雪降る宇宙船 六章





 ハンターズの面々が利用するショップ街はハンターズ専用の区画にある。
 そこに入る為には身分証明書とIDの提示が必要不可欠だった。
 一般の人がそこに来る事は滅多にない。
 あるとすれば仕事の依頼か、はたまた口では言えない用事か。
 ハンターズの居住区自体も一般民とは区別されており、滅多にハンターズと一般民とが 出会う事はないと言っても過言ではない。
 しかもハンターズが外に出る時には、たいていハンターズスーツをまとっている。
 ハンターズにとってしてみれば、外に出る事と冒険へ出発する事は同じ事なのだ。
 そんな場所へ現れた私服の少女に、通りかかったハンターズの面々は疑惑と好奇の目を 向けた。
 (何故一般民がこんなところへ?)
 (面倒はごめんだ。さっさと離れよう)
 (ちょっとからかってやろうか)
 大半が係わり合いにならないようにと距離をとる中、悪巧みをしようとする者もいた。
 悪さをしようと近寄りだしたハンターズの一人が彼女の背後から手を伸ばしかけたその 瞬間、荒々しい足音を立て大きな銃を両手に抱えるようにして軍人が走り寄って来た。
 「そこのニューマン、止まれ!」
 非常識にも銃を人に向け、ただの威嚇ではないことを十分知らしめながら近付いて来る。
 本当に一般民であればこんな物騒な状況に遭った瞬間呆然とするか驚愕するか、なんらか の感情の動きがあるだろうに、彼女は多少強張った顔色なものの一見平然としていた。
 「所属を述べよ」
 銃を構えた軍人は、尚も警戒を続けながら厳しい口調で問いただす。
 「ハンターズナンバー○○。IDセクションはオレンです」
 どう見ても一般民の少女は恐れることなく答えている。
 ハンターズの一員なのか。そう偶然場に居合わせたハンターズ達は、途端に興味を無く したのだったが、軍人は更に疑惑を重ね追及の手を緩めない。
 「ハンターズならば制服はどうした!専用端末を提示しろ!」
 軍人の余りの横暴さと偏見に満ちた言動に怒りを覚え彼女を哀れに感じる者が多かったが、 問題に巻き込まれるのを忌み嫌う為か、誰も助ける等の行動を起こそうとはしない。
 大多数が保身の為にも動けない事を多少なりとも不甲斐無く感じている間も、軍人は 銃を下ろさず彼女の挙動を見張っている。
 「専用端末はココに。スーツの方は破損の為アイテムを売却して新しい物を申請するところ です」
 服の袖で隠れていた端末を腕から取り外し、ギルドカードを開いて見せた。
 内容を確認する間も銃は下ろさなかったがどうやら偽者ではないことが解り、ようやく銃の 構えは外したものの、軍に所属する者の大半がそうであるようにハンターズや一般民を卑下 する態度で横柄に最後のセリフを残した。
 「フン。ハンターズならそんな紛らわしい格好はしない事だな!お前らが居ないに越した ことはないんだ!」
 「何を見ている!さっさと散れっ!」
 銃を振りかざし、来た時と同様に荒々しい足音を立てて去って行った。
 (・・・どうしても軍人は好きになれないな・・・)
 大半のハンターズが思うであろう事を思い、見た限りでは一般民の少女であるサクラは 傍目にも見える程の溜め息をつくと端末を腕に取付け直し、歩き出そうと顔を上げたところ で大勢のハンターズが自分を見ている事に気が付いた。
 「え?」
 自分の後ろに何かがあるのかと思わず振り返るが、何もない。再び視線を戻しても、周り の目は自分の方を見ている気がする。
 歩き出して良いのか悪いのか考えあぐねていると、助け舟ならぬ助け人が現れた。
 「よぅ、サクラ!ずいぶんと可愛らしい姿になってるじゃないか」
 人の壁を掻き分けて現れたのは、先ほどメディカルセンターで先客となっていたレイマー だった。
 「もうお怪我の具合はよろしいんですか?」
 全身傷だらけだった先ほどとは打って変わって、そんな事は無かったのだと思わせるほど 元気な姿に医療技術の賜物なのか本人の回復力の賜物なのかを考え、少なからず驚いたサクラ は心配と安心の入り混じった質問をしたのだが、レイマーは照れたように頭に手をやると 「はは・・・」と所在無げに頭に手をやるに止めた。
 「ま、あんな擦り傷は怪我じゃないからなぁ。とりあえず、ショップに行くんだろ?付き 合うよ」
 レイマーは大衆の目線が集まる中、その場に居合わせたほんの数名の羨望の眼差しを背中 に感じつつ一見したところは平然とサクラを促して歩き出す。
 そんな行動の潔さをサクラは心地良く感じたのだった。

