緩和 02






「で、今回の俺達の仕事はその祭りが何事もなく無事終えられるよう自警団と協力して街の警備、及び不審人物の撃退って訳か」
 依頼書を指でつまむようにして顔の前まで持ち上げヒラヒラと揺らしていたハーヴェイは、腕を下ろすと同時に視線を長テーブルの先に座る上司へと向ける。
 その上司、キカはテーブルに両の肘をつき手を組みながら頷く事でそれに応えた。

 決して広くはない作戦会議室の照明は、天井に吊るされた数個のランプとテーブルの上の二つのランプで保たれている。
 波の気まぐれでユラユラ揺れる天井のそれは酷く不安定に見えるが、大掛かりな作戦がある度に外の光が届かない船の中の部屋で同じ事を繰り返していればいい加減慣れるというもの。
 視界の悪さを気に留める事もなく、キカの凛とした声音が響く。
「今回はこれまでの依頼とは違い、広範囲を大人数で動く事になる。綿密な作戦と細かな指示が必要になるだろう。経験値から考えてもキリルに全体指揮はまだ荷が重いと判断した。そこで今回は私達が中心となって動く」
 いいな、とキカは己の腹心であるハーヴェイと、そしてその正面で静かに腰を下ろしキカの話に耳を傾けているシグルドに目配せする。
 礼儀正しく背筋を伸ばして上司の視線に頷くシグルドに対し、ハーヴェイは頬杖を付きながら投げ出すように組んでいた足を気まぐれに解く事でそれに応えた。
「しかし私達の真ん中にあるのはあくまでもキリル、その事は忘れるなよ」
「つまり今後の為に勉強させてやるって訳っすね」
「そうだな、それもいいだろう」
「ならこういう場面にも呼んでやった方がいいんじゃないっすかね? キカ様とシグルドの作戦会議だろ、勉強しがいがありそうだ」
 二人とも多少言葉は選ぶだろうが、初心者に合わせてのんびり作戦を立ててくれるような甘い性格はしていない。
 さぞスピーディーで大量の情報が飛び交う大変な授業になる事だろうと、嘗て身をもって苦労を経験した事のあるハーヴェイがクツクツと笑い声をもらす。
「ああ、そうだな……」
 すると不安定なランプの明かりがキカの含みある不敵な笑みを映したような気がして。
 思わずハーヴェイの口から笑いが引っ込み、どうかしたのかと笑みの理由を問おうとしたその時。

