雪降る宇宙船 九章





 坑道から直接遺跡へと行く事は出来ない為、一度パイオニア2に戻るしか選択肢はない。
 こうして三度パイオニア2へと現れた二人だったが、出発した時とは打って変わって緊迫 感が場を満たしている事に気付きさりげなく身構える。
 サクラは研究所の追っ手が切迫している事を危ぶみ、レイマーはパイオニア計画の秘密に 触れた事によって不運が飛び込んでくる事を危ぶんでいた。
 意味は違えど事態に変化はなく、そっと目線を合わせると不自然にならないよう、目立た ないようにと、騒ぎの中心へと足を向ける。
 ざわざわと小さい呟きが広がって大きな騒ぎになっている中心は、ハンターズが仲間を集 う場として使用している広場であり、集まっているのは、当然ながら全てハンターズだった。
 その事にサクラはそっと安堵し、レイマーは緊張感を高める。
 混雑する広場を一歩ずつ中心へと近付くにつれ、騒ぎの内容がおぼろげながらも掴めてきた。
 どうやら、ハンターズの一人が未知なるエリアとされている遺跡において行方不明になった ようだ。そして、その話題の中心はその時一緒に行動していた3人の仲間らしい。
 そして緊迫感を煽っている一番の問題点は、煙に巻かれるように消えたその時に傍にいた仲 間達が不気味な声のようなものを耳にしたと言っている事だ。
 「前にもそんな話聞いたような気がするぞ?」
 「不気味過ぎてあまり行きたい場所じゃないわよねぇ?」
 「軍部ですらあまり踏み込んでない場所じゃないか」
 「床とか壁とか、ぶにゅぶにゅしてたよぉ」
 「声を聞いたなんて・・・敵に取り込まれたんじゃないのか?」
 ざわざわと集まったハンターズ達は好き勝手に身近な人と取りとめもなく話している。
 その耳障りさにうんざりしつつも更に奥へと歩みを進めると、ようやく騒ぎの当事者らしき 者の姿を目にする事が出来た。
 その人物とはレイマーには当然の事ながら全く面識の無い3人だが、サクラには良いとは言 えない印象を持っているものの顔だけは知っている3人だった。
 そう、初見で非友好的な出会いをした、知り合いのハニュエールと一緒に旅立ったであろう 意地悪な(印象をサクラは抱いた)3人だったのだ。
 一つのチームは最大4人で構成される。
 ここに3人居るという事は、ここには居ない4人目が行方不明になったという事だ。
 自らの最悪な考えに気付いたサクラの顔色は、すぐ隣にさりげなく庇うように立つレイマー から見ても分かるほど青ざめていた。
 「サクラの知り合いか?」
 周囲を憚り小声でサクラの注意を向けさせると、か細い返事が返ってきた。
 「あの3人はよく知りませんが、あの人達と一緒にいた人なら、友達・・・なんです」
 最後の言葉は呟くよりも小さな声だったが、それだけでレイマーは現状をほぼ正確に理解 した。
 よく知らないという事は、出会ってから間もないのであろう。
 1度の探索が数日に及ぶ事もある事から、行方の分からない4人目がサクラの友人である 恐れが高い事。
 そして、行方が分からなくなったその同じ時刻に、自分達はすぐ傍に居たかも知れないと いう事を。
 問題の中心である相手がこちらを見知っている状況は目立つ恐れがある。
 この場に留まる事は危険だと判断したレイマーは、来た時と同じようにサクラの手を取り そっと人ごみに紛れようと動く。
 その動きに気付いたサクラは一瞬たじろいだ。
 このまま放っておくべきなのは恐らく正しいのだろう。ただ、このパイオニア2と言う宇 宙船の中で出会った数少ない(友達と言って良いのかが迷うところでもある)知り合いなの だ。
 「・・・」
 サクラの迷いを打ち消すように、無言でレイマーは小さく首を横に振る。
 (理由は何にせよ、巻き込まれて困るのはサクラだろ)
 そんな言葉が込められた目線だった。
 その力に抗えなかったサクラは引かれるままに人ごみに紛れて行く。
 しかし、夜目にも鮮やかに見える桜色の髪と服は、ほんの少し見えただけでも鮮烈に記憶 に残ってしまう。
