雪降る宇宙船 三章





 坑道には洞窟と同様に罠や仕掛けが数多く待ち受けていた。
 アンドロイドであれば事前に罠を発見する事が出来るのだが、ニューマンである サクラには無論その能力は与えられていない。
 フリーズトラップと呼ばれる爆発に巻込まれるとたちどころに凍ってしまう罠に かかると、敵に攻撃されても避ける事も防御する事も出来ず無駄に体力を奪われ パイオニア2へと強制送還される事になってしまいかねない。
 ただ爆発するタイプであっても、ダメージを受ける度合いが違うこともある。
 体は動くが攻撃もテクニックも使えなくなってしまう罠もあるし、思うように 進めなくなってしまう罠もある。
 どんなタイプであっても罠にかかってしまえば当然ながら戦況は不利になる。
 自衛の為にもトラップを回避する必要があるのだが、見えない状態では避けるも 何もない。
 戦況を有利にするだけではなく自分を守る為にも、サクラはパイオニア2で購入 出来る「トラップビジョン」という人間やニューマンでも罠が見えるようになる アイテムを怪しい通路や広い部屋では使用するようになっていた。
 噂によるとトラップの追加効果等を回避出来るユニットが数種類存在するらしい。
 いつかそんな便利なアイテムを入手出来たら・・・とハンダーズは憧れにも似た 感情を抱きつつ、アイテムを探すのだ。サクラも例外ではなく、いつか強くなったら そういったアイテムを見付けられたらと思うようになっていた。
 爆発に巻き込まれても凍らない装備をしていれば、どんなに安全にラグオルを 歩けるだろう。そんな思いが募っていくのだった。
 「あれ?この部屋敵が出ない」
 そんな事を考えながら探索を続けていると、縦に長い部屋で扉は硬く閉ざされている のに敵が出ない場所に辿り着いた。
 部屋を見回してみると床に施された赤いスイッチが4つある。
 閉ざされた扉の鍵は1つ。
 他の3つはダミーということだ。
 注意深くトラップビジョンを使うと、入り口から一番遠いスイッチにだけトラップが 仕掛けられていないのを発見した。
 「答えはあれね」
 辺りのトラップにかからないように慎重に奥へ進み、無事に鍵を解除する事が出来た。
 一瞬現れるトラップの種類によって、追加される効果が違う。
 熟練したハンターズであれば一目で分かるらしいが、分かったとしても爆発に巻き込ま れればその場で追加効果を受けてしまうのだ。
 改めてトラップビジョンの役割とトラップの恐ろしさを実感した部屋となった。

 森と洞窟にもあった、不思議なモニュメントはこの坑道にもあった。
 このモニュメントには模様のようなものが刻まれている。
 リコの残したメッセージでは、このモニュメントに書かれたているのは異文明の文字だと 言っていた。少ない情報の中からも、彼女はこの文字を解読しようとしていた。
 では、一体どんな事が書かれているのか?
 サクラは学者でもなければ見知らぬ文字に対する何らかの知識を持っている訳でもなく、 どう見ても単なる模様か何かにしか見えないものを解読しようとも思わなかったが、きっと リコは胸を弾ませて未知なるモノへ向かったのだろう。
 こうした文字のいくつかは解読されつつあるようだがメッセージには詳しい内容は語られ ていない。
 彼女はどこまで進んでいるのだろうか?どこまで真相を知ったのか?
 そんな疑問がサクラの頭を過ぎったが、森と洞窟でもそうであったように手が触れると モニュメントは突然光り出し、不思議なエネルギーが放出され始めた。
 この行為は正しいものなのか、そんな事は誰にもわからない。
 この行動がどうであるかを考えるのは結果が出てからになるのだから、きっと何十年と 経った後のことになるのだろう。
 そう考えるに至って、自分も歴史の一部分になるのか、とふと気付く。
 (誰かが私の行動の意味を考えたりするのかな?それとも私は歴史の屑となるのかな?)
 すべての人に認めて貰おうなんて傲慢な事は考えない。ただ、自分を知る人だけにでも 解ってもらえたら、それで良い。
 自分の先を行くリコもそんな事を考えながら戦っていたのか?とも考える。
 メッセージの中のリコは強くもあり弱い一面も覗かせていた。強さの象徴のように皆から 憧れられていたリコでさえもそうなのだ。
 人は、弱くて脆い。だからこそ、どんな結末が待っていようとも「自分」でありたいと サクラは思う。
 そうして、何らかの力を取り戻したらしいモニュメントを再度見上げ、何が待っているか わからない迷路のようなエリアの先へと気持ちも新たに進んで行くのだった。

