雪降る宇宙船 十章





 興味本位でもなく、強制された訳でもないが、未知なるエリアとも言える遺跡へ再度突入 する事が決まった。
 これはハンターズにとってかなり稀有な事で好き好んで危険な場所へ行こうとする者は、 単なる冒険好きか、無謀な命知らずかである。
 2人での遺跡エリアの攻略が厳しい事は先ほど既に体験済みだ。初心者であっても、どう するか考える事は行く事を決める以上に重要な事なのだ。
 「それで・・・どうする?」
 消費アイテムの補充と武器の選定をしながらレイマーはサクラに遺跡攻略をどう行うのか を訊ねた。このまま2人で行くのか、人員を増やすのか、と。
 その質問を重々分かっているサクラは、身支度を整え初めた頃から眉根を寄せていた。
 自らの逡巡に囚われていた為ただ黙々と手を動かしているだけだったが、レイマーに声を 掛けられては答えない訳にもいかず、考えがまとまらないまま口を開く。
 「2人だけでは厳しいと思うのですが、あまりにも知らない人を連れて行く訳にも・・・」
 歯切れが悪くなるのは致し方ない。サクラ自身にも何が得策か判断するには情報が少なく、 準備を整える今の段階になっても未だ決め兼ねている状態なのだ。
 現時点で解る事はと言えば、遺跡エリアを探索するにはこのままの2人では戦力的に成功 するかどうかは博打になってしまう事と、大人数で挑めばパイオニア計画の情報流出と自身 の秘密が広がってしまう恐れがある事だ。
 信用のおけない第三者を入れる事は明らかに危険な事だ。しかし、他人との接触を避けて いたサクラには信頼出来る知り合いはいない。
 ふと気付けばサクラの準備の手は止まってしまい、眉間には深い迷いが刻まれていた。
 (知らない他人とは行きたくないという事・・・か)
 内気な女の子であればそういった迷いを抱く事もあるかも知れないが、サクラはハンター ズの一員である。サクラの外見から真実の姿を見抜くのは難しいだろうが、そうした一般的 な迷いとは無縁である事は同じハンターズであれば自ずと感じる事だ。
 それならば何故?と思ってみても答えがわかる筈もなく、共に行く事を決めたからには信 じるしかないだろう。不安や迷いは命を懸けた戦いでは不利なだけだ。
 私情を挟んでも良い状況なのであれば、出来れば二人きりで行きたいところだ、と思わず にいられないレイマーであるが、その私情により命の危険・・・否、確実な死が待ち構えて いるのならば否応なくメンバーを増やさなければならないのが現実だ。
 それでも迷うのは、他人を入れたくないと明言しているサクラの気持ちである。これも私 情には違いないのだが、レイマーの抱いている私情とは重みが違う。
 迷いや不安が戦場においてどう作用するかは、結果を見るまでもなく、明らかだ。
 「俺の仲間に連絡入れてみても良いかい?」
 レイマーはサクラの心情を察っすると対応に悩むところだが、2人では厳しい現実と、サ クラが知り合いを呼ぶつもりがあるならばハンターズカード検索をする筈だがその様子もな い。とりあえずはこちらの知り合いに連絡をしてみるのも悪い案ではないだろうと思い至っ て切り出してみた。
 それでも勝手に検索しようとしないのは、サクラがあまり乗り気ではなさそうに見えるか らと言えば聞こえは良いが、いくら厳しい戦いとは言え無理しなければ2人きりでの探索も 可能ではないかと密かに思っているからだ。
 坑道ではそれほど戦闘姿を見せられていないのが、その大きな要因となっているのだろう。
 最大人数である4人でのパーティを組めば、2人きりでの探索は不可能にはなるが戦闘は かなり楽になるだろうし、探索の時間短縮も望める。
 ほんの僅かな時間だったが、レイマーの頭の中では激しい葛藤が繰り広げられていた。
 「どなたか・・・信頼の出来る方が?」
 端末を睨むように動かなくなったレイマーを見て、サクラは難しい人選をしているのだと 思い、レイマーはそんなサクラからやはり信用のおける人物以外との接触を嫌っているのだ と確信した。
 サクラの不安と心配の入り混じった面持ちをチラリと見て、自分の動きが止まっている事 に気付かされたレイマーはぎこちなく顔の筋肉を微笑みの形に動かしながら頭の中では更に 激しく葛藤を繰り広げる。