 無事に店員から売却分のお金を受け取ったサクラの顔は、安堵の為か微笑みさえ浮かべて いた。
 「無事に済んだみたいだな」
 多少客が入っていた店内に、特別危険はないと判断したレイマーは邪魔にならない程度離 れた場所でサクラを待っていた。
 「すいません。こんなことに付き合わせちゃって」
 袖の中に端末を隠しながらサクラはレイマーに向かって恐縮しながら軽く頭を下げる。
 しかし、実際に慌てたのは頭を下げられたレイマーの方だった。
 彼は少なからず下心を持って付いて来ただけであって、特に付き合わされたとか迷惑だっ たとか助ける為にわざわざ危険を冒した訳では決してなかったのだ。
 しかし、そんな事を口に出したらたちまちどんな目で見られるようになるかは想像に難く ない。
 慌てるのもおかしな話なので、レイマーはあくまでも平静を装って言った。
 「ま、気にしなさんな」
 爽やかな笑顔を浮かべる。
 先ほど擦れ違った意地悪いヒューマー達の態度に不快感を覚えていたのだが、彼の笑顔は 彼等とは正反対のように感じられ自然とサクラの態度も柔らかいものになっていくのだった。
 二人はハンターズで混みあった店内を足早に去り、何を話すでもなくただ並んで歩いた。
 レイマーはこの後何かに誘っても良いものかと考え、サクラは先ほどマーキングを見たか 見ないかの確認をどうとるかと考えていた。
 「シャトなら黒はやめときな」
 「え〜!黒猫好きなんだけどなぁ・・・」
 「どこが顔だか目だかわからなくても良いなら止めはせんがね」
 「なんだ、真っ黒にでもなるのかよ?」
 そんな会話が二人の耳に飛び込んで来たのは、二人で今後の会話をどう切り出そうかと 思いあぐねていた時だった。
 「シャト?・・・猫?」
 サクラはその言葉に強く惹かれたらしい。思わず振り返ってしまった程だ。
 「サクラは猫マグ知らないのか?」
 レイマーが驚きを隠せない様子で訪ねると、サクラもまた驚きを隠せない様子で小さく 頷いた。
 「猫がマグになるんですか・・・」
 サクラの口調が僅かながらに弾んでいるのに目ざとく気付いたレイマーは自らのマグを 指し示しながら丁寧に説明する事にした。
 こうした会話では色気もないが、重い沈黙よりも何倍も良い印象になるだろうと本能的 に感じ取った為でもある。
 「マグは4つのステータスで進化形態が変わるのは知ってるだろ?さっきの話のシャト だけど、猫みたいな外見をしてるマグなんだ。条件は、POWとMINDの値とDEFと DEXの値が同じ、・・・まぁ早い話がDEF5のDEX45で、POWかMIND・・・ サクラならPOWかな?が、50の時なんかに赤とか・・・えぇっと、細かくは忘れちゃっ たけど決められたIDのフォニュエールに餌をあげて貰うと変わるんだよ」
 条件について詳しい内容になった途端、サクラの顔色ははっきりと悪くなった。どうやら フォースの知り合いに心当たりがないらしい。
 「知り合いに頼んでみようか?」
 レイマーは気を利かせたつもりで言ったのだがサクラの顔色は晴れない。
 「自分のマグだし、やっぱり自分で育ててあげないと仲良くなれないんじゃないかなって ・・・ワガママなんですけど・・・」
 サクラの内なる頑固な一面を知り、そういうものなのかと何となく納得したレイマーは進化 するところを見たいのだろうと推測した。
 「サクラは新しいマグ持ってるかい?もしなくてシャトを育てたいと思ったら俺に言ってく れよ。サクラにぴったり色のマグを見付けてくるからさ!」
 ハンターズになった時に支給されるマグは、例外なく一人一つだ。
 新しいマグを手に入れる方法は二つ。坑道エリア等の冒険中に偶然手に入れるか、引退する ハンターズから譲り受けるか。
 歴戦のハンターズが、新米のハンターズにマグを渡すと言う光景も珍しくはない。
 実際のところ、自分がもう一つのマグを手に入れよう等の考えはまったく抱いてなかった サクラだったが、レイマーの親切心を無下にしないように「その時はよろしくお願いします」 と頭を下げるのだった。

