雪降る宇宙船 八章





 メインコンピュータールームから続くテレポーターは、不思議な空間へと続いていた。
 怪しく光る壁に囲まれたそこには、真っ暗な口が開いている。
 その傍にはリコのメッセージが。
 その内容は、今まで調べてきた3つのモニュメントについて彼女なりの結論を述べたもの で、ためらいつつも先へと進んでいくといったものだった。
 「リコさんはもう先へと進んでしまっているんですね」
 総督の一人娘であるリコ・タイレルは、ハンターズのみならず一般民からもレッドリング ・リコと呼ばれ憧れを抱かせている人物である。
 「これは・・・総督に伝えなきゃだろうな」
 リコのメッセージを携帯端末へと記録しながらレイマーは真っ暗な入口を見つめる。
 「ここもリューカー開けないみたいだから、あの先に行くしかなさそうだ」
 メッセージの内容が正しいのならば、目の前のこの暗い口から別の場所へと行く事が出 来るのだが、果たしてそこが安全な場なのかと問われても明確な答えを返せる者はいない。
 期待と不安とためらいが場を満たしていたのだが、慎重に入口の辺りを探っていたレイ マーが突然サクラの目の前から消える事によってその重い空気が打ち消された。
 「えぇ!?」
 たった今までそこに居たはずのレイマーの姿は一瞬の内に掻き消されてしまったのだ。
 サクラは目の前で起こった事実を掴みきれず、レイマーは無事であろうかと言う心配と、 自分はどうしたら良いのかと言う不安とで一瞬思考回路が停止したのか、ほんの数瞬、空白 の時間が流れる。
 困惑しつつも他に道がない以上はレイマーと同じ道を辿るしかない、そう結論付けたサク ラはレイマーがしていたのと同じ様に入口付近を慎重に調べる。
 暗い口に迷いつつも用心深く足を踏み入れ辺りに神経を集中していると、突然暗かった視 界が薄青い光に包まれた。
 「サクラ!」
 光に目が慣れると、目の前に消えた時と何ら変わらぬレイマーの姿があった。
 「今メールで知らせようかと思ってたんだけど、良かったよ」
 しかも、焦っていた素振りも見せず平然と微笑んでいる。
 「どこへ消えてしまわれたのかと思いました」
 サクラの不安と心配に気付く素振りもないレイマーに多少不満を覚えたからか、口調に僅か ながらの非難が滲んでしまったが、当のサクラは気付いてはいない。
 本人も気付かなかったほんの僅かな気配を敏感に感じ取ったレイマーの方はと言えば、どう してサクラが(多少なりとも)怒っている(ように見える)のかを不思議に思ったものの、そ れを口に出す訳にもいかず内心冷や汗にまみれていた。
 「でも、変な所じゃなくて良かったです。パイオニア2へも戻れるみたいですしね」
 レイマーにとってはほんの少しの緊張した空気はサクラの一言で元に戻る。
 しかし、二人には新しい問題が提示されてしまった。
 二人の傍にはパイオニア2への連絡口が開いている。
 退路が確保された以上、先へ進むか戻るかの選択肢が生まれた事になってしまったのだ。
 「さて、どうするか?」
 レイマーは自問自答するようにつぶやく。
 「ほんのちょっとだけ探索するってのも一つの手だな」
 サクラの意見を求めるように振り向いたが、レイマーの気持ちは既に新たなポイントの探 索に向いているのは明らかだったが、一方のサクラとすれば一刻も早くメインコンピュータ ーにアクセスを試みたいのが本音である。
 その葛藤の答えは一瞬にして弾き出される。それは、レイマーの案内がなければメインコ ンピューターに辿り着けないからであり、一人での探索よりも二人での探索の方が速いだろ う事は誰の目でも明らかだからだ。
 「・・・行きましょう」
 新たなるポイントへ向けて一歩を踏み出す事で賛同の意をレイマーに伝えると、二人は新 たなるポイントの探索へと踏み出して行くのだった。

 新たなるポイントに現れる未知なる敵を倒すと紫色の断末魔を残す。
 森では深紅、洞窟では深緑、坑道では生き物の痕跡ではなく金属の残骸が残された。
 洞窟で初めて敵を倒した時にも感じた「色」への嫌悪感は、この遺跡で更に強く感じてい る。
 何の成分が紫色と言う体液を作るのか?
