雪降る宇宙船 十二章





 最後のエリアである3つ目のエリアに突入した4人は、数部屋進んだ辺りで小休憩を取る 事にした。
 明らかに敵の数が多くなっており上位種と思しき敵も出現して1回辺りの戦闘が激しさを 増してきている。
 「つまりは、ボスの近くって事だな」
 レイマーがぽつりと呟いた。
 それは真実ではあるのだが、目的地を見付けられないまま突入して取り返しのつかない事 にでもなれば、今までの戦いもまったく意味を成さなくなる。
 「・・・あの部屋からここまでに何も見当たらなかったですよね・・・」
 サクラはヒューキャストが分析しているログと今まで見て廻った小部屋の地図を見比べて いた。
 どんなに確認しても、ここまでで行っていない場所はない。
 手遅れなのか、気付いていない場所があるのか、それともこの先に目的地があるのか。
 それは誰にも結論が出せない難題だ。
 顔を付き合わせるようにログを見ていた4人の顔が苦悩をまとう。
 「立ち止まっても埒が明かないし、ここまで来たんだから奥に進もう。最後まで行って、 ダメだったら・・・その時また考えよう」
 レイマーらしい言葉に後押しされ、特にサクラは余分に掛かっていた肩の力が抜けていく のを感じた。
 小さな通路から一斉に次の部屋へと突入しながら、サクラはレイマーだけに囁く。
 「ありがとうございます。・・・一緒に来てくれたのがレイマーさんで良かったです。ホ ントにいくら感謝しても足りないくらいです」
 スッと頭を下げながらレイマーの前に立ち、ふいに現れた敵を手にした剣を振って進路を 確保する。
 前衛は、後衛が戦いやすいように隙を作るのが役目である。レイマーと2人で戦っていた 時に言っていた事を実践し続けるサクラの姿は、可憐な花が舞っているようだった。
 それでも今ならわかる。サクラはか弱い花ではない。少なくとも戦いの場においては。
 己の背中も命も預けられる、信頼出来る仲間なのだ。
 サクラが作ったチャンスを逃さず、敵に止めをさしていく。
 奥に進めば進むほど敵は強くなっていくようだが、それにも増してサクラの戦闘能力も高 まっているようにレイマーには感じられた。

