雪降る宇宙船 五章





 常連のようになってしまったメディカルルームへ入ると、そこには既に先客が来ていた。
 「いってぇー!・・・もっと丁寧にやってくれよ!」
 最近よく出会うレイマーだった。
 「大人しくしてて下さい。薬が塗れないじゃないですか」
 彼の身に何があったのか、全身擦り傷だらけだ。
 呆気に取られて入口に立つサクラにいち早く気付いたレイマーは、傷口を消毒され眉間に 皺を寄せて耐えながらも明るく声をかけた。
 「よぅ、サクラ!あんたもかなりやられてんなー!」
 そういえば、先ほどの戦いで左肩から出血したことを思い出す。
 「そんなに痛くはないんですよ」
 戦いの気に当てられたのか、痛みを感じたのは一瞬だけだったのだ。
 「こちらへどうぞ」
 すぐに奥から担当が出て来てサクラを呼ぶ。
 サクラは足を踏み出しながら左肩に目を落とすと、服の肩口が破れて肌と傷が露出 していた。
 露出した肌にはあの忌まわしいマーキングが施されている。
 慌てて肩を押さえる。
 あの研究所の仲間がこのパイオニア2に乗っていないとも限らない。
 (レイマーさんに見られちゃったかも?)
 かなり距離はあったから見えなかったと思いたいが、レンジャーと言う職業に就く 人は押しなべて視力が良い。
 それとなくレイマーの様子を窺うと、まだ消毒の最中らしく「しみるー!」と騒い でいる。
 ・・・気に病む事もないかも知れないが、注意しなければ、と自分に言い聞かせた。
 治療室に入るとまず病原菌等が付着していないかチェックされ、疾患箇所が特定さ れる。
 あまりに大きなケガや病気の場合は特別な治療が施されるが、先ほどのレイマーの ような擦り傷程度なら直接薬等を塗られて治療は終了する。
 今回のサクラの場合、傷口が広く特に未確認の生物と戦った傷だった為とりあえず は全身を殺菌され、炎症を抑える薬等が投与された。
 このメディカルルームには様々な人が訪れる。表立っては動けないような立場の人 もやって来る。
 例えどんな人物であろうとも、苦しむ人を助けるのがメディカルルームの仕事である。
 患者のプライバシーに関しては何の興味もないといった風で黙々と的確な処置を施す 事が求められ、その通りの働きをしてくれる。
 サクラの体にあるマーキングも目に付いているだろうに、何も言わなければ何も起こ らない。
 ただ知らないだけなのか知らないふりをしているのかまではわからないが、二度と来 るなと言われないなら来ても良いのだろう、とサクラは判断する事にしていた。
 治療されている間に傷口が塞がるのをただ見ていると、反対側から声をかけて来た人 物がいた。
 「このハンターズスーツは新しいものに交換しないとダメそうですよ」
 彼女の手には、サクラのハンターズスーツが乗っていた。
 左肩の辺りが大きく裂けている他、細かな裂傷が無数にあり、かなり酷使された様相 だった。
 「新しいの申請しないと・・・かぁ」
 サクラは無残な姿となってしまった自分の衣服を悲しそうに見詰める。
 愛用の品と別れるのはただでさえ辛い。しかも自分を戦いから守ってくれた衣服だ。
 しかし今サクラの胸にはそうした悲しみではなく、もっと現実的な悲しみで満たされ ていた。
 通常、ハンターズスーツの新調には10000メセタという新米ハンターズにはかな りの高額が必要になる。
 修練を重ね、強い敵と戦い、良い品を手に入れてシティで売却する他、難しいクエスト を消化する等を繰り返して身なりを整えるのだ。
 身なりだけではなく、攻撃力の補強の為に武器も揃えなければならないし、戦いの場に 赴くにあたっては回復アイテムの補給が欠かせないし、マグの成長も疎かには出来ない。
 かなりの出費を覚悟しなければならないハンターズ達には、お金に余裕が出来るまでは 無駄な出費をしないのが通例となっていた。