 まさに未知なる敵である。
 トラップに関しても、今まで出会った事のないタイプに苦しめられる事になった。
 狭い通路で突然頭上から落ちてくるグォーム、近付く者を毒状態にするグァーダ。
 グァーダに関しては、毒状態を治すテクニックのアンティやアイテムのアンティドートを 双方共に使用出来る為それほど神経質になる必要もないが、グォームは死活問題である。
 釣鐘のようなその姿に取り込まれると、数瞬のちに爆発と共に大ダメージを受けてしまう のだ。
 まだ経験の浅いサクラにとって、そのダメージは生命の危機になる。
 注意深く進んではいるもののいつどこに落ちてくるかわからないこのトラップには、サク ラよりも数段経験を積んでいるレイマーにとっても油断ならないものである。
 二人同時にトラップにかからないよう、サクラが先頭を歩きレイマーが一歩遅れて同じ道 筋を辿る。
 最初、レイマーは自分が先頭に立つと譲らなかったが、その時はサクラがグォームに閉じ 込められてしまったレイマーを救い出せなかった為、しぶしぶとではあったがサクラが先頭 に立つ事に賛成せざるを得なかったのだった。
 「・・・少し休憩しませんか?」
 トラップへの心配と、エネミーとの戦闘を重ねた結果、かなりのプレッシャーを感じてい るだろうサクラが小部屋で見つけた回復装置の前でそう提案した
 未知なる場所にも回復装置があると言う事は、パイオニア1の人員も訪れていると言う事 だ。
 その事に不審を感じたが、疲れてしまっていては実力の半分も出せないだろう。そして、 それは死へと直結する。
 「そうだな。ちょっと休もうか」
 サクラの回復を待つ間、レイマーは回復アイテムの残量チェックをする。
 思いの他アイテムを使ってはいなかったが、それでもこの先の戦闘を考えると些か心許無 い残量である。
 サクラをふと見れば、回復を終えてレイマーの行動を待っている。
 もともと、サクラは坑道でメインコンピューターへのアクセスを求めており、この新ポイ ントの探索に関しては自ら進んでと言う訳ではなかったのだ。
 ここはレイマーが判断を下す場面だ。
 「・・・サクラ。一旦パイオニア2に戻って、坑道に向かおう」
 アイテムパックの確認を終えたまま顔を上げてサクラを見たレイマーは、ハッキリと決断 を下した。

 パイオニア2は相変わらず、ラグオル地上・地下等で繰り広げられている戦いには全く関 係ない様子で、比較的平和な時間が流れている。
 広大な宇宙空間で、閉ざされた宇宙船から地上に降りる事も叶わず、日に日に人々の許容 範囲は狭まっている。
 表面上は大人しくしていても、「真実を知りたい」というジャーナリストや、「ケーキが 食べたい」と騒ぐ一般女性や、「パイオニア1に知り合いがいる」と言うハンターズの一員 等が続々とラグオルへと降りているのだ。
 隠された真実等、直ぐに日に照らされる事になるだろう。
 それを思えば、この平穏な時間は嵐の前の静けさに他ならない。
 今しも、嵐はやって来るのだ。

 未知なるエリア・・・遺跡から一先ず帰還した2人は、約束通り坑道へ行く準備を進めて いた。
 坑道の最深部まで行く必要はないとは言え、相当数の敵と戦う事は想像に難くない。
 回復アイテムと、武器の種類には入念な準備が必要だ。
 「いいか。今度は俺が先に歩くからな」
 「そんな訳にはいかないです」
 「いや、俺が先に歩かなきゃ道がわからないだろ?」
 「ですから、後ろから指示して頂いて・・・」
 「そうするよりも自分で歩いた方が早いじゃないか」
 「私じゃ頼りにならないですか・・・?」
 「だから、そうじゃなくて・・・」
 ともすると、準備の手が止まって押し問答が始まる。
 レイマーにしてみればエスコートする様なものであり、何かあった時には背中に守りたい 存在があればあるほど実力が出し切れる。
 そして、そんな姿をぜひとも見てもらいたいのだ。
 一方のサクラはと言えば、ハニュエールと言う職種は前衛に立つもので、レイマーと言う 職種は後衛だからと言う理由から前衛は譲れないところなのだ。
