緩和 07






 重い。
 重い。
 重い。

 歩く度に首元がジャラジャラとガチャガチャと煩く、擦れる肌が何だか痒く感じてくる。
 首だけではない、腕、手首、指、腰、更には足首まで。
 ありとあらゆる場所で同じ現象が起きている。
 動きづらい事この上ない。
「………………」
 ハーヴェイは無表情のままただ機械的に足を動かし、遠くを眺めていた。
 細められた瞳に生気はあまり感じられない。
 すれ違う人すれ違う人皆同様に振り返り、今だけで言うならばその注目度は祭り一といっても過言ではないだろう。
 そんなハーヴェイの後ろ姿を、本部のテントから出たシグルドと出店探検から戻ってきたキリルとルクスが温かく見送る。
「行ってらっしゃい、ハーヴェイさん! 頑張って!」
 そんな大きな声と共に手をブンブン振るキリルに、ハーヴェイはとうとうその場でピタリと立ち止まり、勢いよく振り返る。
 身体中に無数に装着された美しい光彩を持つ石達と共に。
「てめえら、あとで覚えてろよな!!」
 それは溜まりに溜まったもの全てを込め放ったような、素晴らしい発声だった。



 一人一人チマチマ捕まえるのは面倒だから、どうせだったら一網打尽に出来ないものか。
 そんなハーヴェイの呟きにシグルドが苦笑いを浮かべながら授けた策がこれ。
 そう、数えきれないくらいのネックレスや指輪やブレスレット等、身体中のいたる所に装飾品をちりばめ、ただ歩き回るだけ。
 装飾品といっても大きなダイヤモンドといった宝石がふんだんにあしらわれた人目見ただけで誰もが高価だと判るものを。
 非常にシンプルな囮作戦である。
 装飾品は本日盗みを働き捕まった男達から取り返したもので、一時保管していたものを本人の承諾を得て借りたもの。
 どれもこれも盗みのターゲットにされるだけの価値は十分にある、ずっしりと重い宝石だらけの品々だ。
 こんなものをつけて歩いていれば一人か二人は魔が差した衝動的の犯行に及ぶ者も出てくるかもしれないが、何せ数が数である。
 普通はただただ呆気に取られてしまい、魔が差す暇などありはしない。
 狙ってくるのは、最初から盗むつもりでいる人間のみ。
 ただでさえ厳重警戒の影響で盗みや強盗を働くのが難しくなっているのだ。
 それどころか下手をすれば捕まり、全てを棒に振る事になってしまう。
 毎年の警備の穴を見越して事を進めようと思っていた人間には、さぞ苛々し面白くない状況だろう。
 こんな中、背中を丸めてダラダラとエサが一人で歩いていれば間違いなく飛びついてくる。
 以上がシグルドの見解である。
 言いたい事は判る。
 判るが。
「だからって何で俺がこんな事を!」
 最初話を聞いた時はまさかと思って呆然としてしまった。
 作戦と呼ぶにはあまりにもシンプル過ぎ、そして大胆過ぎるそれに、思考が一時停止してしまったのだ。
 ハーヴェイが気づいた時にはシグルドの手により既に装飾品の持ち主への交渉が終了し、身体中にこれでもかと罠を張り巡らされたあとだった。
 その後もどこかボーッとした頭は抵抗を忘れ、そして今に至る。
 今の自分は、確かにシグルドの言うとおり背の丸まった隙だらけのだらしのない人間に見えるだろう。
 覇気などありはせず、やるせないにも程がある。
 しかし今更ブツブツ文句を言ってももう遅い。
 形はどうであれ、ハーヴェイは無数の高価な装飾品を預かってしまったのだ。
 苛立つ気持ちのままに投げ捨てる訳にもいかないし、外して持って歩くにはあまりにも細か過ぎるし、量も多過ぎる。
 歩みをスタートさせてしまった以上、最後までやりきるしかない。
 こうなったらもうヤケだ。
 周囲の視線も顧みず、見るなら見ろくらいの心意気で満遍なく街を練り歩いた。
 一通り人混みを流れたあとは、スッと路地裏へと足を踏み入れる。
 表の場所だけに重点を置いても意味がない。
 本命はむしろこちらの方だ。
 祭りの騒々しさや明るさが段々と小さくなっていく。
 先ほどまで自分が走り回っていた裏の場所へと、再び戻ってきたのだ。
 休憩は終わった。
 ここからは仕事の時間だ。
「……なーんてカッコつけたところで、このナリじゃどうしようもないよな……」
 大きな溜息と共にガクリと肩を落とす。
 それと一緒にジャラッと音を立てる宝石に再度溜息をこぼしながら、今度は少しだけ意識してゆっくりと歩き始めた。
 盗みに入る家を物色しているかもしれない人間の目につくように、気持ちとしては「夜の散歩」を演出する。
 事前に目を通していた地図を思い浮かべて家の並ぶ通りをのんびり歩き、人気のない公園に立ち寄り、また別の家が並ぶ場所を歩き、そしていわゆる裏道と呼ばれるような細く薄暗い場所を歩く。
 この繰り返し。
 目的のものがエサにつられて寄ってくるまでひたすら繰り返す。
 これは忍耐の勝負だ。
 痺れを切らさずにしっかりとエサになれるか、そして慣れない煩わしい量の装飾品に耐えられるかどうか。
 しかし暇な頭は先ほどから疑問しか浮かべていない。
 本当にこれで望み通り一網打尽に出来るのだろうか。
 そもそもこんなあからさまに「囮です」と言っているエサに引っ掛かる人間などいるのだろうか。
 背後からでも正面からでも襲ってきたのならば返り討ちにする自信はあるが、それがくるのかは少々疑わしい。
 これで何事もなく本日一日目の仕事が終了したとなれば、明日からこの仕事に対する士気に大きく影響を及ぼす事は明白である。
 しかし一網打尽に出来ないかとシグルドに相談したのは他でもないハーヴェイ自身で、今更やっぱり止めるとは口が裂けても言えない。
 今はただじっと我慢するしかないのだ。
 相手の行動待ちとなる囮作戦はじれったくてやはり性に合いそうもない。
 何度目かの溜息が口をつく。

 しかしそんなハーヴェイの疑問が杞憂に終わった事に気づいたのは、これから少し長めの裏道にでも入ろうかと気まぐれに足を向けていた時の事だった。





 


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