約束 7






× × ×


 何だか見覚えのある景色だ。
 キリルだけでなくアンダルクとセネカも最初にそんな印象を受けた。
 最初の目的地であるエルイール要塞の跡地に到着したキリル達が見たのは、本来なら無人である場所で何かをしている兵士の姿。
 軍服からして長老派と呼ばれていた兵士だっただろうか。
 結構な人数が集まり何かをしている。
 こんな光景は確かに以前見た覚えがあった。
「キリル様、これって…。」
「うん、あの時と同じだ。」
 リノにクールークの調査を申し出て初めてエルイール要塞に来た時。
 あの時も兵士が何人も集まって要塞を再び使えるようにしようとしていた。
 どんな指示が出されているかは知らないが、雰囲気からしてこの要塞跡地を片付けてるという雰囲気ではない。
 クールークにはそんな事を悠長にしている余裕はない筈だ。
 かといって群島諸国に攻め入る余裕もない筈。
 一体何のためにこんな場所に集まっているのだろうかと、隠れていた瓦礫の陰から少しだけ身を乗り出して辺りの様子を窺う。
 人数はそれなりに多く、戦闘になった場合5人では辛いかもしれない。
 それに奥の方に何か見覚えのある大きな装置が見える。
「あれは…っ!」
 いくつも置かれているそれは紋章砲。
 赤月帝国との国境付近の村で同じ形を見た。
「何であれが…。」
「不審な動きというのはこの事みたいですね。」
「馬鹿の1つ覚えみたいにエルイールばっかり使うなよ。」
「ここが群島諸国に1番近いからな。自然とそうなるんだろう。」
 そんな事よりも、この状況で何故ここに紋章砲を、という疑問の方が強い。
 単純に考えれば群島諸国へ攻め入る準備か、もしくは群島諸国から自国を守る為の防衛ラインを作っている、そう考えるべきだろう。
 でも今のクールークには他国に気を回している余裕はなく、自国の事で精一杯という状況にある。
 それに今この国のトップにいるのはコルセリアで、彼女の補佐としてオルネラとバスクもいる。
 3人ともこんな時にこんな指示を出す人だとは思わない。
 制服が長老派で統一されている辺り、コルセリアの言葉など一切無視して勝手に動いているのだろうか。
 こんな時なのだから他にもっとするべき事があるのではないか。
 混乱している国内で頑張っているコルセリアの事を考えればキリルは無意識に武器を強く握り締めていた。
 紋章砲を平気で持ち出しているという事もキリルの怒りを煽る原因となっている。
「キリル様、落ち着いてください。」
 今にも飛び出していきそうなキリルへアンダルクが声をかける。
 兵士だけなら最初に上手く奇襲を仕掛ければ何とかなるだろう。
 でも紋章砲があるなら話は別だ。
 砲弾にも砲台にも限りがある今では、ここにある紋章砲がどれだけ使われるかは分からない。
 ただのはったりとして置かれている可能性もあるが、この中の1台でも動いてしまえば十分に脅威になるのだ、迂闊に出ていくべきではない。
 アンダルクの声にキリルは何とか踏み止まる。
 紋章砲の威力は覚えている。
 アンダルクが止めるのは当然と思うが、それでもこのまま放っておくなんてとてもじゃないが出来ない。
「リノさんに頼まれたのはクールークの不審な動きについてで、この事を報告すれば依頼は十分果たせると思う。」
 キリルの意見に全員が頷いた。
 けれどキリルは武器を強く握り締めたまま首を横に振る。
「でも、ごめん。紋章砲が目の前にあるのに、このまま引き返すなんてボクには出来ない。」
 今度こそ本当にキリルは飛び出そうとしたが、シグルドがその腕を掴んで自分の方へと引っ張った。
 思わず、離してください、とキリルが叫びかけたので慌てて口を押さえる。
 随分バタバタとしてしまったが、兵士達がこちらに気付いた様子はないのでほっと息をついた。
「落ち着いてください。誰も行くなとは言っていません。」
「おい、アンダルク。範囲の広い紋章術は使えるか?」
「ああ。」
「だったら敵の真ん中に叩き込め。騒ぎに紛れて俺とシグルドとキリルが突っ込む。」
「セネカはアンダルクと一緒にオレ達の援護を。」
