雪降る宇宙船 十三章





 ようやく見付けたハニュエールをそっと地面に横たえたサクラが身体を起こした瞬間、彼 らの目の前にはターバントと呼ばれる無機質な物体が現れ、激しい回転を始めた。
 それに触れると防御力の一番高いヒューキャストもかなりのダメージを受けた。しかも、 むやみに剣を振っても何ら手応えを感じない。
 しかも一面花畑だったこの場所足元は、可憐な花ではなく不気味な苦悶の表情を湛えた人 の顔のような物で埋め尽くされてしまった。
 「赤いのを狙って下さい!」
 3人が気付かぬ内に1人離れた位置に移動したサクラが、大量のターバントに手こずって いる3人に向かって叫ぶ。
 何故そんな事が分かるのか?疑問に思う間も体力を削られていく。問いただしているよう な時ではなかった。
 フォニュームがターバントで満たされた部屋を器用に動き回ってレスタをかけ続ける。そ うしなければ直ぐに体力を極限まで奪われてしまうのだ。
 かなり苦戦を強いられたが、数体倒すと異様な音・・・何かの声?・・・が狭い部屋に木 霊した。
 それと同時に4人を苦しめたターバントは消えうせる。全員が空を見上げた時、ほぼ中央 ・・・モニュメントがあった辺り・・・に巨大な何かが現れた。
 「・・・なんだ!?」
 空を覆う程大きな何かが突然現れた。
 レイマーとフォニュームにはそれが何であるのか検討もつかなかったが、ヒューキャスト は大爆発の際に感じた物と同様の物を感じ、サクラは現れた瞬間に何であるかを正確に把握 していた。
 ・・・ダークファルス・・・
 今、彼らの目の前に、D細胞の成れの果て・・・否、D細胞のオリジナルが現れたのだ。
 それは上半身が巨大な人型で下半身と思しき場所には三方に伸びる巨大な口を持ち、その 下半身の巨大な口からは先ほどサクラ達を苦しめたターバントを大量に吐き出して来る。
 1人がターバントを引き受け、3人がダークファルス本体を攻撃するように暗黙の内に分 かれた。
 「巻き込まれないように注意しろ!」
 フォニュームの檄が飛ぶ。
 ダークファルスは動いているかどうか判断しかねる程ゆっくりと動き、壁際で三方の口を 使ってこちらの動きを制限しようとしてくる。
 攻撃を繰り返しながらもダークファルスの動きに注意し、たいした被害もなく唐突にダー クファルスは動きを止め苦しげに上半身から倒れ込んだ。
 「終わった・・・のか?」
 「・・・いいえ。まだ、これから・・・です」
 サクラの目には、ダークファルスが今後どのような変化を見せるのかおぼろげながら見え ているからこそ、自信を持って終わりではないと断言した。しかし、断末魔が木霊する中に あっては、サクラの自信に満ちた言葉も他の3人には信じがたい。
 「さっきから、サクラは何を知ってるんだ?」
 巨大なダークファルスが倒れその姿が不鮮明になっていく中、耐え切れなくなったレイマ ーがサクラを問い詰める。
 サクラに喰い付きそうな程真剣な目のレイマーと一瞬目を合わせたサクラは、直ぐに目を 逸らして早口に言う。
 「知ってるんじゃありません。ただ、感じるんです。もっと、危険な事が起こるって。そ れだけです」
 言い置いてサクラは走り出す。
 その時には轟音と共に倒れたダークファルスの体は消え失せてしまっている。
 驚きながらもそれに気付いたレイマーが顔を上げると、巨大ではあるが先ほどとは似ても 似つかないまったく違う姿のダークファルスがそこに居た。
 「なっ・・・」
 フォニュームとヒューキャストもサクラの言葉に驚くよりも、更に異質な姿になったダー クファルスを見て言葉を失う。
 新たに現れたダークファルスは、バータ系とフォイエ系の魔法で攻撃をしてきた。
 特にバータ系の攻撃魔法に巻き込まれるとフリーズと言う状態異常を引き起こされ、身動 きが出来ない所に第二撃が飛んでくるのだ。
 それは即ち、死・失敗を意味する。
 固まらずにそれぞれの得意とする位置に立って限られたステージの外周を動き回るダーク ファルスに攻撃をし続ける。
 「くっそぉ・・・ちっとはじっとしてろって!!」
 的は大きいが、攻撃を当てるにはある程度方向を合わせなければならない。特に遠隔の銃 は放つ前に照準が合っていたとしても、着弾する前にそれ以上動いてしまえば当たらない。
 効率的に攻撃を当てていたのは、フォニュームだった。
 「立ち止まった所を集中攻撃した方が良さそうだ」
 苛立つレイマーに向かってヒューキャストが冷静な判断を下す。
 その時、動きを止めたダークファルスが、天へ向かって両手を伸ばした。
 全員がチャンスと見て集中攻撃を繰り出す。
 銃の反動を受け流すレイマーは他の3人よりも攻撃速度は落ち、受け流している時間は攻 撃をする事も避ける事も出来ない。
 まるでその間を狙ったかのように、4人の頭上から幾筋もの光の柱が地面へと落ちてきた。
 「ぐあっ」
 苦しげなうめきがレイマーの口から漏れる。
 他の3人は、かろうじて直撃を避けたのだが、銃の反動でわずかに反応が遅れたレイマー だけは光の直撃を受けてしまったのだ。
 慌ててフォニュームがレスタを唱える。
 レイマーの回復を確認したヒューキャストとサクラは動き出そうとするダークファルスに 集中攻撃を繰り返す。
 同じ攻撃を受ければ壊滅的なダメージを受けてしまうだろう。
 あの光の攻撃以上に危険なのは、連続で放たれるテクニックでの攻撃だ。
 バータ系の最上位であるラバータには、相手を凍らせる特殊な力がある。
 味方が放つ分には頼もしいテクニックだが、敵が放つ事でこれほどまでの脅威になるとは 思わなかった。
 ラバータの直撃を受け動けなくなった所に、狙い定めて第二撃が飛んで来る。
 一撃目を避けたとしても、二撃目を受ければ同じ事なのである。
 それでも負ける訳にはいかないと言う強い思いで、状態異常を治療するテクニックアンテ ィを駆使してこの苦難を乗り越えて行く。
 中でも、ヒューキャストは攻撃を受けてもひるむ事無く、ダークファルスへの攻撃の手を 休める事がなかった。
 程なく、第二形態のダークファルスも最後の雄叫びを上げ、前のめりに倒れてきた。
 「うわっ、避けろ!」
 確かに、攻撃が当たっていると言う手応えを感じ、倒れようとする今も舞い上がる風を感 じていた。
 それなのに、ぶつかる!と思った瞬間感じていた圧倒的な存在感が希薄になり、倒れてく る時に感じていた風も突如として消える。
 しかも、花畑から不気味な顔へと変化したとは言え確かに踏みしめていた地面が突如とし て消え、浮遊する感覚へと変化する。
 思わず身を硬くする面々の前で、ダークファルスは三度の変化を遂げた。
 不気味な笑い声をたてて出現したそれは、円形だったこの場の中央に浮かんでいた。

