触れる鼓動 後編





 流れる血
 空を切り裂く叫び声
 鋭い爪に裂かれる肌

 膝を地に付けつつも 倒れない
 守るべき存在が その背にはある
 全ては勝利のために

 傷付いたら治しましょう
 傷付かないように守りましょう
 全ては貴方のために

 力の限り戦い続ける
 力の限り助け続ける
 いつまでも いつまでも


 グリフォンとの戦いの余韻を残し、そっとペンを置く。
 目を閉じれば、激戦と呼ぶに相応しい戦いだったけれど幸せな気分になれる。
 敵であるグリフォンにもふさふさの尻尾があった。しかも肉球も。
 戦い終わってみれば、全員がパワーもなくなり、ファイター達は体力も細々としたもの だったが、充実感はかなりのものだった。
 グリフォンは立派な宝箱を落とした。
 スカウトが罠を解除する前にケラメイジが蓋を開けてしまい、全員がダメージを受けて しまったが、それは厳しく長かった戦いに比べれば笑って終わる事だった。
 中から現れたアイテムは見たことも聞いたこともないようなもので、話し合いの結果サ イコロを振って大きな数字を出した人が勝ちと言うスタイルに決まった。
 現れたアイテムは二つ。私はどちらも当たらなかった。
 それでも、充実した時間だった。
 (ケラの尻尾は触った感じを想像出来るけど、イクサーはどんな感じなんだろう・・・)
 たくさんの尻尾に囲まれた楽しい時間だった。
 思わず頬も緩むと言うものだ。
 締りのない口元を隠しきれないまま、部屋を出て銀行に預けている品を確認すると、先 日の生産作業で大部分の材料を使い切ってしまっていた事に気付く。
 よく晴れている空の下、今日は採集に従事しようと決めた。

 ケイノスの城門から一歩外に出ると、そこはアントニカという広大な土地になる。
 様々な地を経由して行くとフリーポートに行く事も出来るが、ケイノスとフリーポート の住民同士は仲が非常に悪く、無事に帰っては来られないだろう。
 しかも、途中通過する土地はかなり危険な場所もあるから自ら行こうとも思わないのだ が。
 今回は採集が目的と言う事も有り、グリフォンには乗らずに歩ける範囲で探そう。
 そう思いながら街道を進みアーチャーズウッド傍にある農家の辺りまで来て、ようやく 目的の採集物を発見した。
 見渡せばそこかしこに点在している。
 その量の多さにほんの少し驚いたものの、採集し甲斐があるというものだ。
 (・・・全部持ちきれるかなぁ)
 まだ作業を開始してもいない内から既に帰りを考えている自分に気付き、ちょっと苦笑 いする。
 持ち切れなくなる前に採集を止めれば良いだけの事なのだから。
 アントニカで採集出来る物でジュエラーが使う物。それを狙って採集する。
 Oreから採掘出来る鉄の塊から採掘出来る緑青石の原石に、琥珀金の塊。Rootか ら採取出来る根菜類の根。
 必要な物はたくさんあるのだ。
 コツン、コツンと丁寧に岩を砕いていく。
 宝石の原石である緑青石はターコイズとも呼ばれ、まだ経験の浅い冒険者やうら若い娘 達に人気のある宝飾品になる。
順調に採集作業をしていると、背後から助けを求める叫び声が聞こえてきた。
 「だれか〜〜助けて下チャい〜!!」
 あまりの慌てた声に思わず振り向くと、小さな人が大きなクマに追われていた。
 よく見れば体力は底を尽きかけており、パワーは既に尽きてしまっているようだ。
 手にしていたツルハシを放り出して走り寄り、まずは体力の回復を行ってからクマに攻 撃をしてターゲットを自分に変えさせる。
 技量的にはギリギリのところだったが、目の前で人を死なせてしまう訳にはいかなかっ た。
 ターゲットが自分になった事を確かめてからようやく自分を守るシールドを張り、クマ の能力を下げつつ打撃攻撃を行いながら連続ダメージを与えられる魔法を唱える。
 その間もクマの鋭い爪はシールドに当たって火花を散らせ、太い牙は正確に喉元を狙っ て迫ってきている。
 クマの激しい攻撃にシールドの耐久性はみるみる落ちていったが、こちらからの攻撃に もかなり苦しんでいるように見える。
 あと、一押しで、勝てる。
 ジリジリとお互いを苦しめ続ける戦いが続く。
 そんな時だった。
 「私も戦いまチュ」
 敵の攻撃を紙一重で避けながら先ほど逃げてきた人・・・ネズミの顔と言う事は知識と してしか知らないラトンガと言う種族のようだ・・・が呪文を唱えているのがチラリと見 えた。
 じっと留まり、体力とパワーの回復を待っていたようだ。
 「さぁテルたん、戦うんでチュ!」
 呪文の詠唱が終わると同時に大地の精霊が現れ、召喚者の命令に従って自身よりも遥か に大きなクマへと攻撃を開始した。
 1対1では均衡していた戦いが、新たな助っ人の登場により崩れた。
 攻と防の役目が分かれた為戦闘がかなり有利になり、ほどなくしてクマは最後の雄叫び を残して地に倒れた。
 「・・・ふーっ・・・」
 額にこびり付いた前髪をかき上げながら見下ろすと、ラトンガメイジが呼び出した精霊 に礼をしていた。
 「さっきは助けられなくてごめんなチャい。またよろしくでチュ」
 短い詠唱の後まるで大地に溶け込むように消えていった。
 メイジの中でもサモナーと呼ばれる召喚術に長けている職業に就いている人をこんなに 間近で見るのも初めてなら、実際に呼び出された精霊が戦う姿を見るのも初めてで、その 呪文を唱えている姿を見るのも初めてな上、ラトンガと言う種族に出会うのも初めてと言 う初めてづくしだ。
 思わず、細い尻尾を凝視してしまう。
 「助けてくれてどうもありがとうでチュ。助かったチュウ」
 優雅な仕草でお辞儀をされて、つい慌ててしまった。
 「いえいえ、とんでもないです。良いものまで見せてもらっちゃって」
 私の慌てぶりが不思議だったのか、ちょっと小首をかしげる姿も愛らしい。
 「サモナーは初めてでチュか?それとも、ラトンガが珍しいでチュか?」
 大きな丸い目をくるくると動かしながら見上げてくる。
 尻尾はケラよりもせわしなく動いているが、意外に長い事に気付く。
 「あまり遠くへは行かないので・・・。すいません」
 気を悪くさせてしまったかと思ったが、ラトンガメイジは違う事に気を取られているよ うで、大きな目と細い尻尾がせわしなく動き続けている。
 「あの・・・ところで、ここはどこでチュか?」

