るい日差しが溢れていた。
 ・・・手にした端末を起動させた。
 そこには、伝言通りにあの三人のデータが登録されていた。
 言葉を選びながら、慎重に文字を打ち込んでいく。
 『ご迷惑ばかりおかけしてごめんなさい。そしてありがとう。次にお会いする時には、共に戦えるくらいに・・・強くなります。是非、また一緒に冒険して下さい』

 それから、何度も、何度も、いつ果てるとも分からない程、戦闘を繰り返していた。
 いつか、彼らと共に戦いの場に立ちたい。
 そして、守られるばかりではなく、守りたい!と思うようになっていた。
 そんなある日、いつものようにシティからラグオルへと降り立つと、すでに一人のハンターが戦っていた。
 その動きには無駄がなく、流れるように華麗であった。
 ナルが当初必死に戦い、何度も倒されてきたブーマと呼ばれるエネミーが一瞬にしてただの肉塊にされていた。
 「うわぁ〜!」
 計らずも驚嘆の声を上げてしまった。
 戦場でいきなり背後から声がしたというのに、そのハンターは落ち着いて背を向けている。
 どうやら背後に人が居る事に気付いていたようだ。
 「こんにちは」
 彼は戦場にあっても優しい瞳をしていた。
 改めて人の強さを目の当たりにしたナルは、その優しさと強さに引き寄せられるように話を切り出していた。
 あの日・・・自分のせいで仲間が倒れたと思ったあの瞬間。
 身体が強張っていくのを感じた。
 血の気が引き、目の前が暗くなっていくようだった。
 今まで守ってくれた人を無意識にとは言え傷付けてしまったのだ。
 あの優しさを守りたかった筈なのに。
 それ以来、力の発現が怖くなり、人と冒険する事に躊躇いを感じるようになっていた。
 初めて会った人間に、いきなり話を切り出されたと言うのに、ハンターの彼は嫌な顔一つせず耳を傾け、しかも真剣に自分の意見を語ってくれた。
 体が強くなる事も大事だ。しかし、外見的な強さには限りがある。しかもその強さを保つ為には他の強さも重要になってくるのだと。
 「腕力を求めたらいつか限界は来るし失う事もある。だからね、重要なのは心の強さなんだと思うな」
 そう彼は締めくくった。
 ・・・自分は弱い。
 ナルはずっとそう考えていた。
 しかし、あの時、ナルが発動させたあの力は身体的なものではなかったのだ。
 (生きたい)
 そう強く思う事で発動した、自分だけの力。
 ・・・そう。ナルは求める強さを既に手に入れていたのだ。
 あとはその力を自分の意思で制御するだけだ。
 そこで必要になってくる心の強さ。
 心が晴れ渡るのを心地良く感じた。
 ナルの瞳が澄み渡る。
 小川のせせらぎがサラサラと響き、降り注ぐ光は優しく暖かくその場を照らしている。
 「ありがと」
 小さく感謝の気持ちを伝えると、ハンターの彼は「たいした事言ってないでしょ?」と照れて笑った。

 いつか、皆と肩を並べて戦場を駆ける事が出来るであろうか。
 自分を必要としてくれる仲間を守りきる事が出来るようになるであろうか。
 これからの自分自身との戦いの先に、その答えが待っている。
 不必要な人間なんて居ないのだ。
 誰もが守り守られ、支え合って生きているのだ。
 外面の弱さは(足手まといになってしまうのは仕方ないとして)問題ではない。守りたいと言う強い思いがあれば、相手に気持ちは届くのだ。
 実際に守れるかどうかはその時でなければ分からない。
 しかし、守り切れなかったとしても誰かに責められる事はないのだ。
 「みんなを守りたいの!」
 幼い頃は自分を守る事も出来ない、弱さの塊のような少女だった。
 しかし、新たな世界の戦いの場はそんな彼女を成長させた。
 まだまだ仲間を守り切る事は出来ないが、それでも仲間の強さや優しさに触れ続け、この場を守りたいと強く思うようになっていた。
 もう、あの封印が解ける事はないだろう。
 金髪の彼女は望んでいた「力」を手に入れる事が出来たのだから・・・。





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