触れる鼓動 中編





 しなやかな身体
 すらりと伸びる四肢
 ゆったりと動く、尻尾

 ふわふわの尻尾に触れてみる
 温かく確かなその存在感に、憧れを抱く
 逞しいその腕に触れてみる
 力強く頼もしいその存在感に、安心感を覚える

 触れ合う肌と肌
 高鳴る鼓動
 互いの存在を確かめるように


 知り合った仲間と冒険に出かけた。
 よく晴れた、穏やかな風が草原を吹き抜けていく。
 今回の冒険の舞台はアントニカを横断して辿り着くサンダリングステップ。
 水棲生物や巨大生物、ノールの集団等と戦う予定らしい。
 メンバーの構成は、ファイター2名、スカウト1名、プリースト1名。
 メイジが居ない分魔法戦には弱いが、そこはファイター2名の頑張りにかかっていると 言っても良いだろう。
 この世界では、ファイター・スカウト・メイジ・プリーストの基本職業があり、そこか ら様々に専門職へと転職する事になる。
 前衛で戦うファイター2名のどちらが敵の攻撃を引き受けるかの打ち合わせを始めた。 そうした打ち合わせはこのパーティの生存率を上げる為には重要な事なのだ。
 「パラディンは回復も出来るし、自分が盾装備します」
 「じゃあ、プリーストはガーディアンに補助かけて。スカウトはサポート頼む」
 それぞれの役割が決まり、ファイターが先陣を切って走る。
 そんな彼らの後姿を見て気付く。
 (私以外、みんなケラ族だ・・・)
 目の前をふらふらと動く尻尾、シッポ、しっぽ。
 思わず頬が緩むが、自分は最後尾。誰にも気付かれてはいないだろう。

 プリーストは回復や補助がメインの為、戦闘時にはあまり忙しくないイメージがあるの だが、実際にはパーティメンバーが増えれば増えるだけ忙しくなる。
 プリーストの上級職であるミスティックにはダメージを吸収するシールド魔法があり、 それを敵の攻撃を引き受ける役にかけ続け、ダメージ量を減らす事も補助をする上では重 要なのだ。
 そうやって戦場をふらふらしていながらも目線はどうしても尻尾へと向かう。
 普段はゆったりと動く尻尾も、戦闘に入ると上へと立ち上がって興奮している事が一目 で分かる。
 仲良く並ぶ尻尾を見ているだけで、幸せな気分になる。
 「この辺のは終わったみたいだね」
 戦いながらも索敵をして目標とする敵を探していたスカウトが前衛二人に声をかける。
 「そうか・・・どうする?」
 戦いの余韻を背中に収めたガーディアンが振り向きながら意見を求めてきた。
 この辺りと言ってもサンダリングステップは広大なフィールドであり、少し走れば多く の敵が待ち構えているだろう。移動しなかったとしても、しばらくすればこの場所にもま た敵が現れるだろう。
 目標の敵が限られていると出現するまで待機していなければならないが、どの敵でも良 いなら迷う事も困る事もない。
 「私は皆さんにお任せします」
 このフィールドに生息する敵の種類や場所、目標とする敵の居ない身としては他のメン バーに付いて行くだけだ。
 この一言で思案顔になってしまったケラ達の尻尾はせわしなく動いている。
 「どうするか・・・」
パラディンがポツリと呟いた時だった。
 「どなたか一緒にクエストのグリフォン倒しませんか」
 そんな募集がサンダリングステップの空に響き渡った。
 住民等から頼まれる仕事には、モンスターと戦うものや隣町への届け物等様々なものが ある。
 報酬で言えば、届け物よりもモンスターと戦う事の方が高いのは誰の目にも明らかだが、 その中でもかなり強大な敵と戦わなければならないものになると、金銭だけではない報酬 も期待出来、比例して危険度も高く成功する保証はないが人気は高い。
 「行ってみようか?」
 ガーディアンが提案してみる。
 「向こうの人数がどれくらいかにもよるけどな」
 スカウトが冷静に言う。
 パラディンが口を開く事はなかったが、その心は既にグリフォンを目標として捉えてい るようだ。
 満場一致でグリフォンを倒す事に決まったのは、募集が響き渡ってから1分も経たない 内だった。