 (さっきの3人に対してかなり嫌がっていたからな、男じゃない方がいいだろう・・・だ からと言って女じゃ軟派な男に見られるだろうしなぁ・・・)
 端末を真面目に操作しながらも、思考の論点がズレてしまっているのはあまりにも急に物 事が思いもよらぬ方向へと進んでいるからであろうか。
 そんな事を考えながら受信を待っていると、ふと自分の行動をじっと見詰めているサクラ の視線を感じ、不真面目に映るであろう内面までをも見られてしまっているような気まずさ を覚えてしまう。
 「・・・サクラ、多分長い探索になるだろうから準備しておいてくれ。特に回復系は多め にな」
 その気まずさを紛らわせようと、かなり事務的な口調になってしまいますます気まずさを 感じて1人で焦ってしまうレイマーだ。
 「はい。では、後ほど」
 サクラはそんなレイマーの内心の焦りには気付かずに、準備を整える為にショップ街へと 桃色の髪を風になびかせながら走る。レイマーに言われた通り、メイト系やフルイド系等の 回復アイテムを持てるだけ持つつもりだろう。
 その場に残ったレイマーは、サクラの後ろ姿を見送りながら今の態度は良くなかったな・ ・・とやはり1人で後悔していると、自らの腕に着けた端末に待ち人からのメール受信を知 らせるアラームが小さく音を立てた。
 名残惜しそうに視線をサクラの後姿から端末へと向け、そこに現れる文面に素早く目を通 し返事を綴る。
 長い文章は送れないが、目的や内容は詳しく伝えなければならない。
 連絡を取り付けたのは、悩んだ末にサクラと自分の心情をまずは考え、その上でパーティ バランスと強行軍になる事を踏まえてフォニュームとヒューキャストの2名にした。そのど ちらからも参加可能の返事がきている。
 先に呼び出しておくよりは時間的に無駄が出来てしまうだろうが、まずはサクラと話して からにしようと約束を取り付けるまでに留めておいた。

 それから数刻後。
 短く交わされた打ち合わせから、パイオニア2のロビーで4人は顔を合わせる事となった。
 黒服で身を固めたフォニュームと、青いボディのヒューキャストに、レイマーとサクラだ。
 いくらレイマーの知り合いであろうとも、研究所の手が及んでいないとも限らない。サク ラは自ら望んでこの場に向かっていながらも、後悔に襲われていた。
 レイマーは、促されながらも緊張以上の重い足取りで歩いているサクラの態度をいぶかし んでいたが、それに気付きながらもサクラは平静を保つ事が出来ないのだ。
 (万に一つの可能性だけど、レイマーさんだって研究所の人間じゃないって証拠はどこに もないんだし・・・)
 その発想に思い至って、ようやく今の状況では自分がかなり追い込まれてしまっている事 に気付く。
 (気付くのが遅い!どうして考えなかったの・・・甘過ぎる!)
 母星を発ってからなるべく他人と関わらないようにと気を張っていたのだが、ラグオルに 着き未知なる問題が発生してからサクラの周りの環境は劇的に変化してしまった。
 身分を隠しながらも総督と直接会話する事がその最たるもので、平時であれば論外であろ う。
 それでも異常な環境に適応し過ぎてしまったのか、自らの特異な事情をもすっかり忘れて しまいこの環境に甘えてしまっていた事実を改めて認識すると、あまりの能天気さ加減に呆 れてしまう。
 それも全てはサクラに秘められた戦闘能力の開花によりもたらされたのだが、当の本人が 気づく事はない。サクラの根底にしっかりと組み込まれたシステムが、静かに、そして確実 に動き始めているだけの事なのだ。
 「怖そうな外見してるけどさ、意外と普通な奴らだし・・・何より腕も信頼出来るから」
 そっと耳打ちしてくるレイマーの気持ちは、普通の状態であれば嬉しく思うところだろう が、研究所の追っ手である事を疑っている今のサクラの心には届かない。
 (捕まったらまた研究の材料にされちゃう・・・何とか逃げなきゃ。でも、もしかしたら まったくの無関係かもだし迂闊な事は出来ないから・・・)
 遅きに過ぎるが、素早く自らの姿に目を走らせて忌まわしいあのマーキングが見えていな い事を再確認する。
 そう、この状況を求めたのは自分で、この状況を招いたのも自分なのだから、しっかりし なくてどうする!
