雪降る宇宙船 二章





 手早くメインゲートのある一角に転送してもらい、アイテムの補給や武具の装備の確認を済ませると初めて攻略に向かう 坑道の座標を提示し、メインゲートが作動するのを待った。
 身体が浮いているような、そんな不思議な感覚がしばらく続いて、ふと足元に確実な地面の感触が伝わってきた。 坑道に最初の一歩を踏み出したのだ。
 「噂によると、敵は機械で、恐ろしく速くて強いのと、空中に浮いてうざったいのが居るって話だけど・・・」
 噂話は100%信じる必要はないけれど、中には真実も含まれるし何も知らないままでは危険な事もある。
 直ぐに小銃に装備変更出来るようにアイテムを整理し、愛用の剣を握ると最初の扉を越えて一歩を踏み出した。
 部屋に入ると、それまで動く気配のなかった何かが、むくりと頭を持ち上げた。
 レーダーには黄色いマークが示されている。敵だ!!
 剣を構えて突進を警戒する。
 しかし相手の動きは非常に遅く、のそり、のそり、と不気味に近付いて来る。接近戦タイプ?それならこちらから先制攻撃を、 と思った次の瞬間、奥の方で動き出した同タイプの敵が右手を構えてレーザーのようなものを放ってきた。
 「あうっ!」
 いきなり体力の半分を奪われる。
 慌てて体力回復テクニックのレスタを唱えてもう一度そのエネミーに向かうと、不思議と笑みが零れるのが自分でも分かった。
 「そう・・。侮るなって事ね・・?」
 剣を油断なく構え、狙いを定められないよう狭い部屋を駆け回る。
 大きく円を描くように走り、敵をまとめて行く。
 「私は、負ける訳にはいかないのよ!」
 振り返りざまに連続攻撃を繰り出した。
 私の攻撃を受けたエネミーは一度倒れたものの、何事もなかったように起き上がり、また同じようにのそりのそりと近付いてくる。
 もう、油断はしない。一歩大きく踏み出して、再び攻撃を当てる。
 起き上がってくる度に何度も攻撃を繰り返した。
 最初の一撃以外は傷を受ける事も無く、エネミー全ての反応が消えると閉ざされていた扉のロックが外れる音がした。

 そうした戦いが何度か続いた。
 背中に浮かぶマグの成長を促しながら、どんどん奥へと進んで行く。
 レベルも多少上がっていた。
 身体の奥から形容し難い感情がふつふつと湧いて来る。
 今私が戦っている敵は、どう考えても原生生物でもなければ未知の生物でもない。
 とても馴染みがある・・・機械。
 材質も非常に憶えのあるものだ。
 そして、ふと思い出す。
 私よりも遥かに強く成長していたフォニュエールの話を。
 「だいぶ前になるんだけどさ、随分と思い詰めた子から依頼されて一緒に坑道エリアに行った事があるんだ。その子メールで 仲良くなった人を探してるって言っててさ。・・・探してる間もメールをやり取りしてたのにね…自分ももしかしたら何かに操 られてるんじゃないかって思うと恐いよ…何も知らないままこんな計画に巻込まれてさ…。あ、詳しくは話せないけどね…。 このまま探索を続けてたら、いつか…人間が嫌いになるかも知れないって思うよ、本当に…」
 ハンターズにも守秘義務がある。
 クエストとしての依頼であれば尚更だ。
 個人の依頼であっても、軍の依頼であっても、総督府からの依頼であってもそれに例外がある事はない。
 それでも誰かに話してしまわなければ、不安で不安で仕方が無いから、と悲しそうな目をしていたフォニュエールの彼女。
 何を見たんだろう?
 何を感じたんだろう?
 何を知ってしまったんだろう?
 そして…何が悲しかったんだろう…?