 剣を手に持ち、無機質な坑道の道を進んでいると、森や洞窟に比べてなんと命の息吹が 感じられないことか。
 森には乾いた土があり、小川が流れ、木々が茂っていた。
 洞窟には湿った土と、水が溢れる大きな穴、苔かシダのように茂る植物があった。
 それに比べて・・・。
 この坑道では敵からさえも命の輝きが感じられない。
 生きる為に戦うのではなく、何かに動かされているような動き。
 自分の意志とは無関係に動く物体。そもそも、敵が全て機械なのだ。
 思わず寒気が襲ってくる。
 自分が戦っている相手が「何」であるのかも分からないで戦うのは危険だ。
 だからと言ってここで戦いを放棄する訳にも行かない。
 誰かに救いを求めたくても、誰も助けてはくれない孤独な戦い。
 私は・・・どこへ行くのだろう・・・?
 洞窟を探索している時に出会ったレイマールにこんな話をしたらきっと鼻で笑うだろうなぁ と思う。・・・彼女は揺るがぬ強さを持っていた。
 「レイマールって職業は力が弱いから戦いには向かないってよく言われるんだけどさ、 そんなの関係ないじゃない?力が弱いなら数当てれば良いんだし、武器とか防具とかさ、 補強するのもたくさん有るし。それに私にはテクニックもあるしね!…ようは戦い方だと 思うんだ。卑怯者って言われても良いから安全で確実に勝って行くんだって決めたのよ」
 そう言うと、彼女の体に比べたらいささか大き過ぎるようにも見えるショット系の武器を 構えて颯爽と戦場を駆け巡った。
 サクラにはそんな強さも自信もない。
 森のドラゴンも、洞窟最深部に居たワーム型のデ・ロル・レも、あの時の化け物に変化 してしまった仲間よりは楽に戦えた。
 でも、それは自分が強かった訳ではないと思う。
 最初から敵だと思って戦えたからかも知れないし、生きる事への執念とか、未来への希望とか、 そういった事が負ける事を許さなかったからこそ勝つ事が出来て、今もこうして生きていられる のだと思う。
 そうではなくてどうして自分よりも強かった皆が傷付き倒れていったのに自分が生き残れたのか、 その説明が出来ないのだ。
 しばらく一緒に戦っていると、そのレイマールはレンジャーと言う職業が遠距離攻撃が主な戦いの スタイルであることを差し引いてもあまり敵の攻撃を受けていない事に気付く。
 注意深く見ていると、自らの非力さと、敵の体力と、お互いの速度を計算して、敵の攻撃に 合わせて反撃を受けないように戦っているようだった。
 攻撃を受けて瀕死状態になった時でさえ慌てずに回復をする。
 その冷静さの秘密を知れば、自分も強くなれるかも知れない。
 サクラはそう考え、お互いがマグに餌を与えている僅かな時間に聞いてみることにした。
 「どうしてそんなに冷静に戦えるんですか?」
 突然そんな質問を受けたレイマールは少し驚いたように目を見張ると、すぐに優しさを 湛えた瞳になる。蒼く済んだ瞳がサクラを見据えた。
 「冷静って言われてもねぇ…そんな風に見えた?…こんな所で死にたくない!って思ってる からかなぁ。多分そうだと思うよ。だから死にそうになったら回復に専念するし、敵の状況を 判断しようとするんだろうね。頭で考えてるんじゃなくって、何度も戦って身体で覚えたんだと 思うよ。・・・きっと、サクラにも分かる日が来ると思うよ」
 レイマールは一気にそう答えると「ちょっとキザだったねぇ」と照れたように笑った。
 身体に染み付く戦いの記憶。
 戦う事だけの為に作られた自分の命。
 それなのに、戦う事が自分の身を守るのだとは…正直信じたくはなかった。
 「無茶な戦いを繰り返して命を落とす方が愚かなことだよ」
 レイマールは最後にそう言っていた。
 確かにそう思う。
 目的を果たす前に無茶をして命を落としたら、誰があの人を救うのか。
 戦いを否定する事は自分をも否定する事になる。少なくとも今は。
 ならば、戦っている間だけでも自分が戦闘の道具として生まれた事を生かして、この戦いから 生きて帰る術としよう。
 そうする事が生まれてきた自分を認める事に繋がるんじゃないか。
 生まれた事が無駄ではなかったのだと思えるんじゃないか。
 そう考えた時、心の奥底で何かが溶けたような気がしたサクラだった。






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