 サクラはメディカルルームでとりあえずの服を借り、ハンターズスーツの申請をする為 自室へと向かった。
 ハンターズスーツ以外の服を着てパイオニア2の中を歩くのは初めてかも知れないと思 うと、なにやら恥ずかしさが込み上げてくるような気がした。
 非常に心許無い状況に自然足も速くなる。
 「あれ?サクラじゃない?」
 そんな時に限って知り合いに出会ってしまうものなのか。同じハニュエールの友達に擦れ 違いざま声をかけられた。
 「どうかしたの?その格好」
 よく見れば、彼女は数人のハンターズと一緒だ。どうやらラグオルへと冒険に出かけると ころらしい。
 「えと、戦ってたら破れちゃって・・・新しいのを申請しに帰るところなんです」
 そんな会話をハニュエールの背後で聞いていたヒューマーがひょっこりと顔を出して、
 「無茶な戦いしてんじゃないのか?」
と笑った。
 無茶はしていないつもりだったが、ドラゴンの吐く炎にも耐えられるくらい丈夫に作ら れているハンターズスーツが破けてしまうとは、確かにおかしい気がする。
 そんなに悪条件に晒してしまっているのだろうか・・・少し不安に思い沈むサクラの姿を なお更おもしろく思ったのか、ヒューマーは意地悪そうな笑みを浮かべて続けた。
 「サクラは弱いから敵の攻撃バンバン受けてんだろー?」
 そんなヒューマーの言葉を受けて、一緒にいたフォーマー達も会話に加わる。
 「案外、敵の攻撃じゃなくてラグオルで転んだりしてんじゃね?」
 「ありえる、ありえる!敵の後ろ取ってても反撃されそうだしなー」
 屈強なハンターズに囲まれて、サクラは困惑していた。
 一度も一緒にラグオルへと降りたこともない人から、何故こうも言われるのか。見ず知ら ずの人にすら自分はそんなにも愚かしいと思われてしまうのか。それがわからず、ただ不安 そうに彼等を見上げるしかなかった。
 恥ずかしさと、悲しみと、わずかながらの憤りを感じて、手に持ったハンターズスーツを 握り締めてサクラは彼等の侮辱とも感じられる会話に耐えていた。
 「ちょっと、あんた達!いい加減になさいよっ!」
 意地悪い会話においていかれた感のハニュエールが、腰に両手を当てて白い目をして一緒 にラグオルに降りるのであろう仲間を叱責した。
 仲間の一人から叱責されたハンターズは、そこで初めて辛そうにしているハニュエールを 「見た」のだろう。何も言い返す事もなく、ただ黙って立っているハニュエールを。
 「そりゃサクラはあんたらに比べたらレベル低いけどさ、ちょっと前は皆だってレベル低 かったんだから同じでしょ!どうしてそう無神経に言えるのよ」
 サクラの周りを囲んでいた屈強そうな男性ハンターズ達をいとも簡単に「邪魔よ」と言っ てどかすと、ハンターズスーツを握っていたサクラの手を取って頭を下げた。
 「ごめんね、この人たち無神経で。最近サクラは毎日戦ってたでしょ、きっとそれで弱って たんだと思うよ」
 サクラに謝った後には居心地悪そうにしていた仲間を見回して、「あんた達もきっちり謝り なさい」と凄みを効かせて言った。
 「・・・あの。大丈夫ですから」
 小さくなっているハンターズの面々の方が可哀想に思えたサクラは、思わず凄みを込めてい るハニュエールを止めてしまった。
 そうしてサクラは呆れたように自分を見ているハニュエールの瞳に出会う。
 「サクラはね、人が良すぎるの。こういう時はちゃんと白黒つけなきゃダメ」
 強い調子で言い切られたものの、自分が弱い事を熟知しているサクラは彼らの言い分も仕方 ないと思い始めていた。
 「転んだりはしてないですけど敵の攻撃を受けてるのはその通りですし、まだまだ弱いから 仕方ないです」