 奥に進む度に敵の数は増え、攻撃も熾烈を極めた。
 噂に聞いていた空中に浮いている敵とも出会った。
 カナディンと呼ばれているその敵の攻撃には悩まされたが、距離を取って浮いているところに銃で 攻撃すれば降りて来る事に気付き、それからは楽に攻略できるようになった。
 マグもだいぶ成長し、よく助けてくれるようになっていた。
 マグには与えるアイテム毎に上がるステータスが決まっている。
 それにより自分にとって何が必要な能力かを考えて育てる必要が出てくる。個人差(個体差?)が現れるのだ。
 防御が上がれば敵からの攻撃で苦しむ事も少なくなる。
 力が上がれば攻撃力が上がって、どんどん敵を倒して進む事が出来る。
 命中が上がれば攻撃がよく当たるようになって敵に反撃される事も少なくなる。
 精神が上がればより強力なテクニックを早くに覚える事が出来て、攻撃にも補助にも多いに役立つだろう。
 考えに考えて命中と精神を上げる事に決めたのは、まだ森のドラゴンを倒す前だったろうか・・・。
 坑道の攻略を始めてしばらくしてから小休止をしつついつものようにアイテムを与えていると、 突然マグの輪郭がぼやけてきた。
 ちょうどマグのレベルが50になったところだった。
 ただのマグからヴァーユになる時もこんな感じだったことを思い出す。
 マグが・・・進化する!
 急に質感を取り戻したマグは、ピンク色のボディが綺麗に見える「ヤクシャ」という形に進化していた。 主の背中より少し上の辺りに二つ、小さな肩当てのような形状で中空に浮かぶマグだ。
 ヤクシャはサクラの髪の色とお揃いの色で誇らしげに背中に浮いた。
 「これからもよろしくね」
とマグに声を掛けると、まるで「こちらこそ」と答えたかのように軽く飛び跳ねた。

 その部屋は、他の部屋とは明らかに違った。
 単に小さな部屋とかそういうものではなく、照明の色も薄暗くまるで橋のように二つの部屋を繋いでいた。
 目の前の扉は赤いランプが点灯している。
 小さな部屋を見渡しても、スイッチらしきものは見当たらない。つまり、敵がいるのだ。
 しかし、レーダーを見ても敵を示す表示はなく、神経を張り巡らせても敵の気配を感じる事が出来ない。
 深呼吸をしてから注意深く一歩踏み込む。
 ・・・ガシャン!  突如、上から青いカラーの敵が舞い下りて来た。
 剣を構える余裕も無く、瞬時に目の前へと迫ってきて両腕の一部になっているようなダガーらしき武器で 反撃の暇も与えられずに攻撃を加えられた。
 「きゃあっ!」
 サクラは耐え切れずに膝をつくと、猛烈な攻撃が一瞬止んだ。
 逃げるよりも回復を、とレスタを唱えながら先ほどの敵を目だけで探すと、少し離れた場所で距離を 測っているのかこちらを凝視している。
 もう一度突進して来ると思った時には既に、敵・・・シノワビートは地を蹴っていた。
 ここで攻撃を避けられたのは奇蹟に近い。
 レスタの詠唱が終った瞬間、剣を構えて身を引いた。
 突然の事に敵も途中で進路を変える事が出来なかったらしく、あえなく攻撃は空を切る。
 その隙を見逃す事無く、今度はこちらからの攻撃を余すところ無く叩き込んだ。
 さすがに1回の連続攻撃だけでは倒れなかったが、同じように攻撃の瞬間を見極めて攻撃をやり過ごして反撃すると、 ようやく動かなくなった。
 「・・・これが例の恐ろしく素早い敵なのね・・・」
 それからは夢中だった。
 マグにアイテムを与えるような暇もなく、ただ敵と相対し、注意深く撃破して行った。
 こんなところで倒れるワケにはいかないのだから。
 何体もの敵を倒しながら進んでいると、ようやく赤い色をしたワープポイントが設置された部屋を見つけた。
 最初の森でも、次の洞窟でも目にした、次のエリアへと続くワープゲートだ。
 他の二つのエリアでもそうだったが、赤いワープを越えた先には新たな強敵がいる。
 気持ちも新たに奥のエリアへと進んで行った。

