雪降る宇宙船 十一章





 サクラとレイマーが坑道からパイオニア2へと帰還して事態を知ってから数刻後、かなり の逡巡で時間を無駄にしたとは言え誰よりも早く現地に到着した4人は、まずは行方不明と なった部屋まで一気に突き進む事に決めた。
 まずは状況の把握が必要だとの意見で一致したからだ。
 目指す地点は、パイオニア2との回路が開いている遺跡エリア1よりも一段以上深い場所 である事は遺跡へと到着した時点で判明したが、それ以上の事はまだわからないままである。
 時間が惜しい状況ではあるが、ここで自分達までが傷付き倒れては意味がない。だからこ そ慎重に、確実に、目の前に現れる未知なる敵を倒しながら突き進み、程なくエリア1の中 程まで順調に来る事が出来た。
 今、そんな4人の目の前には見慣れぬ機械の残骸が、近付く者の行く手を阻むかのごとく 部屋に散乱している。
 最初に見つけた残骸は、それこそひっそりと小石の様に落ちていたのだが、進むにつれ残 骸は大きくなり、文字通り見上げる程の山になって部屋の大半を埋める程の物も増えた。
 サクラ以外の3人には見知らぬ物体・・・知っている鉱物、しかも加工されている事が明 白である・・・の一部分であったが、機械番号の一部や材質等からサクラにはそれが何であ るかが判断出来てしまった。
 (パイオニア1はここまで来ていたのね・・・あの人もここにいるかも知れない。でも、 ここまで破壊されてたら、もう・・・)
 友人(と呼んで良いものかどうかはまだまだ悩むところだが)が行方不明になった状況を 把握しようと調査しながらも、サクラの思いはつい違う方へと進んでしまう。
 それでも、今までのエリア以上にパイオニア1の息吹が残されているこの遺跡。
 こんな所で、彼らは一体何をしていたのか?
 実験だけで言うならば、洞窟エリアでもその結果が(思惑の外だったとしても)解き放た れていたし、坑道では生活の名残であろうメッセージも見付けた。
 次々に見付かる「居た」と言う痕跡。
 痕跡は残っているのに、どこにも居ないと言う状況がサクラには理解出来ない。否、パイ オニア2に乗り込んでいる殆どが理解出来ないだろう。
 パイオニア1の人員が何らかの理由・・・それはあの研究が原因であろうが・・・によっ て、全員がどこかへと退避したのであれば必ずその足跡が残される筈であるのに、それすら 無いのだ。
 まるで、忽然と消えてしまったかのように。
 今はそれを考えている場合ではない。特に、今はまだ他人に自分の事を知られる訳にはい かないのだ。
 サクラは無理やり思考を戻し、先を進む3人の後を追いかけた。

 森では特に見当たらなかったが、洞窟や坑道でも苦しめられた罠がこの遺跡では更に形を 変えて4人を迎えた。
 しかも、暗闇の部屋では明かりを付けるスイッチ脇に爆発の罠が仕掛けられている等、か なり陰湿になっている。
 ヒューキャストの目は人間の目には見えない罠を発見する能力を備えている為こういった 罠には対処が出来るが、この遺跡で待ち受ける新種の罠はヒューキャストのその能力では発 見出来ないタイプだった。
 それは、見えている、分かっているのに避けられないような場所に設置されており、真価 を遺憾なく発揮して罠に掛けるのだ。
 それでも、グァーダと呼ばれる罠は接触すると毒を受けるタイプでヒューキャストが先頭 に立って進む事で無力化が出来、グォームと呼ばれる罠については、先頭のヒューキャスト が釣鐘状の爆発物に取り込まれても、最後尾を進むレイマーが確実に破壊する事でほぼ無力 化出来た。
 最初の探索ではほんの数部屋のみ敵の感触を見ただけであり、その中では罠は設置されて いなかった。罠の存在を知らなかったレイマーの人選は功を奏している。
