雪降る宇宙船 一章





 雪が降ると思い出してしまう事がある。
 それは記憶から消し去ってしまいたい程に思い出したくない事。
 それでもその記憶も私の一部分である事に違いはなく。
 受け入れたくなくても受け入れなければならない事実なのだ。
 クエストで知り合ったハニュエールの姉妹・・・クロエとアナ・・・もこうして苦い思い出を患いながらも強く生きているのだろうなぁ、と思う。
 それにしても・・・。
 「人工なのにわざわざ冬だからって雪降らせなくてもイイじゃない、ねぇ」


 あの頃の私はあまりにも幼かった。
 自分に両親が居ない事は知っていたけれど、それを不思議には思わなかった。
 そして、自分がどうやって生まれたのかも・・・。
 一人ではなかったから、それでも生きていられたのだと思う。
 優しく暖かく私を育ててくれた人が居たから・・・。
 そう、あの日も雪が降っていた・・・。
 私を育ててくれた人が、研究員としてパイオニア1という移民船に乗り込む事になったと言い聞かされた、あの日。
 パイオニア1に乗る人員の殆どが軍の関係者や研究者だと教えられた。
 私は未だ子供で、研究者でも軍人でもなかった。
 単なる、研究の対象の一つでしかないのだ・・・。
 それでも、育ての親は優しく暖かく同じ時間を過ごしてくれていた。
 私の記憶が鮮明になる頃から私は育ての親の元で生活を送っていた。
 その前に何があったかは知らないし、知らなくても良いと思う。
 ただ、育ての親と生活するようになってからは、研究と呼ばれる行為は何一つされなかった。
 ただ、名残として残るのは体の何箇所かに残されたマーキングだけ。
 それも人の目に付かなければどうと言う事もない。
 育ての親は彼にしか頼る人の居ない私を仕方なくとある施設に預ける事にしたのだ。
 パイオニア計画には口外してはならない事があるらしく、出航の数ヶ月前から搭乗者と一般の人とは離されてしまった。
 別れの日も、その季節には珍しく雪がちらついていた・・・。
 そして、泣きじゃくる私に向かって彼はこう言った。
 「パイオニア計画には一般人に言えない計画が含まれているんだ。だから、どんな事があってもパイオニア2にも乗ってはいけないよ。私からの連絡が無くなったとしても、探そうなんて思っては駄目だからね。 ・・・どこに居ても、私はサクラを大切に思っているから・・・泣かないで元気で居るんだよ。良いね」
 雪が降る中、不安に満ちた私に優しい微笑を返してくれた大きくて暖かかった、あの手。
 いつも忙しくてあまり一緒には居られなかったけれど、時間があればそばに居てくれたし、寝る時には手を握っていてくれた、あの手。
 こんな事で失いたくはなかった。
 それなのに、パイオニア1の後を追う形で出航が決まっているパイオニア2にも乗るなだなんて、自分の耳を疑った。
 パイオニア2にも乗らなかったら二度と会えないかも知れないのに!


