緩和 05






 夜が更け、白く浮かぶ星や月が空の主役になり始める。
 昼間に比べて涼しくなる風が心地よい静かな夜。
 しかし今日から三日間は昼夜関係なく街が明るく活気づく事になる。
 街の人間は勿論、大勢の観光客も祭りを盛り上げ成功させる為の大切な要素だ。
 人々が行きかい煌々と明かりが灯る出店が並ぶストリートから少し離れた住宅地にも遠くからの賑やかな声や音、雰囲気が流れてきている。
 静かで街灯の明かりのみのその場所は、祭りの開催場所と比べると若干の寂しさを感じるかもしれない。

 そんな中、ハーヴェイは夜道を全速力で駆け抜けていた。

「往生際が悪いんだよ! このッ!」
 前方を必死で走る男の背中をようやく射程距離に入れたところで大きく声を張り上げる。
 上がる息を噛み締めるように歯をギリギリ食いしばり、腕を目一杯伸ばして襟を掴む。
 窒息しないよう角度に気をつけながらそれを引き、バランスを崩した男を無遠慮に引き倒した。
 地面に背中を叩きつけられた男の呻く声が聞こえる。
 が、逃がすわけにはいかないと、ハーヴェイは掴んだ襟をそのままに素早く膝を折り曲げて片方を喉元に、もう片方を腕に乗り上げるように固定して相手の動きを封じる。
 ぐっと喉元を圧迫すれば男は更なる呻き声を上げて身体を硬直させて抵抗を弱める。
 数分前から始まったこの鬼ごっこは、ハーヴェイの運動能力と体力に軍配が上がった。
「おら観念しな! ネタは上がってんだ、さっさと出すもん出しやがれ!」
 さもないと、と膝に更なる力を入れる素振りを見せると、男は慌てて懐からジャラジャラと宝石だの時計だのの金目の品を取り出してきた。
 男の手の動きが止まったのを見計らって「全部出したのか」と確認すれば「もう持っていない」との答え。
 しかし最初から疑ってかかり膝に徐々に力を入れていけば、平謝りしながらズボンのポケットに隠し持っていた残りの細かな宝石を差し出してきた。

 ハーヴェイが警備についてから一時間ほどが経過したが、既に三人目の不審者である。
 勿論全体を通してではない。
 ハーヴェイが捕まえた人数で、である。
 一人目は路地裏での恐喝、二人目は道端で堂々と暴行、そして三人目は空き巣狙い。
「はあ、この調子だと今日一日で何人出てくんだよ、これ……」
 少し狙われすきやしないか、この街は。
 これまでの警備がザル過ぎて盗りやすいと思われているのか、行き当たりばったりな悪い出来心の仕業なのか。
 それに先ほどから単独犯ばかりだが、これがどこかの集団の計画的行動の一つなのかどうかも現段階では判断のしようがない。
 あれこれ考慮しながら行動しなければならないのは、なかなかに面倒な事だ。
 大きなため息をつきながら髪をガシガシとかき、予め用意していたロープで宝石泥棒の身体をグルグルとふんじばって後から追い付いてきた仲間に身柄を引き渡す。
 捕えた不審者はこのまま街の警察へと直行だ。
「……ったく、祭りの夜くらい素直にそいつを楽しめないもんかね……」
 地上の騒動など知る由もなく優雅に浮かぶ月を見上げながらポツリと呟く。
 風も同様に、走り回って火照った身体には酷く心地いい。
 ここに深い溜息なんかがなければ、もっと風流に感じられたのかもしれない。





 


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