雪降る宇宙船 七章





 坑道エリアを攻略中に三つ目のモニュメントを触ったサクラは、その後もミサイルを大 量に放出する巨大な敵との激戦をどうにか潜り抜け、一際大きな赤いトランスポーターの 前に辿り着いていた。
 確認の為に行ったエリア探索をしても、足を踏み入れていないエリアは無い。
 つまり、このエリアでもパイオニア1の乗組員は誰一人として発見出来なかった事にな る。
 サクラの胸が虚脱感に覆われていく。
 (この先にはきっと大きな敵が待ってるんだろうな・・・)
 恐れている訳ではなく、今の状況に苦しんでいる訳でもない。
 それでも、期待に胸を躍らせていた者にとっては耐え難い状況だろう。
 (せめて、何か・・・少しでも良いから情報が欲しい)
 期待と絶望はもう充分過ぎる程味わった。
 あとは真実が欲しいだけ。
 それすら贅沢な、身に余るような願いなのか・・・。
 そう思いながら足を踏み出したサクラの背後から声をかける人物が居た。
 「これからボス戦かい?」
 場違いな程に明るい声だった。
 戦場で気を抜くと言うことは死を意味する。
 一瞬であっても自分の周りの注意力が散漫になっていたことを悔いてももう遅い。
 しかし、悠然とサクラの背後から声をかけた人物からは殺気はなく、ただほんの少しば かりの心弾むような気持ちが滲み出ていた。
 「な、なんでここに?」
 サクラの背後には、居住区前で別れたレイマーが大きな散弾銃を抱えて立っていた。
 背後を取られた事よりも、気配を感じられなかった事よりも、立っているのがレイマーで あることに動揺を隠せないサクラは思わず一歩身を引く。
 一方のレイマーは、サクラに渡すべくようやく手に入れた品を意気揚々と持っており、次 に会える時に渡すべくついでに最深部までやって来たのだが、サクラのその行動に戸惑った。
 まだ時期ではない事を悟り、慌てて品物の事は一時忘れる事にした。
 「あ、いや、あの後冒険でもしようかとここを選んだだけなんだ」
 お互いに相手のぎこちない態度にぎこちなさで答える事しか出来ないぎこちない会話が交わ される。
 しかし、そのぎこちない空気は突然テレポーターの起動によって破られた。
 二人はあまりにもテレポーターの近くに居すぎたのだ。
 ブゥン、とテレポーターは一際赤い光を発っすると二人の姿を飲み込んだのだった。

 レイマーの目から見ると、サクラの装備はボス戦に挑むものではなかった。
 特にこの坑道に巣食う「ボル=オプト」に対しては。
 「すまん」
 レイマーは呆然と立ち尽くすサクラに短く詫びた。
 一方の謝られたサクラは、装備が整っていない事ではなく違うモノに気を取られてしまっ た。無防備に目の前の光景に目を見張る。
 「コンピュータールーム・・・」
 かつて、パイオニア1の科学者達が研究所として使っていたと思われるこの坑道。
 そこにある大きなコンピュータールーム。
 人影はなくとも、このコンピューターから何か情報が引き出せるかも知れないと考えるの は当然であろう。
 まるで巨大なコンピューターに吸い寄せられるように、サクラがフラフラと中央に向かっ て歩き出した瞬間、部屋の壁面に設えられたいくつものモニター画面が怪しく明滅し、正面 の画面に怪しげなモノが映し出される。
 「サクラ!そいつがボスだっ!」
 レイマーは画面に向かって銃を放つ。
 サクラの見ている目の前で、無情にも画面が破壊されていく。
 「だめ!壊さないで!!!」
 囲われた壁全てに巨大モニターがあり機械的な音のみが支配するこの小さな密室に、サク ラの悲痛な叫び声が上がる。
 「っ!!!」
 サクラの静止に気を取られたレイマーにボル=オプトの電撃攻撃が炸裂した。
 一瞬の麻痺状態になり苦しむレイマーにサクラは慌ててレスタとアンティを唱えて治療す る。
 「・・・何か理由があるのかも知れないけど、ここに来た以上は目の前の敵を倒さなきゃ 帰ることも出来ないのはわかるだろ?生きるか死ぬかを選ぶなら、生きなきゃダメだ」
 レイマーは謝ろうと口を開きかけたサクラを制し、早口で言うとサクラを抱きかかえその 場から飛び退る。
 一瞬後、二人が立っていた場所に先ほどと同じ電撃が炸裂する。周りの空間を黄色く染め るような激しい電撃だ。
 レイマーは抱きかかえていたサクラから手を離し、ショット系の武器からハンドガン系の 武器に替え電撃を発生する装置の破壊に目標を切り替える。
 自分たちの安全とサクラの要望に応えるにはこれしか方法がないのだ。
 レイマーが目標を変えた事に安堵しつつ、サクラもそれに習いハンドガン系の武器を手に しそれぞれが対象の左右から攻撃を加える。
 その対象とは、床から現れるモニュメントのようなモノで電撃を放つ。
 それを壊さなければならないのだが、どこから現れるのか予測が出来ない。
 早く倒さなければと焦る二人の気持ちをあざ笑うように翻弄してくるのだ。
 一人では厳しい戦いも、二人なら助け合う事が出来る。
 二つの目では発見する事の出来ない敵も、四つの目では発見出来る。
 サクラは誰かと共に戦うと言う行為が、ただリスクがあるだけではないと言う事にようや く気付き始めた。
 いつしか、この短期間の間とは言え、二人の呼吸は合い、何も言わずともお互いをフォロ ーしあい実力を高めあいながら戦うようになっていた。
 まるで以前から共に戦っていたかのように。

