じっと鏡を見る。
うん。一応、かっこいいのよね。わたし。
自分で言うのも、変だけど。
元々が女の子だからかな。ナルシストとか、そういうのでなくて、客観的に自分が女の子の目で、どう見えるのかがわかるのよね。
もちろん、一緒にグループを組む、ほかのふたりも、充分、かっこいい。
まあ、アイドルなんてやろうっていうんだから、かっこいいのはあたりまえなんだけど、そこに自分がいるということが、すごく不思議。
『哲』は、背が高くて、踊るのがすごくうまい。今、わたしがお世話になっているマンションの持ち主だそうで、以外と面倒見がいい。わたしがちょっと体調が悪そうだったり悩んでいるようだと、どうしたのか必ず聞いてきてくれるし、体力がないとわかると体力づくりにつきあってくれたり、あまりにも寝起きの悪いわたしが朝のロードワークにでるのが危険だと思うと、室内のジムで、それもきちんと目覚めている昼間に走るように言ってくれるし。これで、彼女がいないんだって。信じらんない。
『翔』は、まだ、今のところわたしには謎の人。お父さんが、どこかの会社を経営している、お坊っちゃまだという話だけど、よくわかんない。でも、話をするのは楽しい。なんだか、たくさんのことを知っているし、なんにでも興味があるらしくて、話題がすごく広い。「えっ、どうして?」って、思うくらい、とにかくいろいろなことを知っている。頭がいいのね。そういえば、この前、3人で歩いていたら、外人さんに話しかけられて、哲もわたしも固まってしまっていたのに、翔ってば、ぺらぺらお話ししていたりするんだもの。すごぉい。しかも、英語じゃないの。はじめは確かに英語だったんだけど、途中から、なんだかよくわからない言葉に変わって……。どこの言葉か聞いたら、イタリア語だったんですって。なんだか、もう、ひたすらびっくり!
わたしだけが、取り柄がないのよね。結構、コンプレックス、感じちゃうなぁ。そんなに頭がいいわけじゃないし、背も、そんなに高いわけじゃないし。踊るのだって、はっきり言って落ちこぼれ。ちゃんと、こんなので、デビューなんてできるのかしら。同じグループとしてデビューすることが決まったメンバーのうちのひとり、恵(けい)と同居を始めて3週間がすぎた。
俺が言ったとおりのメニューもこなしているし、ダンスはともかく、声がきれいだ。耳に心地よく響くというのは、一種の才能だと思う。音程もきちんととれていて、どちらかというとあまり歌がうまくないタイプの俺としては、うらやましい限りだ。ただ、ちょっと体力的に難点があるが。
ちょっと『天然』なところがあって、時折ドジなことをしてみせる。悪いやつじゃないな。偶然とはいえ、俺の目は意外と確かだったということか。
もうひとりのメンバー、翔は何でもそつなくこなすやつで、これもまた、一種の才能というものなのだろう。不器用な俺としては、翔の、こういうところもうらやましい限りだったりする。そんな、ある日。
夜中にトイレに立った俺の耳に、ある声が聞こえてきた。
もちろん、俺以外には恵しかいない。
信じられなかった。
もし、これが聞き違いでなければ……
恵の、体力のなさは、当然とも言える。
俺の心配をよそに、恵は俺を裏切っているということになる。
もちろん、俺の勘違いであることもあり得る。
確かめなくては。一週間後、ようやく俺は確かめることにした。
つまり、その時間に奴の部屋へ行くこと。
12時を回ったところで恵の部屋へ行くと、恵は怪訝な顔をして俺を迎え入れた。恵のほかには誰もいない。あたりまえといえばあたりまえの話だが。
真夜中の声は、その間毎日続いていた。それも決まった時間に。
恵ではない。ありえない。なぜなら……
「なあ。ちょっと訊きたいことがあるんだけど。」
「何?」