 「・・・あの・・・敵がものすごく睨んでるんですけど・・・」
 倒さなければならないグリフォンを目の前にすると、あまりの巨大さに驚くと共に自分 の冒険者としての自らの技量と敵の技量を推し量り、歴然の差に声も出ない。
 現場に一番に辿り着き交渉した結果、今までの4人と募集をかけていた2人を合わせた 6人で戦う事となった。
 新たに加わったのはイクサーと呼ばれるフリーポートを裏切ってケイノスへとやって来 たファイターと、ケラのメイジだ。
 これで全ての職業が揃った事になるが、回復役は変わらずに1名なのが多少心許ない。
 あまりに強大な敵と戦う場合には多くのグループが協力し合って倒す事もあり、その時 には各グループに最低1名、回復役が配置されるのが通例だ。
 敵の強さにもよるが、自分の力量にあまり自信のないミスティックは、せめてもう一人 一緒に回復してくれる人が欲しかった。
 それはあまりにも贅沢な望みなのだが。
 そんな事を考えながらメンバーの挨拶が始まる。
 「よろしく!」
 ケイノスの傍からあまり離れた事のない身としては、エビル側との接点があまりなくケ イノスの住民からはフリーポートに対する悪感情しか聞こえてこない環境だった為あまり 良い感情を抱けなかったが、初めて出会った元フリーポート住人のイクサーファイターの 爽やかで誠実な態度から認識を改めなければならない事を感じ取った。
 フリーポートに住む住人を初めて見た興奮と戦い前の興奮が入り混じり、思わずまじま じとイクサーの姿を見てしまう。
 「珍しいですか?」
 そんな視線に気付いたイクサーが、多少苦笑いを浮かべながら自分を指差す。
 不躾な視線にも関わらず優しく微笑むイクサーに、慌てて頭を下げる。
 「す、すいませんっ」
 ペコペコと何度も頭を下げる姿に場も和み、イクサーがそっとフリーポートの話をして くれた。
 「フリーポートもイイ所なんですけどね。ケイノスの溢れる光とか爽やかな風を感じた くて移住してきたんです。まぁ、こちらに来たら来たで風当たりが厳しいんですが」
 照れたように尻尾が動く。
 人知れず、苦労を重ねてきたからこそ人にも優しく出来るんだろう。
 そんな爽やかな遣り取りの後、自分達の戦う強大な敵を目の前にして思わず声が上擦る。
 周りを見回せば自分の一番技量が低い事にも気付いてしまう。
 その不安が全員に伝染したのか、いつにも増してミーティングが長く入念に続く。
 「メイジの君は、とりあえず最初は強力な攻撃魔法よりも補助的なのを唱えてなるべく 自分が攻撃されないようにしてくれ」
 6人の中で一番技量の高いケラガーディアンがてきぱきと全員に指示を出す。が、問題 は3人いるファイターの誰に攻撃が集中するかだ。
 敵の攻撃が分散するよりも一人に集中した方が回復も補助もしやすいが、技量的にも近 い3人の中で敵に多くダメージを与えるかが今の段階では予測が出来ない。また、全員で 全力を出さなければ勝つ事も難しい状況だ。
 「それなら・・・」
 おずおずと提案の手を挙げた。

 私が提案したのは次の作戦だった。
 まずは最初にパーティメンバー全員にシールドをかける。
 次に、防御力と攻撃力が高いケラガーディアンが攻撃を加える。
 敵の目標がこのパーティになった瞬間、全員で攻撃を開始する。
 敵の攻撃を受けた人は、自分の名前を声に出す。
 集中的にその人にシールドをかけ、間に合わない場合には回復をする。
 あとはその繰り返しで敵を倒そう。

 「よし、それじゃ、その作戦で行ってみよう」
 ガーディアンが剣と盾を手に剣を構えて臨戦態勢になる。
 全員が準備を整え、敵の攻撃範囲ギリギリまで接近してからミスティックがシールド魔 法を唱え始める。
 (どうか・・・うまくいきますように)
 そんな願いを込めながら、注意深く念入りに呪文を唱える。
 パーティメンバー全員が七色の輝きを纏うのを確認すると、ケラガーディアンが敵に向 かって突撃した。
 鋭い爪を供えた強靭な腕が振り上げられる。
 ケラガーディアンは巧みに盾を操り爪を避けると、グリフォンの懐に飛び込んで一撃を 与える。
 グリフォンはその攻撃に怯むことなく飛び込んできたケラガーディアンに牙を立てよう としたが、そこにイクサーが飛び込みグリフォンの首筋に一撃を加えて隙を作る。
 連携した攻撃を繰り返しても敵の技量もすさまじく、全員が何らかの攻撃を受けていた。
 その都度ミスティックが回復とシールドの呪文を唱え、そこにグリフォンの攻撃が向か ってくるとケラパラディンが守りを固め、ケラスカウトは敵の死角から攻撃を放ち、ケラ メイジが一気呵成に魔法で追撃する。
 「うわっ」
 ケラガーディアンが体勢を崩した。
 「任せろ!」
 すかさずイクサーファイターが飛び込んで敵の注意を逸らす。
 「ミスティック、回復を!」
 パラディンが攻撃を与えつつ、ミスティックを庇うように動く。
 グリフォンの攻撃は1つ1つが重くみるみる体力を奪われてしまい、回復が間に合わな くなる事もあったが、そんな時は違うファイターが攻撃を引き受けてミスティックが回復 に専念出来るようにする等フォローしあう事が出来た。
 戦いはまだまだ終わりを見せないが、そんな仲間達の戦いを忙しく戦場を回りながらも 見つめて、あぁ、やっぱりイイなぁと思う。
 尻尾はいつまでもいつまでも揺れている。






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