 それからしばらくして、4人の目の前には長い1筋の通路があった。
 今まで多少長くとも反対側の扉が見えない事はなかったが、この通路は先が見えない。
 「・・・いかにも、な場所だねぇ」
 フォニュームが地図を見比べて言った。
 「規模から言って、この先には1部屋か・・・2部屋くらいしかないね。つまりは、すぐ そこが終点だ」
 ここまで来ても、他に進める道もなく、入っていない部屋もない。
 それでもサクラには、他の3人には感じ取れない感覚を感じていた。
 (この先に、あれがいる・・・)
 D細胞に侵された、多くの意識が感じられる。
 近づけば近づく程、その感覚が強くなってサクラの精神を圧迫しているのだ。
 「・・・進みましょう」
 サクラは確信を持って言う。
 この先に、彼女は居る。
 こんなにも強く感じるD細胞の傍に居て、普通の状態であるとは考え難い。急がなければ ならないだろう。
 鬼気迫るサクラの表情に、自然緊張が高まっていく。
 何を知っているのか、何に気付いているのか、そんな事を今更詮索している場合ではない。
 「行こう」
 例によってレイマーが率先して先を進む。
 「念の為だ」
 ここまでの道のりではかなり陰険な罠が仕掛けられていたが、ここに及んでその様な罠が 待ち構えているとは考え難い。
 あるとするならば、エネミーが大量に出る、そんなところだろうとは思う。それでも、念 には念を入れて行動しなければ今までの苦労がそれこそ意味のない事になるだろう。
 長い通路を4人は歩く。
 狭い通路の両面の壁は怪しく蠢いており、不思議な圧迫感を与えてくる。
 全員が共通の忌まわしい予感を感じてはいたが、サクラは他の3人とはまた違った予感を 感じ肌がチリチリと痛んでいた。
 激しい戦いの予感を感じていた。
 長い通路を越えた最初の部屋には、何も現れなかった。
 その部屋を一気に抜けて飛び込んだ部屋は、ほぼ正方形で真ん中を巨大な柱が占めており、 四方の壁は突入口の他も全て扉が据えられていた。
 一歩一歩慎重に進むと、突然数種が入り混じったエネミーの大群が現れた。
 「やぁっ!」
 サクラが小さな気合で敵の群れへと突き進んで行く。
 その後を送れずにレイマーが援護しつつ進み、ヒューキャストはサクラの死角をカバーし てフォニュームは補助テクニックで後方支援に徹する。
 打ち合わせた訳でもこの戦いに慣れている訳でもなかったが、ここまでの短い時間だけで あったがお互いの呼吸を飲み込み、それぞれが何をすべきか解るようになっていた。
 一度現れたエネミーの群れを倒すと、またエネミーが現れる。
 それを数度繰り返すと、辺りは紫色に染まって静かになった。
 「・・・終わりか?」
 静かになった部屋を手分けして回り、2つは単なる小部屋に過ぎず、残る1つは大きなテ レポーターが設置されている事を確認した。
 そして、そのテレポーターの傍に小さな血痕が残されているのをレイマーが発見した。
 「俺達の前に誰かがここに来ている、か・・・」
 「いなくなった彼女のものか、だろうな」
 ヒューキャストが残された血を調べ個人を特定する作業に入る。
 そんな作業をどこか遠くの事のように感じながら、サクラは目の前の赤い巨大なテレポー ターの行く先から漂って来るD細胞の叫びを聞いていた。
 こんなにも近いところに母星でも戦ったアレがいる。
 もしくは、アレに類するものか、・・・アレの原型か。
 アレに魅入られた悲しい人間達か。
 サクラが叫び声に捕らわれていたのはほんの短い時間だったが、その間にテレポーターの 先に進む事が決められようとしていた。
 「サクラはどう思う?」
 レイマーに訊ねられてもすぐに反応出来なかったが、サクラのどこか現実を見ていない目 に気付いたレイマーが質問の内容を最初から繰り返す事でようやく飲み込める。
 しかし、サクラが口を開く前に既にレイマーはサクラが先に進もうとしている事を敏感に 察して、念の為にとフォニュームにパイオニア2へのテレポーターを開いてもらう。
 それを確認した4人は、赤いテレポーターへと足を進める。
 「何が待ってるのか・・・だな」
 レイマーがそう呟くと同時に、赤いテレポーターは4人を飲み込んだ。

 4人が覚悟を決めて飛び込んだテレポーターの先は、今までのおどろおどろしい風景と打 って変わり一面花畑だった。
 暖かな光さえ感じられる。
 「・・・はぁ?」
 レイマーが思わず肩の力を抜いて吐息を洩らす。
 何だ、このほんわかした雰囲気は?
 思わず気を緩めたくなったが、サクラは辺りを凝視して動かず、ヒューキャストはログを 確認しながら中央に聳え立つ何かを指差して言った。
 「あそこに人間の体温を感じる。しかし、かなり危険な状況だな」
 飛び出そうとしたレイマーをサクラは止める。
 「危険な状況だって言ってるだろ!?急がなきゃ!」
 止められた事に驚きを感じサクラを叱責したレイマーだったが、サクラの目を見ると背筋 に冷たい物が通るのを感じた。
 「・・・みんな離れないで下さい・・・たぶん、あそこに行ったら・・・危険なんです。 ・・・私が行くので、みんなはここで待機して下さい。何かあったら、頼みます」
 そう言い残して、間髪を入れずにサクラは愛用の剣を握って走り出す。
 今度は誰も止める間が無かった。
 サクラが全速力に近い速度で走りながら中央のモニュメントに近付くと、そこに横たわっ ているのが探していたハニュエールである事が確認出来た。
 走りながら壁に沿って立っている3人に目配せを送る。
 彼女に浅い息があるのがわかる程度までサクラが近付くと、モニュメントと一面の花畑が いきなり歪んで消え、変わって現れたのは床一面を覆う数え切れない程の苦悶の表情だった。
 足元に不気味な顔が無数浮かんだ事で思わず浮き足立ってしまうレイマーだったが、ヒュ ーキャストとフォニュームは気味悪そうにしつつもサクラの周りに気を配っていた。
 3人に遠くから見守られながら、サクラは意識は無いが浅い呼吸を繰り返しているハニュ エールを抱きかかえ、3人のところまで一気に駆け抜けた。
 今はもう見えないが先ほどまでテレポーターが確かにあった場所に静かに横たえる。恐ら く、ここが一番安全な筈だ。






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