 最大の目的である調査と、それに付随する厳しい戦闘を繰り返しながらも4人は着々と遺 跡エリアの深部へと進んで行った。
 進める場所、入れる小部屋全てを回った頃、今までの全ての探索ポイントでも見た小さな ワープポイントが見付かった。これに入れば、更に奥へと進めるのだろう。

 エリア2に入ってからも慎重に調査と戦闘を繰り返しながら目的地へとログを解析しつつ、 近付く4人は迷路のように繋がるこのエリアを迷いながらも確実に進んでいた。
 そんな時、刻々と変わるマップとログを見合わせていたフォニュームが目的の場所が近い 事に気付いた。
 「この次のエリアが現場のようだ」
 扉の前に立ちログを見直していたが、意を決して注意深く扉を開ける。
 そっと中を覗くと、そこは一際大きな部屋だった。
 「明らかに・・・怪しい部屋だな」
 その部屋は広さも今までの物と比べると尋常ではないが、そもそも空気が異常だ。
 冷たく重苦しい空気がその場を満たしているのが壁越しでも感じられる。
 しかし、この部屋を通り抜けるしか道はない。しかも、目的地なのだから明らかに怪しい この部屋を避ける訳にはいかない。
 「・・・行くか」
 フォニュームのTPの回復を待って、ヒューキャストが先陣を切り大部屋へと力強く一歩 を踏み出し、それに遅れまいと全員が間髪を入れずに足を踏み出す。
 中に入ると、部屋の外から覗いて感じた以上にその部屋は重苦しい空気と不気味な静寂に 包まれていた。
 4人は敵が居ないのを良い事に部屋の中へ無用心に突き進もうとはせず、扉の前に並び様 子を伺った。
 様子を伺いながら、その部屋が細長い事を知った。
 しかもその中央付近から熱くはないが白い煙が発生し続けているのが見える。
 サクラの肌が部屋に突入した頃からチリチリと痛みを発しているのは、あの白いモヤのせ いだと危険を知らせるアラームが聞こえる。
 触れるのは危険なのだが、まるで意思を持ったように次々と何もない空間から湧き出し、 こちらへと広がっているようにも見える。
 「・・・恐らく・・・」
 剣を構えたヒューキャストが油断なく部屋を見渡しながら重い口を開く。
 「罠でもあったか?」
 重い口調に警戒を強めたレイマーが、散弾銃を構え直して問い質す。何もなさそうな空間 に待ち構えている罠が、一番厄介なのだ。
 「罠と言えばそうだろうな。この部屋の形状から察するに、ほぼ列となって敵が現れると 予測出来る。そこでだ・・・」
 ヒューキャストは2手に分かれて戦う事を提案した。
 これにより、敵を挟み撃ちにする事が可能になり、例え敵が2列以上であってもこちらが 挟まれる危険が少ない。
 回復手段等を含めた戦力的に考え、サクラとレイマー、ヒューキャストとフォニュームで 組む事にし互いに壁を背にして一歩ずつ奥へと進んで行く。
 そろりと踏み出した足に反応したのか、一瞬煙が濃くなり視界が白に覆われたと思うと瞬 きする間に煙は消え、今までは何も存在していなかった場所にディメニアン種と呼ばれる敵 が隊列を組んで現れた。それと同時に、背後の扉が閉まり逃げ場を失ってしまう。
 「・・・ご丁寧な歓迎だな」
 散弾銃を構えたレイマーが独り言のように呟く。
 いつ敵が現れるか分からない緊張よりも、戦い続ける緊張の方が遥かに楽である。このタ イプの仕掛けであれば、全ての敵を倒せば進む道も開ける事を知っているのだ。
 レイマーの闘争本能を背後に感じながら、サクラは敵との間合いを充分に計算し相対する。
 「ブリンガーの突進に気をつけろ!」
 既にディメニアンと戦闘状態に入っていたヒューキャストをサポートしていたフォニュー ムがいち早く戦場の変化に気付いた。