 コンコン。

 静かな部屋に控えめなノックの音が鳴り響いた。
 三人の視線が一斉にドアの方へと向けられる。
 いち早く反応したのはキカで、ドアの向こうにいる相手を確認する事なく「入ってくれ」とすぐに返事をした。
 その事からキカはこの場所に誰かが来る事を知っていた、もしくはキカが呼んだと考えるのが妥当だろう。
 ある程度作戦が固まるまでは情報漏洩やいらない混乱を避ける為と、キカとシグルド、必要に応じてハーヴェイ等を交えた少数精鋭という形を取る事がほとんどだったので、途中から会議の追加メンバーだと思われる人物の登場を少しだけ意外に思う。
 一体誰なんだとハーヴェイがじっとドアを見つめていると、キカの入室許可にそれがノック同様控えめな音を立てて開かれる。
 三人の視線を浴び緊張の面持ちで部屋に入ってきたのは、今し方話題にのぼっていたキリルだった。
 ペコリと頭を下げ、場の雰囲気を読んで音を立てないよう慎重にドアを閉めた後、部屋の端の方へと移動する。
 立ち姿が心なしかピッと伸びて見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
 広々とした作戦会議室ならば部屋の隅などとてもじゃないが指揮官と普通に会話出来る距離ではないが、ここは船の中の限られた空間に作られた一室にすぎない。
 声を聞くのも、普通に会話をするのも十分事足りる。
 ここでハーヴェイは全てを理解する。
 キカは最初から作戦を立てる場面にキリルも立ち合わせ、スパルタ授業で経験を積ませるつもりだったのだ。
 先ほどの笑みもこれを意味していたのだ。
 途中から呼んだのは、ハーヴェイとシグルドに自分達が中心になって動く事を改めて前置きする為。
 まさか本人の前で「荷が重い」だの「経験値不足」だの言えるはずもない。
 さすがやる事が早いと小さな笑みが浮かんだ。
「全員揃ったな」
 キカの視線が今一度室内にいる人間一人ひとりを確認するように巡らせられる。
 ハーヴェイ、シグルド、最後にキリル。
 全てを確認したところで、キカの顔がしっかりと持ち上げられる。
「ではシグルド、始めよう」
「はい」
 指名を受けたシグルドが腰を上げる。
 まずは任務内容の確認をハッキリと丁寧に行いつつ、何時の間に用意したのだろう数枚の紙を全員に素早く配っていく。
 新聞紙を半分に折った程度の大きさだ。
「まず一枚目、こちらが街の全体図。そして他がそれを四つに分けて細部まで記した地図です」
 皆の視線が手元の紙に落とされる。
 全体図の方に神輿が渡御するルート、出店や屋台の出る場所等が赤く記されている。
 事前情報によると三日間通してルートも屋台の出る場所も毎年同じという話なので、こちらとしても準備がしやすい。
 皆を見渡せるよう起立したままでシグルドの発言が続く。
「明かりの多い賑やかな場所は、これまで通り自警団の方々に任せて問題ないと思います。こちらからは数名出せば事足りるでしょう」
 警備の配置を考えた時どうしたって人通りの多くなる場所は無視出来ない。
 普通はまずそこから固め、最後に街全体の見回りの事を考える。
 が、しかし人員が十分に確保出来ていない場合、行き渡らない部分というものが必ず出て来てしまう。
 苦し紛れの中途半端な状態。
 これでは少し調べればすぐに穴が見つかってしまう。
 そこでこれまで内も外もと大忙しだった自警団全員を内に集中させる。
 そうする事でより細部にわたって目を光らせる事が出来る。
 賑やかな場所で起こるトラブルは、大体スリか酔っ払い関係と相場が決まっているものだ。
 むしろ。
「むしろ問題なのは賑やかさに隠れた影の部分」
 これまで軽快に進行役を務めていたシグルドの声音に重みが増す。
 端で立ち、黙って会議を見聞きしているキリルにも緊張が走る。
「大掛かりな窃盗等を企てるとしたら、人目につきやすい場所ではまず実行しません。祭りという絶好の目眩ましがあるのなら間違いなくそれを利用する。我々はこちらに重点を置くべきでしょう」
 そこまで言うと、シグルドの視線がスッとキカに向けられる。
 キカが小さく頷くのを確認したのち、着席した。

 そう、問題なのは影の部分。
 ある程度予想のつく表とは違い、何が出てくるか判らない真っ暗な裏の部分。
 依頼人は十中八九、こちらにそれを期待している。
 だがそれでいい。
 自警団とはいえ、あくまでも民間人。
 喧嘩の仲裁は出来ても戦闘に不慣れな人間がほとんどだろう。
 仮に腕の立つ人間がいたとしても、それは大暴れした酔っ払いや犯行がバレて逃げたり抵抗しようとしたりする人間相手に発揮してくれればそれでいい。
 裏の方は、魔物や盗賊との戦闘経験を数多く持つ「プロ」に任せておけばいいのだ。
 その為に自分達がいるのだから。
 一度引き受けたからには、最後まで各々与えられた仕事をキッチリこなすのみ。
 いい仕事をするにはシッカリと立てられた作戦が不可欠だ。

 キィキィと小さく音を立てて、波の揺れるままに揺れるランプの明かり。
 時間など気にせずどんどん意見を出し合って話を進めていく三人と、それを真剣な眼差しでじっと見つめる一人を、いつまでもユラユラ照らしていた。





 


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