緩和 06
「………………だからもう疲れた、と?」
「疲れるだろ、そりゃ。これまでどんだけ全力疾走させられたと思ってんだ。見せてやりたかったぜ、この俺の勇姿を」
今、ハーヴェイの目の前には白い発泡スチロールの皿に乗ったイカ焼きが二つある。
焼き立てを主張するかのような湯気と、皿を通して手の平まで伝わってくる温かさ、いや、熱さ。
そろそろ夜も遅い時間になるというのに、周囲に並ぶ出店の活気は衰えず、行き交う人の波も衰えずで、相変わらずの「お祭り」雰囲気は留まるところを知らない。
これでビールでもあれば最高なのだが、休憩時間中にそんなものを飲むほど仕事を舐めてはいないので、ハーヴェイの手の中のイカ焼きとセットになっているのは紙コップに注がれた何の変哲もない普通の茶だ。
小気味いい音を立てながら割り箸を割り、「いただきます」と手を合わせる。
その向かいに座るシグルドは一度瞳を伏せると、同じく紙コップに入った茶にゆっくりと口を付けた。
仕事中当然のように設けられた休憩時間をどこでどう過ごすかは本人の自由だったが、ハーヴェイは出店が並ぶ通りに設けられている自警団の本部テント内で過ごす事にした。
テントの先頭に置かれた長テーブルの真ん中に「自警団本部」と書かれた紙をぶら下げ、受付には常に三、四人が控えて客の対応をしている。
落し物や迷子、道案内ほか、スリにやられた、あっちで喧嘩が、など問い合わせは様々である。
そんな受付から少し離したところに長テーブルがいくつか並べられており、そこが待機場所や休憩場所として使われている。
ハーヴェイも始めのうちは、せっかくの祭りだから色々見て回るのもアリかと思ってはいたが、散々走り回ってきた今、そんな元気はあまり残ってはいない。
あれからハーヴェイの功績は、三人から六人へと早くも記録を伸ばしていた。
それでも少しは祭りに触れようと、自警団の人の好意で買ってきてもらったイカ焼きにありついている最中なのである。
シグルドは元々この本部付近に身を置いている。
作戦を立てたりシフトを組んだりとこの仕事の土台を築き上げたせいか、何かあればシグルドに指示を仰いだり報告、相談しようという人間が多いのだ。
それなのに暗い場所をウロウロ見回りして居場所が掴めないのはマズイという事で、なるべく目立つ場所にいるようにしている。
ハーヴェイがこの場所を選んだのは「何となく」や偶然であるが、シグルドは必然だった。
「そういえばキリルは? 一緒じゃないのか?」
最近よくシグルドと一緒にいるキリルの姿が見えないとキョロキョロ辺りを見回していると、ああ、と思い出したかのような声が上がる。
「今ルクス様と一緒に出店を見て回っている。せっかくの祭りだしな、休憩時間くらい羽を伸ばしても罰は当たらないだろう」
「元気だな、おい」
豪快に丸ごと割り箸で掴んだイカ焼きを大きく頬張りながら呆れたように肩をすくめる。
自分ももう少し若かったら疲れなど物ともせずに同じようにはしゃぎまわっていたのだろうか。
想像力を膨らませようとして、そして止めた。
それをする事に何の意味も見出せなかったから。
それより今は目の前にある小さな祭りをささやかに楽しむ事にする。
十分に煮込まれたそれは少しだけしょっぱく感じたけど、それでも妙に身にしみてしまう。
もしゃもしゃ口を動かし、飲みこんでから茶をすする。
一度こうして腰を落ち着かせてしまうと、改めて身体に溜まった疲れを実感してしまう。
足のマッサージをお願いしたいくらいだ。
しかし疲れたからといってこれからの自分の仕事を投げ出す訳にはいかない。
それでも愚痴をこぼすくらいは許してもらいたい。
警備がこれほど大変だとは思いもしなかった。
この調子ならこれからも功績が伸びそうだ。
どうせ捕まえる事になるのなら、一人一人じゃなくていっその事一網打尽に出来ればいいのに―――――。
「一網打尽か……そうだな、まあ方法はなくもないが……」
「え、本当か!?」
ハーヴェイの愚痴に静かに耳を傾けていたシグルドからの思いもよらない発言に、無意識に俯き加減でイカ焼きを食していたハーヴェイの顔が勢いよく持ち上がる。
それはまさに救世主の言葉に等しい。
久々に全力疾走など繰り返して疲労を溜めこんだ身体にはまたとない朗報。
方法があるのなら是非承りたい。
が、しかし後々ハーヴェイは思う。
この時シグルドが浮かべていた苦笑いを、自分は一生忘れる事はないだろうと。
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