 預けられた施設には、私と同じ様な境遇の子が多く居た。
 そんな彼らから、パイオニア2には一般人でもなく軍人でもない、戦闘能力を持つハンターズと呼ばれる人達が乗り込める枠がある事を教わった。
 一般人として乗り込み申請をするよりも、遥かに競争率は低いらしい。
 その施設では、不思議と色々な大人がいつも付いていたけれど、平和だった。
 外との連絡も取れなければ、今の天気すら分からない状況だったけれど寂しくはなかった。
 その施設で過ごしている間に、私は少し大人に近付いていた。
 そして、その施設の秘密を知ったのだった。
 ここは・・・私が生まれた場所。
 私のマーキングを施した研究所だったのだ。
 本来は、もっと外界で普通の子供として育ってから研究の対象となる予定だったニューマン達。その予定の半ばでパイオニア1に乗り込む事になった研究員の元に行っていたニューマンを集め、 新たな研究を始めようとしているという事を。
 ここに居るニューマンは環境への適応能力に優れているらしい。
 私には、それはニューマンだからだ、と言われても納得出来ないのだけれど。
 その適応能力を生かして、様々な場所へ送り出そうとしているようだった。
 それは即ち、戦場・・・等に。
 しかし、まだその計画は実験段階で。
 私達は計画の最終段階に入ってはいるものの、不完全で。
 いつ廃棄処分になるかも知れず、実験されて精神に異常をきたす子も少なからず居た。
 私は、こんな所で死んでしまう訳にはいかなかった。
 どうしても、もう一度あの人に逢いたい!
 あんな形で急に終わる事になってしまった私とあの人の生活。それをもう一度取り戻したかった。
 何度も繰り返される実験に、何人も倒れていった。
 監視はますます厳しくなり、環境も様々に変わっていった。
 研究の対象が減って行くからか、一人一人に対する実験が多くなって来たのはいつ頃だったか・・・。
 朝となく昼となく夜となく・・・時間を無視して進められた。
 そんな日々を過ごして数ヶ月過ぎた頃、それまでは漠然と感じていた危機感が急に現実味を帯びてきた。
 実験と称して擬似エネミーと戦わされたり、無駄に傷付けられその怪我の治りを計ったり効果的な薬の開発だと言われるような行為が行われるようになっていた。
 そして、その実験の成果が良かった数名に・・・とある細胞が投与されたのだ。
 パイオニア1からのデータを具現化した、ある生命体の細胞を。
 投与された者にはすぐさま変化が現れた。
 しかも数日のうちに対抗する薬を投与してもその変化は止められず、厳重に囲われた部屋では押さえられない程になっていった。
 細胞を投与されなかった残りのニューマン達は、私達を実験しこの状況を生み出した研究員達を守る為に以前は友達だったモノと戦わされる事になった。
 ・・・とても激しい戦いになった。
 傷付き倒れても、休息は許されない。
 彼らの暴走を止めるまでは・・・。


 思い出したくもない・・・私の過去。
 それを思い出させるのはこの白く冷たく降り積もる雪。
 今私の目の前をゆっくりと舞い散る雪は冷たくないし、積もる事もない。
 本物ではなくホログラムで再現されているから。
 だからこうして見ているだけなら、とても綺麗だと思う。
 だけど、私の心と体は本物の雪の冷たさを覚えている。
 見上げると吸い込まれそうな黒い闇、そこから止めど無く落ちてくる白い塊。
 私はどこへ行っても一人ぼっちなのかも知れないという恐怖。
 ああ、そんなのは嫌だ。
 こうしてパイオニア2にも乗り込んだのだ、必ず探し出してみせる!
 ラグオルへと降りる準備を始める為、雪の舞い落ちる人も疎らなロビーを足早に抜け出した。

 彼らと対峙するまでは、「それ」が何なのか分かるような状態ではなかった。
 不気味に蠢く触手、光を反射している濡れた胴体らしい場所、意思を感じさせないけれど狂気に満ちた目、 通常の人間ではありえないほどの巨大な姿。
 どれを取っても以前の姿を思い浮かべられる人は居なかったと思う。
 それでも剣を持たされ正面に回ると、不思議と「それ」が誰なのかが判る気がした。
 (ハヤク・・・コロシテ・・・)
 「それ」が咆哮を上げる度、私にはそう言っているように思えて悲しかった。
 死ぬ為にここに来た筈はないし、初めから殺される運命にある人生がある訳がない。
 心の底から、この状況を憎んだ。
 私の大切な人を奪い、今は友人を殺せと言う、この研究を。研究所を。研究員を。その研究をさせているもっと上の人間を。
 意思を無くしたように見える彼らとの死闘は、何日にも及んだ。
 その間に扉も壁も窓も庭の木も塀も、ほとんどの物が壊れていった。
 戦いが終わった頃には堅固な建物が廃屋同然になっていた。
 無傷な者も居なかった。
 それでもここに残っていたら次は自分達があの研究をされるに違いない、と口には出さなかったけれど皆考えていた。 そしてその考えがほぼ正しい事も容易に想像出来た。
 素早く目線を交わして、皆で崩れている塀から逃げ出したあの日にも、夜半頃から冷たい雪が降り積もっていた。
 私達が研究所から逃げ出してから、直ぐに追っ手が迫って来た。
 足を負傷してしまっていた私は逃げるのには向いていない。
 皆とは別れて闇に身を隠して追っ手に見付からないよう祈った。
 それよりも、遠く逃げて行った他の皆が無事に逃げ切れるように天に祈った。
 研究機関も突然の事態に対応し切れていなかったのか、統制の取れていない追跡だった事も逃げ切れた要因だったと思う。
 他の皆がどうなったのか知る術も無いけれど、きっと逃げ延びたと信じている。
 何をしても成績の悪かった私が、今こうして生きてパイオニア2に乗り込んでいるのだから。






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