 サクラと居住区の前で別れたレイマーは、私服のサクラの後姿を見送った後すぐに踵(きびす) を返した。
 足早にチェックルームに向かい、預けてあるアイテムを確認する。
 目的の品がないのを確認して武器を選び出し、戦いの準備を黙々と進めながらラグオルへと 続くトランスポーターに睨む様な鋭い視線を向ける。
 既にレイマーの心はこのパイオニア2には居ない。
 祈るような気持ちで自らの幸運を願う。
 彼の行く先は・・・坑道エリアに違いなかった。

 自室に戻ったサクラもまた、ある場所を睨む様に見詰めていた。
 全財産とも言うべき10000メセタを投入するかいがあるのか、18種類ものハンターズ スーツから1着を選ばなければならない状況に陥っていたのだ。
 「白も可愛いけど、青も良いなぁ・・・わっ!これはちょっと・・・」
 そんな呟きが知らず知らずに口に上っている。
 次々に画面に映し出される様々な色毎にわけられたデザインに呆然としながらも戦っていた サクラだったが、全てのデザインと格闘し終わると小さく吐息を漏らした。
 ハンターズスーツの色によってマグの色は変わる。
 一度色が決定したマグは変色しないが、新しいマグ・・・つまり坑道で入手したマグの色は 好きに決める事が出来る。そんな時が来るかどうかはまだ分からなかったが、気持ちの面でも 準備しておくに越した事はないだろう。
 サクラが現在装備しているマグはピンク色をしたヤクシャだ。新しく申請するスーツの色は その色とあまり反発しない服が良いだろう、と考えてはいた。
 「白か、赤か・・・あまり派手にならないようなのが良いよね・・・」
 同じ画面を睨むこと数分。
 意を決して選び出した新しいスーツは・・・以前と変わらぬピンク色のデザインだった。
 送金が済むとほどなくして新しいハンターズスーツがサクラの手元に届いた。
 真新しいスーツに腕を通すと、ハンタ−ズになりたての頃を思い出した。
 あの時は申請する人数が多く手続きも流れ作業で、あまり詳しく調べられなかったからこう してハンターズの一員になれたのだと思う。
 そうでなくては、今ここにこうして存在出来る事の説明がつかない。全ては不幸中の幸いと いったところか。
 研究所の人間に見付かるかも知れないと言う危険を冒してまでハンターズになったのは、 全てはあの人を探すため。
 だからこそ、どうしても見付けなければならないのだ。
 サクラがそんな感傷に浸ったのはほんの僅かな時間だった。
 手早くハンターズスーツを身に纏い、慣れた手付きで携帯端末を腕に着けて動作を確認し、 新たなポイントへと向かうのであった。






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