 しかも、これから赴く先は厳しい戦いの場なのだ。
 サクラは表情を改めると、目の前に静かに立つ2人に向かって深々と頭を下げた。
 「お忙しい中申し訳ないです。よろしくお願いします」

 戦いの場に身を置いていると、殺伐とした会話や効率だのエネルギー消費だのを考えた短 い受け答え等が多く、しかも戦いが終わってその場で別れたまま次に会う事は皆無と言って も良いくらいの関係が多くなる。
 そんな中で礼儀正しく頭を下げて挨拶をしてくるサクラの態度は、この場にあって異質な ものだ。
 レイマーはそんなサクラに好感を持った上で身近に見てきている為、「こんなものだろう」 と異質に感じるのを通り越して普通であるように感じていたが、初めて出会うこの2人の目 には明らかに異質だと写ったようだ。
 「・・・おい。お前の言う同行する子ってのは、この子なのか?」
 青いヒューキャストがやや呆れを含んだ口調でレイマーに視線を向ける。
 黒フォニュームも口にこそ出さないが同様の感情を抱いている事は視線だけでもわかる。
 サクラの外見的につい「子」と紹介していたレイマーだが、サクラの前でその言葉を使わ れると非常にサクラの顔色が気になってしまい、チラリと見ると思いの外何の感情も抱いて いないようだ。
 そんなサクラの様子に安心しながらも、果たして「子」を使うかどうか迷ってしまったが、 結局はその言葉以上に当てはまる言葉が見付からず、仕方なく2人に向かって困ったような 笑みを浮かべながらレイマーはサクラを紹介する事にした。
 「そう。この子がサクラだ。このサクラの友人を見付け出すのが今回のミッションさ・・ ・それとも、まさかお前らもサクラを見た目で判断するのか?」
 「内容についてはメールで見た。俺が言いたいのは、お前らだけでも行けるだろうに何故 俺達まで必要とするのか、と言う事だ」
 サクラは、ここでも当然の事ながら自らの外見から足手まといの存在であると言われるの ではないかと考えていた。それは当然とも言える事で、実際にサクラの戦いを肌で感じてい なければ秘められた本当の姿を推し量る事すら出来ないだろう。しかしこの2人はレイマー が推薦するだけの実力を備えていた為、サクラの能力をおぼろげながらも把握し、それを納 得した上で大人数で行く事のリスクを憂いている。
 初めて外見で判断されない事に驚きを隠せないサクラを余所に、思った通りの反応を返し てくれた2人に対してレイマーは少し声を抑えて真剣な表情を見せて話しを続けている。
 「今回は人探しだ。その上で万全を期したいんだよ。万が一にも失敗したくないんだ。も し発見した時に1人で歩けない状態だった、なんて事になってて2人で行ってたらどうなる かなんて考えるのもバカらしいだろ?」
 実際に自分の近しい者が未知な星であり、凶悪なモンスターが闊歩している事が次々に判 明しているラグオルで行方不明、しかも人の目の前で忽然と消えると言う尋常ではない状態 で居なくなったとしたら迅速に、慎重に且つ確実に行動するだろう。
 レイマーとヒューキャスト、フォニュームはそれこそ短いながらも深い理解がし合える程 度の付き合いである。が、今回居なくなったと言われ見つけ出そうとしているのは直接は自 分達に関係ない人物だ。
 どんな人物なのか知らないまま、知らない人物に命をかける人間はいない。突然呼び出さ れて遺跡エリアへ行く事を承諾したものの、レイマーがそこまで真剣になる理由が掴めなか った2人だが普段とは違う真面目な態度やサクラに対する目線等を間近で見て、事態の程度 が飲み込めてしまった。
 「・・・なるほど、な」
 今まで口を開こうとしなかったフォニュームが、口の端に笑みをはらみながらレイマーに 意味有り気な目線を向ける。その視線を敏感に察したレイマーが僅かに視線を揺らせた。
 「フッ・・・これは貸しにするからな」
 「・・・無粋な詮索すんなよ」
 視線の意味を言葉から読み取ったレイマーは心の底から嫌そうな表情を浮かべて反論した が、その事で却ってフォニュームが言わんとした事を認めてしまう。バツの悪そうな表情を 浮かべながらも今は自分の好悪の感情で動くべきではない事にも気付いている。
 全ては無事に事が終わらなければ意味が無いのだ。
 それは、ここに集まった4人が無事に帰るだけではなく、行方不明のハニュエールを見つ け出し、その彼女を無事にパイオニア2まで連れ帰る事だ。
 行方不明となってから既に数刻。今、その彼女がどのような状態にあるのかはわからない が、未だ最深部までの調査が終わっていない遺跡エリアを進まなければならない事も考える と急がなければならないだろう。
 「それも全ては、無事に帰れたらの話だろう」
 ヒューキャストの瞳の無い目がキラリと光を放つ。瞳が確認出来たならば、冷たい程の冷 静な視線を見て取る事が出来ただろう。
 そんな3人のやり取りから置いていかれてしまったサクラは、特にレイマーの今まで見た 事のない友人に見せる砕けた態度に驚きながらもただ呆然と3人のやり取りを見ていたが、 新たに出会ったこの2人の実力は実際に戦いを見ずにも分かっている。
 これから赴く場所は未知なる敵がひしめく場所。
 しかも、起こった事件も詳細は分からないと言う厄介な状態。
 何が起こるか、何が待ち構えているのか。まさに分からない事だらけだ。
 それでも、3人の当初の問題からかけ離れてしまった会話を聞きながら、油断は禁物だと 分かってはいても、それを乗り越えてこのメンバーであれば彼女を見付け出した上で無事に 帰って来られるだろうと思えてしまうサクラだった。






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