〜Fate Silver Knight〜 

〜状況観察・一日の終わり〜



コポコポと、緑茶が音を立てる。まだまだ暑い夏の夜だが、こういう時にこそ、冷たい飲み物は控えるべきである。
急須より注がれた、少々ぬるめのお湯で入れたお茶は、食後の満腹感に一役かっていた。

「――――そうか、それじゃあ結局、入れ違いにライダーはこっちに来たのか」
「はい。サクラの身体を休ませる必要がありましたので、無断で屋敷内に入らせていただいたのですが……」

緑茶を口に含みながら、ライダーは嘆息する。通り雨に降られながら屋敷までたどり着いたライダー。
しかし、屋敷には誰もおらず、再び降り出した雨をしのぐために、屋敷に留まろうと思ったのだが――――。

「――――アーチャー、だって!?」

ライダーの口から語られたその言葉に、俺は驚いて、腰を浮かしかけた。
それは、今ではうろ覚えになりながらも、心の隅に留まっている記憶――――あの城で、バーサーカーから俺たちを逃がすため、その場に踏みとどまった赤い騎士。
その背中は、今でも印象強く、俺の心に焼き付いていた。

「はい、話し込んだわけではありませんが、あの姿は紛れもなく、トオサカリンの英霊だったものです」
「……それで、不甲斐なくも一騎打ちに敗れ、マスターすら奪われたというのか、様になっていないな」
「ギルガメッシュ!」

思わず非難の視線をギルガメッシュに向けるが、俺の視線など意に介さぬように、ギルガメッシュは手に持った扇子で自らを扇いでいた。

「いえ、仰るとおりです。ですが、それでも生き長らえる事ができました。いまは、この命をどのように使うかが大事です。誇りなど……」
「フン……」

ライダーの言葉に、ギルガメッシュは不満そうに顔をしかめた。
なにやら、さっきのライダーの物言いのなかで、気に食わないところがあったらしい。

「それで、お願いがあるのです。今は主従の関係が切れているとはいえ、サクラは私にとって大事な存在です。奪還に力を貸してほしいのですが」
「それは、もちろんかまわないが」

もとより、サクラの安否が気になっているのは確かだ。ライダーの言葉に、俺は頷く。
しかし、異論は別のところから出た。一人麦茶を飲み、ライダーの話に耳を傾けていたイリヤが、言葉を挟んできたのである。

「――――ちょっと待って、奪還って、今から出る気なの、ライダー」
「はい、サクラが連れ去られて、まだ数時間も経っていません。今ならサクラに危害を及ぼさず、救出できるはずです」
「……無理ね」

しばしの沈黙の後、ぽつりと言ったイリヤの言葉には、温かみのない魔術師の冷厳な声。
その様子に、ライダーは驚いたように、戸惑ったように自らのマスターとなった少女を見つめる。

「ライダー、あなたはまだ、完治していないでしょ。継ぎ接ぎで取り繕っていても、それじゃあ、すぐにボロが出るわ」
「う」
「死ににいきたいなら、別にいいわ。でも、サクラを助けたいのなら、最悪でも一晩は治療に専念しなさい」

イリヤの言葉が的確だったのか、ライダーは言葉もなく沈黙する。

「それに、相手だって、サクラを殺さずに連れ去ったんだもの。そんな一晩やそこらで、何かをするわけはないと思うわ」
「――――わかりました。確かにマスターの指示は的確です。このままでは、サクラを助けることはおろか、先ほどの二の舞になるでしょう」

アーチャーとの決闘を思い出したのか、唇をきつく結び、ライダーはポツリと呟く。
結局、サクラの救出に向かうのは、夜が明けてということになった。その場はひとまず、お開きになり俺は腰を浮かす。
ふと、気になったことがあり、俺はライダーに質問をしてみた。

「それはそうと、ライダー。桜の連れ去られた場所に心当たりはあるのか? 何か、知ってそうな口ぶりだけど」
「はい、それはもちろん……おそらくは大聖杯の祭壇に違いないでしょう」

大聖杯――――聞いたことのない単語だが、いったい、どういうものなのだろうか。
俺は、ライダーに詳しいことを聞こうとしたのだが…………その前に、ライダーが口を開いてきた。

「それはそうと、シロウに――――いえ、士郎と呼んでくれと言っておられましたね。貴方にお願いがあるのですが」
「ん、なんだ? 俺でできることなら、何でも言ってくれていいけど」
「そうですか、安心しました。実は、貴方に今夜、同衾をお願いしたいのですが」

……………………は?

「ちょ、ちょっと、ライダー?」
「魔力の補充ができたとはいえ、やはり万全とは程遠い……貴方の精気を、少々分けていただきたいので」

何のことはないという風に、ライダーはそういうが、正直、戸惑ってしまう。
紫紺の髪、豊満な身体を包む黒衣に、すらりと伸びた指先……どうしても、その熟れた部分に目が行ってしまう。と、

「ダメー!」
「わ、い、イリヤ!?」

ぎゅっと、俺の身体に抱きついてきたのはイリヤである。彼女はライダーをキッとにらむと、早口でまくし立てた。

「シロウは今日は、私と寝るの! せっかく邪魔が居ないチャンスなんだから!」
「ですが、マスター。治療に専念しろといったのは貴方のほうです。効率的に行っても、これは有効で……」
「なに言ってんのよっ、それに、さりげなくシロウに近づかないでよ! 令呪を使うわよ!」

きゃあきゃあと、俺の身体越しに二人が言い争っている。いや、正直、この状況は勘弁してほしい。
お互いに譲る気はなさそうだし、イリヤに呪縛されるのも、ライダーに魅了されるのも勘弁してほしかった。

「そうだ、ギルガメッシュ――――……」
「我は知らぬ。勝手にやっていれば良かろう」

声をかけるも、英雄王はそっけなく、立ち上がって居間から出て行ってしまった。
どちらを選ぶわけにもいかず、途方にくれて、俺はなおも続く二人の言い争いに身を任せていたのだった……。

〜幕間・白銀の彩、紫紺の色(18x)〜
〜幕間・古城の月〜
〜幕間・越えられぬ夜〜

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