 バスッ!!
 レイマーが撃った一撃が敵にヒットした瞬間、それまではただ機械の動く音と二人が攻 撃を繰り返すだけだった小さな部屋全体が、小さな爆発を繰り返しながら小刻みに振動し 始めた。
 「な・・・なに??」
 不安定になった足元を支えきれずに体制を崩して膝を付いたサクラの目の前に、巨大で 真っ赤な何かが姿を現した。
 「こいつが、ここのボスの本当の姿だ」
 サクラの手を引いて立たせると、レイマーが口早に告げる。そこには、明らかに緊張の 色が濃い。
 「こいつの攻撃どれか一つでも受けたら即死だと思ってくれ。特に前面から吐き出す青 い光に捕まったら、どうにも出来ない。攻撃を当てようとするんじゃなく、全部避けるつ もりでいてくれ」
 あまりにも衝撃的な事が短期間で繰り返され呆然とするサクラに背を向け、レイマーは 走り出す。
 狭いフロアの中央を占拠した巨大な敵「ボル=オプト」は、既に行動を開始しているの だ。
 雑念を振り払い、今はただ、目の前の敵にのみ集中しようとレイマーとは逆方向に走り 出したサクラの背後を、ボル=オプトが吐き出した大量の砲弾が付け狙う。
 数から言って一撃でも受けたら全弾が誘爆して一たまりもないだろう。
 途中レイマーと擦れ違うと、ボル=オプトの攻撃には目もくれずに一心に攻撃を繰り返 していた。
 根競べのように走り回って砲弾が力尽き無力化したのを確認すると、サクラはレイマー にも効果が現れる位置を選んでシフタとデバンドを唱え補強を図る。
 「サンキュ!」
 短いながらも補助を受けたレイマーは身体に漲る力を感じ、敵の攻撃を避けて狭い部屋 を駆け回るサクラに礼を述べる。
 こうして誰かの支えになりながら誰かの支えを嬉しく思うのは、戦場では不謹慎だろう か。
 そんな思いが一瞬レイマーの胸を掠めたが、今の状況はレイマーのささやかな慕情を許 さない。
 ボル=オプトは赤いレーザーを出しながらその場での回転を繰り返している。
 レーザーの動きから言って排除すべき相手を探しているのだろう。

 レーザーが消えると同時に、狭い部屋の中をボル=オプトの回りを囲むように走る二人 の頭上にボル=オプトの攻撃「プレス」が降り注ぐ。
 敵の攻撃方法を観察し攻撃範囲と威力を知るのは重要だ。
 サクラはボル=オプトの周囲を走りながら注意深く観察する。次にどんな行動を起こす のか、そこに死角はあるのか、攻撃力はどのくらいなのか。
 すると、ボル=オプトの攻撃には一定の法則がある事に気付いた。尚且つ攻撃の合間に は短いながらも隙がある事も発見する。特にプレス攻撃の際がこちらからの攻撃のチャン スであるように思える。
 そして何よりも、こちらは2人なのだ。
 1人が攻撃を受けている際にもう1人が攻撃をする。2人の息の合った攻防は、今回の 戦いの勝利を物語っている。
 程なく、2人がボル=オプトの攻撃を受けることもなく、狭い部屋の中央を占拠してい た坑道エリアのボスは爆発を繰り返しながら消えていった。

 狭いコンピュータールームの中に新たなテレポーターが発現した。
 今までであればテレポーターの行き先はパイオニア2なのだが、弾き出されたポイントはパ イオニア2ではない場所だ。
 進むしか道はない。サクラを誘おうとレイマーが声をかけた時には、サクラは一心不乱にコ ンピューターに向かい合っている所だった。
 機能を停止したように見えるコンピューターに、様々なキーワードを打ち込んでアクセスを 試みているようだ。
 システムが完全に破壊されてしまったのか思うように動かない。
 「お願い・・・動いて・・・動いてよ・・・」
 何かに取り憑かれてしまったような様子のサクラの口に祈りの言葉が綴られる。
 痛々しげな背中を黙って見つめていたレイマーだったが、重要な事を思い出してサクラの背 中に声をかける。
 「サクラ!アクセス可能なコンピューターなら、この坑道にあるぞ!」
 力強いその言葉を聴いて、勢い良く振り向く。
 「どこに?!」
 半信半疑ながらも声が弾む。
 自身の得になる嘘偽りならば本人にとって利益になるが、そうではないなら敢えてつく必要 もないだろう。それを考えれば、明らかに信じるに足る情報なのだ。
 「依頼に関わる事だから詳しくは話せないけど、案内なら出来ると思う。行くか?」
 否のあるはずもないが、最終確認の意味も込めてレイマーはサクラの返事を待つ。
 「行く・・・行きます!連れて行って下さい!」
 坑道の最奥のメインコンピューターでのアクセスが出来ない以上、僅かな期待にすがるしか ない。絶望の淵に立たされたサクラだったが、希望が見えてもう一度目に光が宿る。
 「じゃあ、リューカーで一度戻ったら良いでしょうか」
 リューカーを唱えようとするサクラをレイマーが制する。
 「このエリアはリューカー出せないから、進むしかないよ」
 試してみる?と言ってテクニックのリューカーと同じ働きをするアイテムのテレパイプを目 の前で使ってみると、作動する様子もなくアイテムが消滅してしまった。
 「ほんとだ・・・」
 未だ克で出会った事のない不思議な現象に戸惑うものの、更に戸惑うのが一つしかない出口 がどこに続いているのかわからないと言う事だ。
 「ま、考えてても仕方ないから、行くしかないだろ」
 テレポーターは敵がいる場所には開かないから、とサクラの手を引きテレポーターへと誘う。
 確かに、ここに入るしか未来はない。
 きっとこの先になら・・・。






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