 カオスブリンガーと呼ばれるエネミーは、ケンタウロスのように上半身が人のような姿で 下半身が馬のような姿をしている。体は怪しい明滅を繰り返しており見るからに禍々しい。 右腕は剣のような形であり、左腕は銃のような形をしている。突進しながらの激しい攻撃が 恐ろしいエネミーである。
 フォニュームが注意を促した時には、カオスブリンガーは既に臨戦態勢になっており、後 ろ足で勇み足をして狙いを定めていた。
 その視線の先は・・・。
 「レイマーさん、少し離れて援護して下さい」
 サクラは背後を任せていたレイマーと距離を取り、一見無防備とも言える姿勢になる。
 そんなサクラを目指し、カオスブリンガーは一直線に走り出した。人間には到底掴む事の 出来ない視線は、的確にサクラを捉えているように感じられる。
 容姿の禍々しさも有り、正面から見ればかなりの威圧を受けるだろうがレイマーから少し 離れた位置に立つサクラからは、焦りや慄き等は一切感じられない。
 突撃してきたカオスブリンガーは、サクラを取り囲もうとしていたディメニアンをも蹴散 らして一直線に走り抜けレイマーの前に無防備な側面を見せて止まっている。その足元には 不気味な紫色の液体が溜まり始めている。
 ブシュー・・・
 一瞬、あまりの事に動きが止まってしまったレイマーだが、目の前のカオスブリンガーが 吐き出す空気の流れを感じ、無意識の内にトリガーを引く。
 全弾側面に命中した事により、カオスブリンガーは目標をレイマーに変えゆっくりと向き を変える。
 その隙を見逃さず、大剣を一閃させてディメニアンの群れを倒したサクラがカオスブリン ガーの背後を狙って攻撃を繰り出す。
 一瞬の隙を見逃さない、息の合った攻撃だった。
 レイマーには何度も経験のある事だったが、今までのサクラからは考えられない身ごなし である。
 2人がカオスブリンガーを倒す頃には、ヒューキャストとフォニュームもディメニアンを 倒し終わっていた。特に怪我らしいものも無いようだ。
 「・・・敵を倒したら煙が消えたな・・・」
 ヒューキャストが部屋の中ほどを指差す。
 煙があった事など嘘のように、見事なまでに何もない。
 あるのは、ディメニアンとカオスブリンガーが残していった自らの紫色の体液のみだ。
 「つまり、進むしかないって事だな」
 ヒューキャストとフォニュームの冷静な推測と決断をレイマーは上の空の様子で聞いてい る。
 そんな姿に2人は眉を顰め、サクラは心配の面持ちを寄せる。
 「おい、何を呆けてるんだ」
 「しっかりしろよ?まだまだこれからじゃないか」
 「大丈夫ですか、レイマーさん?」
 思えば、サクラを守ろうと考えていたが、背中を預けられるとは考えていなかった。
 いきなりサクラが見せた己の戦況の把握能力、分析能力、攻撃力を目の当たりにし、レイ マーは驚きを隠せないのだ。
 カオスブリンガーの突撃を、最小限の動きで避けたサクラは、その動きのまま大剣を奔ら せてカオスブリンガーの側面を深く傷付けたのだ。その動きの中には、周りに群がっていた ディメニアン達をも退けていた。
 その戦いを一歩離れた位置から見ていたであろうヒューキャストもフォニュームも、驚い ている素振りは無い。実は自分が一番サクラの能力を過小評価していた事を知り、レイマー は赤面する思いだった。
 「・・・いや、すまん。このまま先に進もう」
 平静さを取り戻したかに見えるレイマーを、それでも心配そうに見上げるサクラにいつも の調子を取り戻して笑みを浮かべる。
 「気味の悪い煙がなくなっても、こんなとこに長居したくないからね」
 レイマーのその言葉に小さく頷きながらヒューキャストとフォニュームは新たに開いた扉 へ足を向け、気を引き締め直したレイマーも足を踏み出したが、そこでサクラの心配そうな 表情がレイマーだけに向けられていた訳ではない事に全員が気付いた。
 「サクラは、先程の煙が何なのか知っているのか?」
