Esper−City

第1部
(3)

 年が明けて、1月。ここ、エスパー訓練センターには、現在の最高能力者、キャサリン・フランセリア・ミルカート大佐が訪れていると、生徒たちの間で評判になっていた。
 もちろん、生徒たちには彼女はあこがれの的である。本人は気にもとめていないが。
「では、大佐。はじめます。」
「どうぞ。」
 測定装置という名の巨大な機械の中に入って、ブースからの声にキャシーは振り返った。冷静な瞳が検査官を仰ぐ。検査官は、頷いてスイッチを入れた。
 いくつかの光が、彼女をめがけて襲って来る。あるものはカーブを描きながら。あるものはまっすぐに彼女を狙って。

 ここ、エナシュでは、半年ごとにエスパーたちの能力検査が行われる。この、襲ってくる光をすべてESPで落とし、それに要する時間もすべて点数となって現れる。
 この検査次第では、降格となることもあり得るので、普通は必死にテストを受けるものなのだが、この大佐殿は、どういうわけかよく手を抜いたりする。
 だからといって彼女の能力値が低いと判断されることはない。ちゃんとデータに現れているからだ。
 制限時間が過ぎ、得点ボードに、見事に0が並んでいるのを見て、今回のというか、彼女の場合は誰でもよいというわけにはいかないので、いつも同じ人間なのだが、検査官、リノ少尉はため息をついた。
「大佐……まじめにやって下さいよ。200個全部よけただけなんて。普通の能力者じゃ、10パーセント以上は当たりますから、これはこれでなかなかできるものじゃないですけれども。」
「わかるんならいいじゃないか。」
「しかも、検査に私服で来るし。」
「本来は非番の日なんだから、仕方ないだろう。……それより、そろそろ右手の交換時期が来ているらしい。ドクターの予約を取ってくれ。」
「……はい……。報告書に、『義手が不調である』ことも記入しておきますね。」
「必要ないけどね。よろしく。」
 ため息混じりに報告書を記入しているリノ少尉に、キャシーは、ふと思いついて、こういった。
「リノ少尉。僕の小隊に欠員があるんだけど、来るか?」
「は?」
 いわれて、気の毒な少尉は真っ赤になる。
「またからかっていますね。僕は、エスパーじゃないんですよ?」
「また半年後にな。リノ少尉。」
 エスパーの能力は、いつ消えるのかわからない。かつて、リノ少尉は訓練校でキャシーや、ダニーとともに学んだ仲間であったのだが、ある時期を境に、彼の能力は、すっかり消えてしまっていた。
 そしてまた、彼女にあこがれを持つひとりである彼は、そのことが非常に悔しいと思っているのだった。

 義手の交換に5週間かかると知らされたキャシーは、自分の義手を眺めながらドクターの診察室を後にした。
(5週間か。誕生日には間に合わないな。3年も使ったんだ。もっと早く交換しておくべきだったかな。)
 そんなことを考えながら歩いていると、ふと、異様な気配があたりを包んだのに気がついた。
「誰だ。返答によっては軍警に突きだすぞ。」
「答える必要を認めない。」
 くぐもった声で返答がある。
 声から察するに、男であるようだが、声を隠していることから、どうやら自分と話をしたことがあるらしい、とキャシーは見当をつけた。
「貴官の軍に反抗的な態度は目に余るものがある。慎まれよ。」
 とうとう来たか、と、キャシーは思う。
 いくらだって、敵対する勢力はあるのだ。もっとも、実際にこうして手を出してくるものはなかなかいないのだが。
「誰に向かっていっている。仇の職に就いているだけでも充分ではないのか?仕事は標準以上にこなしているつもりだが、不足か?」
「お気をつけられよ。戦場での敵はシェピュアのみにあらず、とな。」
「なるほど。では戦場に行けば、貴官の仲間にお会いできるというわけだ。」
 一瞬、隙をついてESPを解放する。
 無数に現れた真空の刃が、目の前に立っている男の身体を薙いでいった。あっけなくその場に倒れる男を見下ろして、キャシーは、薄笑いを浮かべた。もちろん、致命傷を与えてことを大きくするつもりなど更々ない。男の周囲に点々と鮮血が飛び散っている程度だ。
「この程度もかわせないようなら闇討ちなんてやめておくことだな。いちいち嫉妬につきあうほどひまじゃないんだ。これは、僕からの忠告。」
 自分の言葉が、どうやら相手を挑発したらしい、と、一瞬キャシーは後悔した。一時の激情に任せて感情を爆発させるのは得策ではない。
 だが。
 もう、遅い。
「いい気なものだな。」
 くぐもった声の主が、部下に合図する。ざわりと、肌が泡立つほどの殺気。
 牽制が必要だ。
 そう判断したキャシーは、義手である右腕の出力を、標準より高めに設定して振り上げた。

