Esper−City

第1部
(2)

 キャシーが、辞令を受けてから半年後。
 彼女が、少佐の辞令を受けた後、彼女の指揮をする部隊に友人でもあるダニーの配属が決定した。
 さらに一月後には、訓練校時代から仲の良かったふたり、エルンスト・モートンと、エリナ・ラズモアがキャシーの部隊に配属され、どうにか小隊としての形を取ることができた。
 さらに翌年12月。
 19歳でありながら、すでに大佐にまで昇進したキャシーは、部隊の構成員である3人の前で、次の作戦の概要を説明していた。
「……以上だ。質問は?」
「大佐。作戦とは関係ありませんが。」
 エリナだった。
 うす茶色の髪を長めのおかっぱのような髪型にしていて、一見人形のようにも見える美少女だ。
「どうぞ。」
 短く、キャシーが質問の内容をいうように促すと、エリナはおもむろに口を開いた。
「はい。基本的にわたしたち、特殊陸軍の部隊構成は5人が原則ですが、わたしたちは長い間4人で活動しています。人員の補充はなさらないのですか?」
「その質問に関しては、順を追って説明しよう。まず、人材の不足が主だな。知っての通り、エスパーは基本的に突然変異か遺伝によってしか生まれない。優秀なエスパーとなると、もっと確率が低くなる。他の小隊との折り合いもある。まして、ここにいるメンバーは3人ともかなりの能力者と呼ばれている。小隊ごとのバランスもある。当分、補充はされないだろう。」
 キャシーの説明に、3人がそれぞれ頷く。
「それに。僕にとってはこの状態がいちばん好ましいな。今更、知らないやつとなんか組みたくもないし、それに、欠員のある部隊は出動回数が減る。その方がいいじゃないか。昇進を望むのなら、僕が受け入れられる数少ない人間であることを呪ってもらうしかないけれども。」
 このキャシーの言葉に、3人はたまらずに吹き出した。
 昇進を望むものなど、この小隊には存在しない。皆、軍の方針には否定的なのだ。もっとも、そのことがまた、ほかの部隊からの反感をかう要因にもなっているのだが。
 当の隊長であるキャシーからして、辞表を持ち歩くほどの軍隊嫌いだし、実際に提出して、元帥からしょっちゅう呼び出しされている。それでいて、順調に昇進しているのだから、反感をかうのも、当然といえば当然なのだが。
 解散を命じると、隊員が部屋を辞していく。
 ひとり、ダニーがそこに残った。
「キャシー。話が、あるんだけど。」
「何?食事でもしながら話す?」
「いや、照れくさいから、ここで……あの、さぁ……」
 いつになくダニーが言いよどんでいる。キャシーは、なんとなく嫌な予感を覚えながら、彼の次の言葉を待った。
「今日……俺……誕生日だろう?」
「ああ、プレゼントなら、ちゃんと用意してあるけど?」
「いや、そうじゃなくて……マリアに、プロポーズしようと思っているんだけど……」
 一瞬、キャシーの表情が曇ったが、どうやら、当のダニーは、自分のことが手一杯で、気付かなかったようだ。
「……そう……どうして、僕に……?」
「だって、マリアとキャシーは双子だしさ、一応、形式上は俺の上官だし……だから、報告、というか、ほかの誰が知らなくても、キャシーだけは知っていてほしいし、祝福してほしいし……」
 必死にわかってもらおうとしている様子のダニーに、キャシーは思わず内心で苦笑したようだった。
「喜んで、くれるか……?」
「もちろんだよ。きっとOKしてくれる。がんばれよ。」
「サンキュ。」
「ああ、いけない。未決書類があるのを忘れていた。悪いけど、先にかえってくれないか?」
「そうか。それじゃあな。」
 ダニーは、あっさりとでていった。どうやら、半分引きつったようなキャシーの表情には気付かなかったらしい。司令室のドアが閉じられると、キャシーの表情が、一気に暗く沈み込み、そのまま物思いに耽っていった。
(何を……泣くことがある……。わかっていたことじゃないか。ダニーが、マリアのことを見ていたということくらい、よく、わかっていたはずなのに……)
(こんな、男なのか、女なのかわからないようなやつよりも、かわいらしいマリアを選ぶのは、当たり前の話だ)
(だけど……初めて、僕が女でいてもいいと思った人だったのに……この人の前では、女でいたいと思った人だったのに……)