にこにこしながらそう言う恵の表情には、やましいことがあるようには見えない。これが嘘なら、こいつはかなりの役者だ。もし、嘘じゃなければ、あの声は誰のものなのか。どうしても、そのことが知りたくて、今、俺はここにいる。
「夜中。誰と会ってるんだ?」
いきなり核心をつく。さあ。どうでるか。
「夜中?」
恵がきょとんとして答える。何かが変だ。隠しているようすはない。何も知らないということはありえないのに。
「夜中。おまえ以外のやつの声がしたんだ。……それも、一週間、毎日。」
「誰とも、あってないよ?」
苦笑したような声で、恵が答える。『何をばかなことを。』そう言っている。俺だってそう思いたい。だけど、確かめずにはいられない。
「嘘じゃないな?」
「怒るよ。」
「わかった。じゃあ、確かめたい。おまえも、ぬれぎぬを着せられるのはいやだろう?」
恵が頷くのを見て、俺は続けた。
「真夜中。いつもその声が聞こえる時間まで、一緒にいさせてもらうぜ。」
また、恵が頷いた。そして、ようやくその時間がきた。
俺は、目を、疑った。
恵の身体が、縮みはじめたのだ。恵自身も、かなりびっくりしているように見える。恵の、すがりつくように見える視線が、俺に向けられた。
俺の見ている、その目の前で、恵の身体はどんどん縮んでいき……
それが止まったとき、そこにいたのは恵ではなかった。
「誰だ……?」
かすれた声がどこかでした。俺の声、なのか?
「おれ……。けい……だよ。どんなふうに、見える?」
「どんな……って、女の子に、見える。」
そう。俺の目の前にあらわれたのは、ひとりの女の子。
恵の着ていた服(もちろん、かなり大きい)を着て、恵と同じ髪型をして、恵によく似た顔の、女の子。
その女の子は、おそるおそる鏡に顔を向けて、のぞき込んだ。
「う、そぉ……」
ちょっと高めの、きれいな声。大きめの目。長いまつげ。白くて、柔らかそうな頬。華奢な首筋、手、足。俺は、どうすることもできずに、ただ、目の前に現れた少女を、見つめていた……1時間もすると、また身体が大きくなっていって、元の、見慣れた『ケイ』の姿に戻った。その間、いろんな話を聞いた。
名前は、『ケイ』ではなく、本当は『めぐみ』と読むのだということ。本当は女の子で、ある日突然、男の姿になってしまったこと……
翌日も、やはり恵は女の子の姿に『戻った』。
同じ時間に。
夜中、俺が聞いた声、それは、話してみてよくわかった。恵、いや、めぐみの声だった。女の声。聞いてみると、怖い夢を見てうなされていたらしい。
夜中の声に関しては、俺の誤解だということがわかったが、夜中、いかがわしいことをしているのでないなら、どうしてこんなに体力がないのだろう。ちゃんと眠っているのなら、これだけの体力づくりメニューをこなしているのだから少しは体力がつくはずなのに。そしてある日、とうとう俺はその原因について気がついた。
「恵。おまえ、ほとんど食っていないんじゃないのか?」
「え。」
そう。ある日の昼食時のことだった。今まで気づかなかったのだが、恵がかなりの量を残していることに気がついた。
俺が問いつめると、恵は真っ赤になって、しどろもどろ答えた。
「だ、だって……。体重が……」
男の姿になってから体重が増えたのを気にしてるというのだが、どう見ても太っているようには見えない。仮にもアイドルとなる以上、少しでも見た目がよくなるように努力するのはかまわないのだけど。こいつは、とんでもない思い違いをしているはずだ。
「で、身長は?どれくらい伸びたんだ?」
俺の言葉に、やはりというべきか、恵がきょとんとしてみせた。
「身長。増えたのは体重だけじゃないんじゃないのか?」
もちろん、その後。恵にだんだんと体力がついてきたのはいうまでもない。
……ばかなやつ。