 どかっ

 手近にあったビルの壁を、そのまま殴る。びしびしと蜘蛛の巣状にひびが入り、大きな穴が、ぽっかりと口を開けた。キャシーの深い湖にも似た瞳の色が、怒りで染め上げられる。
「討つ実力がないなら、俺の目の前から消えろ。目障りだ。それとも、今、ここで返り討ちにあいたいか?」
 襲撃者たちの間に、明らかな動揺が走った。この、エナシュ、あるいはシェピュアの軍人であれば、キャシーの実力を知らぬものはない。
 まして。普段は『僕』と称している彼女の一人称が『俺』に変わっているのだ。かなり本気で怒らせた証拠で、こうなると、彼女を止めることができる人間は限られてくる。
 ここでこれ以上騒ぎを大きくするのは得策ではない、とでも判断したか、襲撃者グループのリーダー格の男、つまり、くぐもった声の男が、部下に撤退の合図を送る。
「退け。今、殺る必要はない。」
 リーダー格の男以外、終始無言のまま、次々と瞬間移動でキャシーの目の前から襲撃者たちが消えていく。リーダー格も、部下たちとともに消えた。
(殺す?この、僕を?……やれるものなら、やってみるがいい。)
 襲撃者を見送ったキャシーは、しばらくののちに、ようやく歩き始めた。

 翌日は、ダニーが非番であったため、3人しかいない司令室だったが、そこには重苦しい空気が立ちこめていた。
 ピ ピ ピ
 と、時折警告音を鳴らしながら、右手はお行儀悪く頬杖をつき、反応速度では義手に劣るものの、細かい作業では、利き手であることもあって、やはり使いやすいらしい左手だけが、ものすごい勢いでキーボードの上で踊っている。
 その表情は、部下であるエルンスト、エリナのふたりには知る由もなかったが、昨夜みせたキャシーの怒りの表情そのままで、もちろん、その上官の不機嫌の理由を問いただせる人間など、この場にはいなかった。
 何度目だろうか。またも、警告音を鳴らしてしまったキャシーの後ろから、意を決したらしいエリナが、飲み物をもって画面をのぞき込んだ。
「大佐。お茶です。」
「ああ、ありがとう。エリナ。」
「『該当なし』?何を探しておいでなのですか?」
「昨夜、ドクターのところからの帰りにあった、お友達の正体。」
「わあ。大胆ですねぇ。このエナシュで、大佐に闇討ちをかけるなんて。」
 のんきそうににこにこと笑ってみせるエリナに、キャシーは思わず苦笑して、ようやく立ち上がった。
「ああ、もう、やめやめ。もう、夕方だな。帰るよ。」
 コンピュータ。デスクの電源に手を伸ばしたキャシーに、エリナが声をかける。
「ねえ。大佐。来月、大佐の誕生日ですよね。プレゼント、何がいいですか?」
「特にほしいと思うものはないよ?ああ、そうだ。エリナ。Bブロックエリア4のカルソンカンパニー。あそこの南側の修理依頼と詫びを頼む。犯人グループへの脅しで殴ったら、思ったよりもでかい傷ができてしまった。闇討ちには、たぶん関係していないだろうから、丁重にな。」
「はい。」
 キャシーは電源を切り、コートを羽織る。
「南側以外の修理は受ける必要がないぞ。出力20パーセントでぼろぼろになったんだから、違法建築物だ。」
 出力20パーセント、つまり、現在でいうところの、ヘビー級ボクサーのパンチ力に匹敵する破壊力を持つ。日常生活なら、5パーセントもあれば、充分だ。
「はぁい。」
 そして、キャシーはそのままでていった。
 後に残ったふたりは、さっそくデスクの前に座って、電源を入れる。
 先ほどまでキャシーが入力していたデータを呼び出す。

 (キャシーと、)過去、面識のあるもの。少なくとも声を聞くチャンスがあった。
 テレポート能力者を、最低3人は含んでいる。
 襲撃者のだいたいの身長、体格のデータ。5人。
 だいたいの能力数値。能力の波形パターン。

 見回りの警備兵が、ふたりに声をかけた。
「少尉殿。夜勤ですか?」
「いや。違うよ。調べもの。もう少ししたら帰宅するよ。」
「そうですか。」
 警備兵の足音が遠くなった。エリナが、目の疲労を訴える。
 交代したエルンストの目に、『該当あり』の文字が飛び込んできた。
「『該当あり』!」
「あったの?」
「待ってろ。すぐに表示する。」
 画面を表示しようとした、そのときだ。いきなり周囲が暗くなった。
「停電……どうして?……」
 すぐに電気が復活すると、エリナはほっとしたようにエルンストを見た。
「……ついたわ。プリントにだしてくれる?」
「……だめだ……」
「え?」
「停電に気を取られている隙に妨害プログラムが割り込んだ。証拠も……キャシーが入力していたデータも、もう残ってないよ。」
 がっくりとした無力感がふたりを襲った。検索データくらいは、バックアップをとっておくべきだったと後悔しても、もう遅い。停電くらいではデータは消えることはないが、妨害プログラムが相手では、もう絶望的だ。
「帰ろう。送っていくよ。」
「あら。珍しい。でも、大丈夫よ。」
「キャシー大佐でさえ襲撃されたんだ。一応、僕たちも気をつけた方がいいだろう。ほら。コート。」
「ダニー大尉には、どうするの?」
「君を送った後に彼の家に行って直接話すよ。盗聴されていたら、もしかしたら大変なことになるかも知れない。」