 最初のステージであった森は、森とは言ってもたいして迷う事の無いような道のりだった。
 こちらの様子を窺って隙を見せると素早い動きで飛び掛かってくるウルフ系や、エリア2に入って現れた ジゴブーマの直接攻撃、そして、突然空中から飛んで来ては炎を吐き近付けば強烈なパンチで苦しめられたヒルデベア等、 最初の冒険ですら困難を極めていた。
 まだ慣れない剣を携えて戦い、何度メディカルルームに運ばれただろう。
 それでもサクラは諦めずに戦い続けた。
 (この地にあの人が居る)
 それだけで十分だった。いつか会えると思う事で、自分を奮い立たせる事が出来たから。
 ラグオルとパイオニア2を何度も行き来しながらも森を抜けると、目の前に大きなセントラルドームが現れた。
 居住区とされていた座標が森の中で、しかも狂暴な生物が闊歩しているだけでパイオニア1の人は誰一人として姿を 見せなかったが、ここには誰かは居るに違いない。
 そう思って気合も新たにセントラルドームの前で戦いを続けていると、最後の敵を倒したらしくどこかでロックが 外れる音がした。
 しかし、セントラルドームの入口は硬く閉ざされ、しかも外的に壊されているようにも見えた。無理に開けようとしても びくともしない。
 途方に暮れた体で振り向くと、ひときわ大きな赤いワープゲートがまるでサクラを呼ぶように口を開けていた。
 他に道はない。もしかしたら入口が壊れてしまったからこうしてセントラルドームの中へ入るゲートを作ったのかも 知れないと思いつつ、呼吸を整えてゲートの中へと入って行った。

 ゲートの先は、確かにセントラルドーム、だったに違いない。
 しかし人は居なく、物もなく、ただそこで待ち受けていたのは灼熱の炎を吐くドラゴンだけだった・・・。
 炎に軽く肌を焼かれながらもなんとか倒す事が出来たのは、運の良さとも言えるだろう。
 死闘を繰り広げて勝利を掴んだというのに何も変わらなかった。
 戦いが終わってもセントラルドーム内は何もなく、何も起こらない。
 レッドリング・リコが残したメッセージからもドラゴンを恐れてパイオニア1の人がどこかに隠れたとかではないような 事が汲み取れた。
 ならばパイオニア1でラグオルに辿り着いた人達は何処へ行ったのか?
 私のあの人は今、何処に居ると言うのだろうか?
 サクラが戦い終わって自分の置かれた状況に困惑していると、セントラルドームの中にパイオニア2へと戻るゲートが 開通された。
 そのゲートを通って戻ると、見た事、出会った事を総督に報告するよう言われ、足取りも怪しいまま総督府へと赴いた。
 森での出来事を報告し終わると、サクラの肌が焼けており、立っているだけでもやっとという状況である事に気付いた総督の 秘書であるアイリーンがメディカルルームへと送り届けてくれた。
 自力で歩く事が出来なくなっても無理はないだろう。
 淡い期待を胸に大地へと降りてみれば、そこは既に戦場で。見た事もない敵と戦い、それでも人間という存在すら発見出来ず、 目的地へと辿り着いてみれば巨大なドラゴンと戦う事になり、人間には決して出せない高温の炎を身体に浴びて帰って来たのだから。
 治療を終えると、アイリーンが迎えに来ていた。
 「治療が終わったら、もう一度総督府までおいで下さい」
総督からお話があるそうです、と暗い表情と重い口調でそう告げられた。
 アイリーンの口調から芳しくない内容だろう事がわかる。それでも行かない訳にはいかないだろう。
 少しは楽になってもう一度総督府へ行くと、案の定重々しい口調で切り出された。
 「ラグオル調査の続行をして欲しい」
 総督の話では、セントラルドームの下に新たなポイントを発見したらしい。
 パイオニア1の人達は、狂暴な生物が闊歩する地上から地下へと逃げたのだろうか?
 あのドラゴンは一体何だったのだろうか?
 そんな疑問に答えを指し示せる人など居なかったが、サクラはラグオルの調査を続行する事を決めた。
 パイオニア1に乗って旅立ったあの人を探すのが目的なら、ラグオルの調査もリコの捜索も同じだと考えたからだった。
 パイオニア1に乗っていた誰かを発見出来れば、きっとすべてが解る。
 ・・・今は、そう信じるしかない。





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