ADLF

空は灰色で雲は濁っている。
彼は俯きがちに、時々話しかけるようだった。
それは、
誰に?
彼のまわりには常に人はいない。
それでも誰かに何かを聞いてほしくて。
それは一見意味のないこと。
けれど、とても意味のあること。
その行動はとても勇気がいること。
消えそうな声であっても、誰かに話しかけるのには
どれぐらいの勇気がいっただろうか。
聞くことのないままに、
彼は私の前から姿を消した。

今も、どこかで生きているのだろうか。
同じように空を時々仰いでは
誰もいないと知りながら、
解ってほしいと願っているのだろうか。
誰かに、
解ってもらえただろうか。
1人きりで生きていたこと、
たった1人で泣いていたこと、
いつも1人だったこと。
支えがほしかったこと、
支えてほしかったこと、
隣りにいていい存在は私ではなかった。

彼は冬の間はずっと薄手のロングコートで
着すぎて色あせてきた青がとても寒そうだった。
室内に入ってもそのコートを脱いだことはなくて
居場所がなくていつも外を歩いていた。
彼はとても神経質で、人と触れるのを嫌った。
嫌っていたのに友達を欲しがっていた。
とても痩せていた。
とても優しかった。
とても綺麗だった。
いつの日か、帰り道が一緒になった。
彼は相変わらず俯いていて、
私は別の友人と喋りながら歩いていた。
彼のほうが少し前に歩いていて、
私は後ろから距離をおいて歩いている。
それはとても不思議な感覚。
彼の後ろを歩く
それは、どこで。
そう、錯覚をおこすような、
あれは、夢だったのかもしれないと思わせるような、
満たされそうな感覚だった。
彼は坂道で脇道に入る、
私たちはまだ先まで進まなくてはいけなくて、
彼が私の前から離れてしまうのが惜しい気がした。
私は友人に気付かれないようにそっと彼を見た。
俯いているのが後ろからでもわかるぐらいの背中。
幸せにはなれない、背中だった。
私が彼から目を離そうとした時、
何故か彼は振り返った。
立ち止まり、私を見た。
俯いていた顔を上げ、
はっきりと私に向かって、
笑ったのだ。
それを見た友人は気持ち悪いと早歩きになった。
私は友人に手を引かれながら彼と見つめ合い、
堕ちてしまえばいいと、思っていた。
彼はあんなにも綺麗なのに。
彼は私を見たのに。
私は次の角を曲がり彼が見えなくなるまで、
ずっと後ろを振り返っていた。

次の日、彼は姿を消した。


彼を愛するのは私だけでいい


Next 2.3.4