触れる鼓動 エピローグ





 大地には 戦乱の渦が吹き荒れる
 人々の心には 楔が打ちつけられている
 大いなる意思に導かれるまま
 破滅の雨が降り注ぐ

 空を見よ
 どこまでも続く空には境界はない
 海を見よ
 遥かなる海原には境界はない

 災厄を呼び寄せるのは人の心か
 戦乱を広げるのは人の心か

 心安らかに
 心に平和を
 心大らかに
 心に慈悲を

 共に生きよう
 この大地に住まう者よ
 共に生きよう
 この大地が破滅に向かう前に


 空はよく晴れた夕焼けだ。
 そろそろ暗くなるからか、夜目の能力を持たない種族は灯りを手にして船着場へと向か う。
 ただ、ネトルヴィル・ハヴェルはケラの街と言われるだけあってケラの姿が多く見受け られる為、人影と同じ数の灯りを目にする事はない。
 夕焼けの尾が消える前に色々な人から貰ったランプに火を灯すと、薄暗くなっていた部 屋の中が暖かな光に照らし出される。


 暖かな温もりが欲しくて
 触れ合う鼓動
 確かな生命が欲しくて
 触れ合う素肌

 ただ 感じたくて
 躊躇いがちに伸びる指
 ただ 触れたくて
 戸惑いながら待つ鼓動

 Touch
 今はまだ 踏み込めないけど
 Touch
 いつかは 心から触れ合いたい

 ぎこちない触れ合いが
 いつか解けるように
 優しく確かに
 触れ合う鼓動


 我侭を言ってプレゼントしてもらったベッドに腰掛けると、やわらかなクッションがふ んわりと身体を受け止める。
 横になると、昼間の内に吸い込んだ太陽の匂いがした。
 いつもとは違う低い視線で部屋を見渡すと、普段は気に留めていない事も何とはなしに 心へと響いてくる。
 部屋に飾ったあの槍は、初めてパーティーを組んで戦った時の報酬で手に入れた物。
 本棚に入りきれない本は、道に迷って困っていた時に助けて貰って手に入れた物。
今、部屋を照らしているこの灯りも、部屋が暗くて困っていた時に工房で知り合った家 具職人にわざわざ作って貰った物。
 そうした交流の賜物が、何もなかった部屋を飾ってくれている。  この場所に自分が居るのは、こうした出会いと別れがあったからだろう。
 一度しか出会った事のない人も居れば、遠い場所で再会を果たした人も居る。
 共に存在している事が、既に目に見えない心の交流を生んでいるのだ。
 この空の下にいる限り、繋がりが切れる事はないだろう。
 そんな事を思いながら部屋を見ていると、この地に移り住んでから随分と日が経った事 を肌で感じる。
 ふと知り合いを見れば、戦いの日々や生産の日々を送っているらしく自分との技量の差 が開いている事に気付く。
 もともと、生産作業は苦手な部類なので遅れがちではあったけれど。
 同じように生活していたつもりだったが、みんなは努力を惜しんでいなかったのだろう。
 このまま甘えてばかりもいられない。
 みんなに新天地が訪れるのと同じように、自分も新天地を求めなければならないのだ。
 技量が優れていない身とすれば苦労する事が多いだろうけれど、自分なりに自分が納得 出来るなら自由な空へ羽ばたこう。

 ノーラスの空の下、様々な出会いと別れがあり、戦いや和解があり、命がある。
 その世界に飛び込んだ以上、出来る限りの努力をしなければならない。
 それは誰の為でもなく、自分自身の為に。
 どこまでも続く青空の下、木々のざわめきや人の喧騒の最中に飛び込もう。
 大きく息を吸い込むとプリーストは今日も空へと呼びかける。
 「どなたか一緒に冒険しませんか〜?」






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