 三度の変化を遂げたダークファルスには、剣での攻撃が届く範囲になかなか近付いて来な い。
 しかも近付いてくる時には大きな剣を振りかざし、こちらの体力を確実に大量に奪ってい く。
 「くっそぉ・・・ちょろちょろしやがって・・・」
 レイマーは射程の長いライフルに持ち替えて攻撃を繰り返していたが、ふわふわと漂って いるダークファルスはその巨大さゆえにウィークポイントに当たらなければ手ごたえを感じ ないのだ。
 フォニュームはフォイエを唱え、ヒューキャストも短銃に持ち替えて攻撃を繰り返してい る。
 サクラはと言えば、銃の技術は心許無くフォースもフォニュームと比べれば威力も低い事 から、ダークファルスの攻撃目標となるべく注意を引きながら走り回っていた。
 巨大過ぎる剣で斬りかかってくる攻撃と、遥か上空から降り注ぐ光の攻撃にはかなり苦し められたが、何とか紙一重で全ての攻撃を避けていた。
 それも一重に、同じ境遇の戦闘を既に経験していたからだろう。
 ダークファルスの攻撃パターンを読み取り、全員が固まって回復したり離れて攻撃したり を繰り返す。
 一段階目と二段階目よりも遥かに手強い敵である。
 いくら攻撃を当てても攻撃が止むことは無く、逆にこちらの体力は確実に奪われていく。
 回復アイテムの残量も少なく、攻撃を当てるよりも敵の攻撃を確実に避ける事を求められ る。
 無理な賭けをするよりも、確実な勝利を目指して慎重に攻撃のチャンスを掴んでいく。
 体力を温存しながら戦っていると、ダークファルスがふと動きを止めた。
 いぶかしみながらも、攻撃もしてこないこの機を逃さずレイマーを始め総攻撃を仕掛ける。
 そんな中、サクラはダークファルスの不気味な視線を感じて総毛立っていた。
 目線も分からないダークファルスが、はっきりと自分を認識して見ているのだ。
 全身を貫く不気味な感覚に、サクラの足は止まってしまう。
 (いけないっ!)
 狙われている事実を知っていながら、足を止めてしまった自分を叱咤する。
 サクラが足を止めたのはほんの一瞬ではあったが、その瞬きする間を狙ってダークファル スが両手をサクラへ向ける。
 ダークファルスの両手から、目には見えない何かがサクラに向かってくる。
 ふと気付けば、サクラの体はサクラの意志で動くのに、サクラをじっと見ている人物もサ クラである。
 実体のあるサクラと、実体のないサクラ。
 自分と目を合わせる不思議な感覚に襲われたサクラに、新たな衝撃が与えられる。
 それは、仲間達がダークファルスに向かって行う攻撃のダメージが、全てサクラの実体が 受けているのだ。
 「攻撃を止めて下さい!」
 慌ててメイト系で体力を回復し、他の皆に向けて大声を放つ。
 何も攻撃されていないサクラの体力がどんどん奪われていくのに気付いたフォニュームが、 サクラの制止を聞いても不思議な表情のまま攻撃を止めないレイマーとヒューキャストを鋭 く制止する。
 「待て、何か変だ。俺達の攻撃がサクラに向かってるぞ」
 その言葉を受け、ヒューキャストがダークファルスが抱えるサクラの意識体を発見する。
 「・・・あれか・・・」
 虚ろな表情でダークファルスに抱えられているサクラを見、レイマーの背筋に冷たい物が 流れる。
 「そんな・・・このままじゃ、どうすりゃいいんだ!?」
 4人になす術もなくただ時間だけが流れていく。






戻る  ◆  図書館入り口に戻る   ◆  次へ