 サクラがそのように考えている事を解っているからこそ、レイマーとしてはどうしても前 衛と言うよりは先に立って歩きたいのだった。
 「分かった。それなら俺が槍で戦うからサクラは短銃で戦えば良いだろ」
 「それじゃ効率が悪いですし」
 「あ、・・・じゃあ、一緒に・・・」
 「後方支援がいないじゃないですか」
 「いや、ここはそれを置いといてさ、二人で押し包んじゃえば良いよ」
 堂々巡りとも言える話し合いが続いていたが、結局平時は2人で並んで歩き、戦闘が始ま った際にはサクラが前衛、レイマーが後衛と言う事に落ち着いたようだ。
 例えそう決めたとしてもその時々の戦況によって、前衛と後衛はいかようにも変わるだろ う事に気付いたレイマーが折れたからこその、決着とも言えるだろう

 何度坑道に来ても、この生命の無さには辟易する。
 コンピューター制御されている為寒暖の差はさほど無い筈なのだが、肌が寒さを感じるのだ。
 自らの意思ではなく何かに操られたかのように襲い来る敵の群れ。
 しかも敵同士に連携は見られず、敵同士の相打ちによる戦闘終了も珍しくは無い。
 その中を並んで歩いている2人の間にも、会話らしい会話が見受けられない事でより一層寒々 しい様相をしている。
 サクラはこの先にあると言うコンピュータールームに向かう為、どんな敵が襲ってこようとも 確実に撃退して先に進む覚悟であったし、一方のレイマーにしてみれば普段の様子からは想像す るに難しいサクラからの険しい雰囲気に驚きを隠せないでいた。
 (レベルは低いがかなりの場数をこなしてきた動きだ・・・それに、メディカルルームで一瞬 見えたあの焼印・・・過去に想像も出来ない事があったんだろう・・・)
 やはり、レイマーにはサクラ身体に施されたマーキングを見られていた。
 幸いな事に、サクラのマーキングの真の意味には気付いてはいない上、何らかの悪意によって 無残にも身体に傷(焼印)を付けられたのだと同情すらしているのだ。
 そんな2人の微妙な緊張感と坑道の独特な無機質な気配とが、広大な坑道をひんやりとした空 気で満たしている。
 小さく区切られた部屋を幾つも通り抜け、サクラが心待ちにしていたコンピュータールームに ようやく辿り着く。
 「ただ触るだけじゃ動かないぜ?どうやらディスクが必要みたいなんだ」
 嬉々として扉が開いた瞬間からコンピューターに駆け寄ったサクラの背中にレイマーが声をか けると、一瞬暗い表情で振り向きかけたものの、縋り付くようにコンソールと向かい合った。
 レイマーの言う通りだとしたら、ここまで来た行動自体が徒労に終わってしまうだろう。
 少なくともレイマーはそうなる事に疑いを向ける事すらなく、サクラの悲痛な背中を見る事に なるだろうと予想していたが、その予想はアッサリと裏切られた。
 カタカタ・・・ピッピッピッピ・・・
 誰が触っても動こうとしなかったコンピューターが、サクラの指示により活発に活動を始めた のだ。
 その光景を目撃する事になってしまったレイマーはふと、とあるクエストで出会ったスゥと名 乗っていた褐色の肌のハニュエールを思い出した。
 彼女もこのコンピューターから必要なデータを取り出していたのだ。
 いや、そのスゥよりも遥かに手際が良い。
 スゥはコンピューターを起動させてはいなかった。起動にはパスワードか専用のディスクが必 要なのだ。
 (・・・彼女は一体・・・?)
 レイマーの中に、サクラに対する疑問が浮かび上がる。
 (いや・・・そんな事は関係ないさ・・・)
 が、直ぐに頭を振る。
 今まで短いながらもサクラと出会って、共に戦い、傷付き、メディカルルームで話した事が一 瞬の内に頭をよぎる。
 レイマーにとって過去のサクラは問題ではなく、今現在のサクラが全てなのだ。
 無言でコンピューターを操作し続けるサクラの背中を、レイマーはただじっと見詰めた。
 出来得る事なら、彼女が悲しむ姿を見ないで終わるようにと願いながら。
 程なくして、サクラの肩が、腕が、背中が、足が、小刻みに震え始めた。
 (・・・泣いている!?)