「あら。マリア。お帰りなさい。食事は?」
「済ませてきた。キャシーは?」
「かえってきてるわよ。」
 部屋のドアの向こうで、マリアとアスター、ふたりの姉の声が聞こえる。
「キャシー?いるの?」
 マリアが、ふたり共有で使っている部屋のドアを開ける。キャシーは、慌てて何気ない調子で振り返った。
「お帰り。遅かったね。」
「うん。ダニーと、会ってたの。」
「そう。」
「あのね。わたし、ダニーにプロポーズされちゃった……」
「よかったね。おめでとう。」
 うまく、笑えているだろうか。ひそかにキャシーがそう考えたときだ。
「キャシーの、うそつき。」
 マリアの口からは、キャシーも思っていないような言葉が紡ぎだされた。キャシーとしては、てっきり幸せそうな、結婚を申し込まれた女性によくあるような言葉が紡がれるのだと思っていたからだ。
「心にもない祝福の言葉なんて、いらない。」
「何を言いだすんだよ。」
「わたし、知っているのよ。キャシーも、ダニーのことが好きなのを!」
「マリア。」
「それを知っているのに、わたしひとり、幸せ気分でいられるわけがないじゃない。……キャシーが、やっと、女の子に戻ろうとしているのに……」
 気付かれていないわけがなかったかと、キャシーは思った。
「いつから、気付いて……?」
「はじめからよ。ダニーは、気付くこともなかったみたいだけど。」
「そう。だったら、きちんというよ。まったくショックじゃないといったら、嘘になるけど、マリアとダニーには幸せになってほしいと思っている。ほんとうだよ。ほら。わかるよね。」
 キャシーの手が、マリアの手をしっかりと握りしめている。接触テレパスであるキャシーには、自分の心を相手に流し込むことも可能なのだ。もっとも、普段は少々暴走気味になることも多いが。
 マリアは、目に涙を浮かべながら、それでも納得したようだった。
「わたしたち……双子なのに……ぜんぜん似ていないのに……どうして、好きになった人は、同じなの……?」
「似てたよ。あの事件の前は、父さまも、母さまも見分けがつかなかったらしいよ。」
「でも、わたしもキャシーも、覚えてないじゃない。」
 キャシーは、ぎこちなく微笑んでみせた。
「苦しかったのよね。人格強制処置なんてものを受けなければ発狂してしまうほどに。母さまを、目の前で殺されて、右腕まで失って、怖かったよね……」
「覚えてないよ。何度もいっているけど、その記憶はディスクの中だ。右手だって、義手で不自由はないよ。元々僕は左利きだしね。さあ。この話はもう終わりだ。マリアが、ダニーを好きだったら、OKしてあげればいい。どうせ、マリアのことだから、返事は待たせてあるんだろう?」
「お見通しね。その通りよ。」
 そういって、マリアが着替えをはじめた。
「そうだわ。わたし、キャシーに、ほかに好きな人ができるまで、結婚しないわ。」
「何?僕は軍人だよ?いつ死ぬか、わからないんだよ?」
「そうしたら、一生結婚なんてしない。もう決めたからね。」
「……か……勝手にしろ!」
 それこそ、一生結婚しないと宣言したようなものだ。そう思いながら、キャシーは、どこか嬉しくなってくるのを押さえることができなかった。
 照れ隠しに、一気に着替えてベッドに潜り込む。
 枕を抱え込むようにしながら、どこか複雑な気持ちで、眠りについた。