 目立ちたかっただけとは言え、自らが持ち込んだ騒ぎによって思いの外多くのハンターズ に囲まれてしまった事に困っていた3人は、その桜色に救いを求めた。
 「あ、おい、サクラ・・・とか言ったか?」
 「あんたアイツのトモダチだろ?放っとくなんて有り得ないよなぁ」
 その言葉によって、周りに集まったハンターズまでが注目の視線を送ってくる。
 目立つ事が本位ではない2人であったが、事ここに至ってしまっては逃げる事も叶わない。
 下手な弁明は返って事態の悪化を招くとみたレイマーは、他人任せで逃げようとする3人 の心理を正確に把握していた。
 「そう言うあんたらは、そいつのトモダチなんじゃないのか?まさか居なくなったのをそ のままにして逃げてきたんじゃないよな?」
 レイマーの的を得た言葉に対して目線を逸らす3人に、周囲のハンターズ達もざわめき始 める。
 「そう言えばそうだよな」
 「そこに居た時に何とかした方が確実だったよね」
 ざわざわと、同情的だった視線が非友好的な視線へと変じていく。
 いかにして自らを正当化するかのみに気を囚われているのか、せわしなく視線を彷徨わせ ながら3人は口々に言葉を紡ぐ。
 「急に消えたんだ、もしかしたら戻ってるのかと思ったっておかしくないだろ?」
 「補給目的で一度戻ろうって話をしてた矢先だったし・・・なぁ?」
 「勝手な行動を取った方にだって問題があるじゃないか」
 弁解すればするほど、本音が飛び出し自らの墓穴を掘っていく。焦って取り繕うとすれば するほど、深みへと嵌っていくのだ。
 レイマーの詭弁とも言える問題の本質入替えは、充分な効果を発揮したと言えるだろう。 が、サクラにはその事によって新たな苦境に立たされた3人が、自分の器量以上の物を要求 された時に何も出来ない人物であると見抜いていた。だからこそ、哀れを感じてしまう。
 「・・・今のって、明らかに詭弁です・・・」
 非難の視線を受けたレイマーは、それこそ心外だと肩を竦めて答える。
 「あのまま注目されて困るのは俺らだろ?」
 「それでも・・・」
 レイマーの言動の根本は、自分とサクラの保身であろう。サクラはあの研究所からの追っ 手が伸びないように逃げ続けなければならない。それでも、自らの行動理念を自らの手で辱 める事があっては、乗り越えてきた全てのモノを否定する事になる。
 サクラの身体に、生み出された目的である本来の能力が湧き上がる。
 「それでも、あの3人の実力・・・レベルは高いようですが・・・では遺跡を攻略するの は不可能です。それと、居なくなった地点をログで追う事が出来ると思います」
 サクラの瞳に宿った見た事のない意志の光にレイマーは驚きを隠せない。しかも、自らの 能力を低く評価する事はあっても、他人の能力の限界点を低く見る事は未だかつてなかった 事だ。
 実力が高い者は、他の実力を推し量る事が可能だ。あの坑道での戦いで見せた姿が、サク ラ本来の姿だったのだ。
 強くなろうと言う意思は感じられなかった。ただ、目の前の敵を倒して進むだけの力で充 分だったのだ。それは、既にサクラの能力が高みに達していたからに他ならない。
 それを証明するかのように、最早情報源としても戦力としても価値を見出す事のないであ ろう3人に躊躇う様子もなく背を向け、それでも目立たぬようにさりげなくテレポーターへ と向かう。
 今、サクラとレイマーは即席であってもパーティを組んでいる状態である。この柵を一度 解消しなければ、新たな冒険に赴く事は出来ないのだ。
 あの3人を早々と切り捨てたサクラが自分とのパーティを解消しない真意を量りかねたレ イマーは、珍しく慌てた様子で後を追う。
 「ちょっ・・・サクラっ!・・・このまま行くのか?」

 俺をどうするつもりなのか?と思わず力を込めてサクラの腕を掴んでしまったレイマーだ った。
 このまま行く事に問題はないが、1人で行くつもりなのか?このまま2人で行くのか?そ れとも仲間を募るのか?募る仲間は何人なのか?