 アントニカの城門近くでラトンガメイジと別れたものの、興奮が醒める事がなかった。
 (ケラの尻尾はふわふわしてて触り心地が良さそうだし、イクサーのごつごつした尻尾 も触ってみたいと思ってたら、今度はラトンガまでカワイイ尻尾があったし。もう、どう しよう!?)
 まるで尻尾フェチのようになりながらも、街道をのんびりとケイノスへ向かって並んで 歩きながら話したまるで遠い国の話のような内容を思い返す。
 「わたチ達ラトンガは、トロルの好物なんでチュ。街中で追いかけられるのも日常茶飯 事で、部屋にいても休めないんでチュ。そんな生活が嫌になって逃げ出して来たんでチュ」
 そうして広い世界に飛び出したものの、ようやく辿り着いたアントニカで道に迷い途方 に暮れていたところへ突然クマが襲ってきて、逃げ回っているうちにますます自分の居場 所が分からなくなってしまったらしい。
 「フリーポートを出た時点で、フリーポートでは既に裏切り者として追われる身なんで チュ。だから、何があってもケイノスに入るんでチュ。認めてくれるまで諦めないで頑張 るしか道はないんでチュ」
 フリーポートに住んでいてもその身が休まる事はなく、ケイノスへの移住を希望しても その道は長く険しい。
 一度その世界を出てしまえば、どちら側でも裏切り者のレッテルを貼られてしまい、立 場はより一層不安定なものになってしまうのだ。
 そんな中、小さな身体に不安と希望を抱いて旅をしてきたラトンガメイジの目は、生き 生きと輝いていた。
 もし、助けを求められた時には自分に出来る事なら何でもしよう、とケイノス城門近く で別れる際に元気良く手を振っていたラトンガメイジを何度も振り返りながら思った。
 世の中は助け合いが必要なのだ。
 例え信じる真実が違っていたとしても、理解し合える事が出来たならば全ての垣根を越 えて共に生きていけるんだろう。






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