 そう言って慌てた様子で「急いでるので失礼しますね」とハニュエールに別れを告げ、サクラ は自分の部屋へ向かって走り去っていった。
 そんなサクラの後ろ姿が小さくなって行くのを見ていたハニュエールは、結局謝らなかった 仲間を見やった。
 「サクラがカワイイんならそう言ってあげればイイのに。今更テレるような年じゃないでしょ」
 サクラが聞いていたら又理解に苦しむような言葉だったが、走り去ったサクラの後姿を少なか らず名残惜しそうに見送っていた彼らには図星のようだった。
 「子供じゃないんだから、気に入ったからっていじめるのはいい加減に止しなさいよ」
 次々に胸に刺さる言葉を言われているのか、しどろもどろになりながらもヒューマー達は躍起 になって弁明を始めた。
 「頼りない感じだったからちょっとからかったじゃないかよ」
 「感じたまんまを言っただけで別に非難されるような事はしてねーぞ?」
 「あんな子があのラグオルで戦ってるなんて信じられなかっただけさ」
 口々に言うハンターズの面々を呆れたような目線でわざとらしく溜め息をつくと、ハニュエール は既にサクラの姿は見えなくなったが走り去った方向に背を向けた。
 「あたしは別に関係ないけど・・・あんた達、まず間違いなくサクラに嫌われたわよ?」
 ズバリと言われて、ますます胸の辺りが痛くなったハンターズの面々だった。

 薄暗かった部屋に突如光が灯る。
 部屋の主が帰宅したのを察した人工頭脳が部屋の明かりのスイッチを入れたのだ。
 徐々に明るくなっていく部屋で、そっと溜め息をつく。
 今までも他の人と関わるのが苦手だった。誰が追っ手なのか、味方なのかの判断を生き抜く為 に求められたからだ。
 ラグオルの調査という名目で地上に降りるようになっても、サクラはあまり他人とパーティを 組もうとはしなかった。
 それでも目的が同じ以上当然の事ながら、顔見知りのようになった人も居る。関係が広まるに つれ、何とも言い難い重圧の様なモノを感じるのも消しようも無い事実なのだ。
 「残高を確認して」
 誰も居ない部屋に向かって、サクラは命令を下す。
 人の気配のない部屋の中から、その命令に反応して何者かの声が答えた。
 「9812メセタです」
 その返答にまたも短く溜め息をつくサクラ。必要な10000メセタに足りていない。
 「アイテムパックの確認をお願い」
 先ほどの冒険で入手したアイテムは、売却されることなく未だサクラの手元にある。
 残高が足りない以上、そのアイテムを処分してお金を作り出さなければならない。
 メディカルルームで借りた衣服から、自分の私服に着替えながらショップへ向かう準備を 始める。
 「装備品も含めて30のデータがあります。装備品以外のアイテムを売却処分した場合、237 メセタになります」
 人工頭脳が弾き出した数字であれば、とりあえずは目標の10000メセタに届く。その事に まずは満足しなければならないだろう。
 また出かけなければならないが、なければ生活が出来なくなってしまうレベルの問題なのだ。 四の五の言える立場ではない。
 破れたハンターズスーツは置いて行くしかないが、端末を忘れる訳にはいかない。私服の下に 隠すように腕にはめ込み、ドアノブに手をかけて振り返りながら命令を下す。
 「ハンターズスーツの申請準備をしておいて。それと洗濯から乾燥プレスまでよろしくね」
 サクラが出かける間際にそう伝えると、人工頭脳は主人の存在を感知して室内の照明レベルを 落としつつセットされた洗濯物の処理を始め、それと同時に端末をハンターズスーツ申請所へと 回線を開き、ドアが閉まって部屋の中から生命反応が消えると待機モードへと移行していった。






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