 「出来れば・・・」
 ハンターズの集団から充分に離れた位置で、ようやく自らの身長よりも遥かに高いレイマ ーを見上げながら言葉を紡ぐ。
 「一緒に行っていただけると嬉しいのですが、何度も私の我侭で危険な場所へお連れする 訳にもいかないですし・・・私にも何が最善なのか分からないんです」
 この時、サクラにはこの問題の中心地へ行けばこのパイオニア計画の一端を掴む事が出来 るであろう確信があった。
 それは同時に、他言出来る内容ではなく、非常に危険な戦いになる事も正確に把握してい たのだ。そこに自分以外を介入させても良いものかどうか。
 痛いほどに力を込めて捕まれていたサクラの腕がふいに解き放たれる。サクラの腕から離 れたレイマーの片方の腕は自らの腰に、もう片方の腕は自らの顔に置かれ大袈裟に肩を落と して大きなため息をついた。
 「・・・はーっ」
 レイマーはしばらくそのポーズのまま動かなく、サクラはただ黙ってその姿を見ているし か出来なかった。
 答えはレイマー自身にしか出す事が出来ないからだ。
 ため息の中には悩んでいる様子は窺えなかった。だからこそ、サクラにはレイマーのため 息が何によってもたらされたのか分からないのだ。
 遠くで続くざわめきとは無関係のように2人の周りだけは静かな空気が流れていた。僅か ながらの緊張をはらんでいたが。
 その静を突然打ち破り、レイマーがいきなり顔を上げたかと思うと次の瞬間には先ほど腕 を掴んだよりも強く、サクラの両肩はぐっと掴まれていた。
 「俺はハンターズだ。危険なんていつもすぐ傍で手招きしてるんだ。それに、何度も背中 を預け合ってるだろ?危険な場所に行くならそれこそ放っておけないじゃないか。そういう のは我侭じゃなくて、協力って言うのさ」
 レイマーの真剣な表情から言葉の真実性もわかろうというものだ。その気持ちは嬉しく、 戦力としては心強いのだが・・・。
 サクラは自ら進んでこの計画に携わったのではなく、生まれながらに強制的に巻き込まれ たとも言えるが、パイオニア移民にとっては自分も計画に携わっている側と写るだろう。
 (この計画の真実を知った時、あなたは私をどう思うのでしょう・・・)
 D細胞に適応するよう遺伝子操作され、様々な実験を経ているこの自分を。研究所の職員が 見れば身体に刻まれたマーキングによって、実験結果が一目瞭然なこの体を。
 サクラは断りかけた口を閉ざし、軽く首を振る。
 目の前に居るこのレイマーは、研究所の人間でもなければ興味本位のみで動く人間ではな い。何より、あの3人より遥かに高い戦闘能力とセンスを持っているのだ。
 「巻き込んでしまって申し訳ありませんが、私と一緒に行って下さい。お願いします」
 大きく下げた頭から、さらりと髪が流れる。
 この人なら、信じられる。
 この人なら、裏切られない。
 元気良く顔を上げたサクラの表情は、研究所を逃げ出してから誰にも真実を話さず、全幅の信 頼もせず、日々出会う人には常に疑いを向けていた過去が払拭されたように晴れやかな笑顔だっ た。
 戦場から生きて帰る為には仲間同士の信頼が重要になる。ようやく、そこに辿り着く事が出来 たのだ。
 どこか暗い影を落とし、見えない何かに怯えているような印象だったハニュエールが、目の前 で明らかに成長を見せた事にレイマーは驚きを隠せない。著しい変化を見せた強さよりも、殺伐 とした生活の中にあって、まず見る事の叶わない晴れやかな笑顔に驚いたのだ。
 ニューマンは遺伝子操作を受けて生まれる。ハンターズに登録されているニューマンの多くが 戦闘能力を高められて生まれている事も隠しようもない事実である。それ故にヒューマンからの 迫害を受ける場合もあれば、精神を破壊されてまるで物のように扱われる事もあると言う。
 あの時偶然見てしまった肩の刻印も、そうした迫害によって施されてしまったものではないか とレイマーは結論付けていた。
 そんな生活を続けていたであろうサクラが自分を信じ、今また友達を救いに行こうというのだ。
 この笑顔を失わせる訳にはいかないな、と決意を新たにしてしまうレイマーだった。





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