 その中で、核心をついたヒューキャストの言葉に2人が驚きの目を向ける中、サクラは恐 れを浮かべてヒューキャストを見ている。
 D細胞を知っている者ならばそれが放つ不快な感覚に気づくだろうが、何の予備知識もな ければ不可解な感覚として処理するだけだろう。しかしヒューキャストはその不快な正体に ついて何かを感じているような口ぶりなのだ。
 「・・・ヒューキャストさんは何を感じたんでしょう?」
 パイオニア計画を知る者としての知識を出してしまえば、どこからその情報が流れてしま うかわからない。それはサクラの身の危険をも意味しているのだ。それだけは避けなければ ならない。
 「ふむ・・・。パイオニア2がラグオルと交信しようとした瞬間、爆発があったのは知っ ているかな?あの時、爆発の中心で未確認の熱源が確認された訳だが・・・それと同じエネ ルギーをあの煙から感じたのだ」
 端的に話すヒューキャストにレイマーとフォニュームは探るような視線を向け、サクラは 内容を理解した上で言葉にするかどうかを迷って視線を漂わせた。
 危険なこの場まで来てくれている人に対して隠し事をしていては礼儀に反するだろうし、 彼女を救い出す事も出来なければ、自分たちが無事に帰る事も出来ないだろう。このまま何 も話さないままではいられないと思い、サクラは言葉を選びながら恐る恐る紡いでいく。
 「爆発の瞬間自体は、実際に見ていないのでわかりませんが、さっきの煙の方から表現出 来ないんですけど・・・音が聞こえた気がするんです。彼女がいなくなった瞬間にも声が聞 こえてきたという話だったので、何か関係があるのではと・・・」
 ポツポツと話すサクラの姿は、不思議な声を聞いた事自体を恐れているようにも見えるが、 実際はサクラはD細胞から発せられる意思を感じてそれを恐れているのだ。
 それは言語で綴られる物ではないから人へ伝える事は難しいものの、僅かだが母星で友達 だった人が変化してしまった化け物から感じたあの悲しさが伝わってきたのだ。
 しかし、それを言う事は出来ない。例え重要な事だとしても。
 あの煙も行方不明となった原因の一つであるならば、この先に待っているのはあの化け物 と同等の何かということになる。
 サクラはそれを知っていながら、危険を知っていながら、それを伝えられないジレンマに 襲われていた。
 暗い表情のサクラを見ていた3人だが、いち早くレイマーがサクラの傍に寄り、目を覗き 込む。
 「何を心配してるのか分からないけど、サクラなら大丈夫さ。何しろ俺たちが一緒なんだ からな。今からそんなんじゃ、勝てるのも勝てなくなっちゃうぜ?」
 どうやらレイマー達は、サクラは不気味な声を聞いてしまった事に不安を抱いている、と 思ったようだ。
 サクラの抱く不安はそれに当たらずとも遠からずではあったが、力強く頷く事で不安を振 り払う。迷ってはいられない。危険が待っているのは承知の上で来ているのだから。
 ヒューキャストも確たる証拠がある訳ではなく、感覚とも言える直感のようなもので気付 いた現象であり、真実でもなければ正体でもない。
 「とにかく、このまま進むしかないだろうな」
 消耗したテクニカルポイントの補給を終えたフォニュームが先へと促す。
 戦闘に慣れているフォニュームは無駄撃ちも少なく、それほど多くの消費は無い。持ち込 んだ回復アイテムと、この遺跡には何故だか回復アイテムも豊富にあってパイオニア2へ補 給に帰る必要がないから探索時間は大幅に短縮されている。
 ここまでは順調に進んでいる事と、確かに核心へと進んでいる事に対する安堵も手伝い、 4人は不安や恐れも無く、最後のエリアへと足を進めるのだった。






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