 直感的に悟ったレイマーは、離れた位置からそっと見守っていた身を起こして慌てて駆け寄り、 優しくサクラの身体を全身で包み込む。
 理由はどうあれ、耐え難い程の感情に突き動かされているのだ。支えてやれなくてどうする。
 そんな気持ちからの行動だったのだが、一瞬目を向けたモニターに現れていた文字を見てしま って後悔の念に襲われる。
 『・・・かないだろうが、サクラを巻き込まなくて本当に良かった。私の大切なサクラ。パイ オニア計画にこんなに惨い・・・』
 一瞬だった為前後の内容は判別も出来なかったが、「大切なサクラ」だけを見てもこの2人の 関係が嫌でもわかる。
 (恋人がパイオニア1に乗ってたのか・・・)
 しかも、相手はこの計画の真の姿を知っているようだ。
 絶え間なく涙を流し、時折しゃくりあげる背中を本能的にさすりながらふと考える。
 彼女の肩には焼印が見えていた。
 それを付けたのがこのメッセージの男であるならば、サクラは憎んでいたのではないか。
 その憎むべき相手が確実にこの世界からいなくなった事によって、安堵している涙なのでは。
 全てを把握出来た訳ではなく一部分だけを見てしまった事によって、かえって想像によってい かようにも解釈出来てしまう。
 そんな自分を叱り付けながら、ようやく落ち着きを取り戻したのかしゃくりあげる回数も減っ てきたサクラの背中をさすり続ける手を止め、軽く数回背中を叩いた。
 「落ち着いたかい?」
 優しげなその言葉に、サクラは慌ててもたれていた身体を引き離した。
 「あ・・・すっすいませんっ」
 離れる事でようやく見えたサクラの目は短時間ながら赤く腫れ、そしてそれ以上に頬が赤くな っていた。
 そんなサクラの姿を見ていると、やはり戦いに身を置いているこの現実の方が間違いなのでは ないかと、何度も思ってきた事を再認識してしまう。
 そう感じて、レイマーの頬もほんのりと色付いてしまったが、それを気取られないように明る い口調で吹き飛ばす。
 「ま、こんなのでもないよりマシだろ?いつでも貸し出すよ」
 殊更茶化すように自らの胸元を指し示しながらウィンクして見せる。
 その優しさを感じてサクラの激情も落ち着きを取り戻す事が出来た。
 「いきなり泣いちゃってごめんなさい。ちょっと、あまりに・・・その・・・」
 俯き加減ではっきりと言う事をためらう様子のサクラの姿は、先ほどの手際よくコンソールを 操作する姿とのギャップを感じてレイマーも何故か緊張をはらんで、歯切れさえも悪くなる。
 俯きながらもサクラはこの届かない筈の手紙を日々打っていたあの人の思いと、その内容の危 険さを考えた。簡単に人に伝えられる物ではないのだが、それでも一人で背負うには辛過ぎる内 容のこの手紙を。
 サクラはふと思い立ち、個人の端末へとデータを移行しながら今後を考える。
 刻々と変化を見せる実験や、その結果もたらされた現実が克明に記されている。
 これを政府関係者や研究所の関係者は血眼になって探すに違いない。もし見付かってしまえば 自分の身が危うい。
 そうならない為には持ち帰るべきではないのは分かっているのだが、自分へ向けたメッセージ を置いて行く事は出来なかった。
 しかも、アクセスのログも残っている筈で、ここにアクセスされてしまえば個人を特定する事 も可能だ。
 このコンピューターにアクセスした時点で既に追っ手がついたと見ても良いのかも知れない。 つまり、なるようにしかならないのだ。
 時間を稼ぐ意味でも、幾重にもブロックをかけた上にログ解析へもダミーを入れる。
 短時間の内に全ての作業を終えてメインコンピューターとのアクセスを切り、決意も新たに元 気良く振り向く。
 「お待たせしました!私の用事は終わりましたよ。あの遺跡にでも行ってみますか?」
 そのサクラの瞳には、新たな力強さが満ちていた。





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