「ええ、分かったわ。」
「それでいいですね、キリル様。」
 奇襲を仕掛けて混乱している中に突っ込み、砲台の準備が整う前に壊してこちらのペースに持っていく。
 少し落ち着いたキリルがシグルドの確認にしっかりと頷いた。
 暫くは相手の様子を窺い、キリルが合図を出すと同時にアンダルクが詠唱を始めた。
 その魔力の流れを感じたのだろうが、数人の兵士が何かに気付いたようにこちらを見た。
 けれど正確に何が起きているのか理解する前にアンダルクの詠唱が終わり、ちょうど人が集まっていた場所を中心に強い風が兵士達へと襲いかかる。
 その風が消える寸前にキリル達は奥にある紋章砲へと向かった。
 アンダルクの紋章から逃れた兵士もいるが、突然の襲撃に浮足立っているのは目に見えて分かり、突破もそう難しくない。
 一気に走り抜けてキリルは紋章砲へと力いっぱいに武器を振り下ろした。
 足の部分が壊れてがたりと傾いた所に紋章の力を込めてもう一撃。
 本体部分が真っ二つに割れては、この紋章砲はもう使えないだろう。
 崩れ落ちた紋章砲を見てキリルは一つ息をつく。
 そこでようやく我に返った兵士の声が響いた。
「何だ貴様らは!?」
「通りすがりの海賊と旅人だ!」
「ふざけるな!」
「ふざけてねえよ!」
 暇だった、というのは本当だったようで、生き生きとした様子でハーヴェイが兵士達の中へと突っ込んでいく。
 ストレス発散とでも言えばいいのか、勢いがありすぎて逆に心配にさえ思える。
 でもその辺りを心配する必要がハーヴェイにあるとは思えず、万が一の事があってもシグルドが上手くフォローするだろう。
 キリルもセネカのフォローに助けられながら向かってくる敵を撃退していく。
 どうやら奇襲は上手くいったようだ。
 人数は向こうの方が圧倒的に多いが陣形は随分崩れた。
 このまま向こうが落ち着きを取り戻す前に敵の戦力を削っていけば、上手くすれば撤退していってくれるかもしれない。
 そうなれば後の調査は楽だ。
 詳しい話は気絶している兵士にでも協力してもらえばいい。
 とにかく今の問題は紋章砲。
 早々に壊せればいいのだが結構頑丈な物で、完全に使えなくなるまで壊すとなると結構な労力がいる。
 キリルの左手にある紋章ならそう難しくはないのだが、元々そんなに魔力は高い方ではなく、残念ながらここにある全てを壊すまでは持たない。
 全ての紋章砲を壊すのと、ここにいる兵士を全員撃退するのと、選ぶとしたらどちらがいいのか。
 状況を見ながら考えているキリルの所へと向かっていく兵士が数人。
 囲まれては面倒だと再び左手の紋章へと意識を向け、向かってきた兵士達を一気に薙ぎ払う。
 その勢いのまま紋章砲へも攻撃を加えたが、砲台の一部は壊れるものの完全な破壊にはやはり遠く、左腕に伝わってきた衝撃にキリルは少し顔を顰めた。
「やっぱり今すぐ壊すのは無理か…。」
 紋章術なら違うだろうかとアンダルクの方を見るが、彼は主に遠くに配置された紋章砲や後方援護をしている紋章師を相手にしている。
 今すぐに駆け付けられない、ナイフや矢では距離が若干不安な場所に配置された紋章砲もあるので、そこに砲手が行かれては厄介だ。
 アンダルクはそんなふうに遠くを、セネカはキリルを気にしながら詠唱に入るアンダルクの援護もしている。
 2人とも接近戦には弱いが、かといって簡単に弱点を突かれるような失敗はそうそうないだろう。
 ハーヴェイとシグルドの様子へと目を向けてみれば、少し離れた場所にいる2人は人数的には負けていても戦況的には問題はなさそうだ。
 ただキリルが半ば単独行動になってしまったが仕方がない。
 以前ならこんな時はルクスが傍にいてくれた。
 いつだって助けてもらい随分と戦いやすかったな、と一緒に戦っていた頃を思い出すが、今はここにいない人を頼ったって意味がない。
 ルクスがいなかったから負けた、なんて無様な結果にならないよう戦いに集中する事の方が大切。
 兵士を撃退しながら隙を見て紋章砲の破壊を試みる。
 壊すのは難しいが壊せない物でもない。
 1つ2つと完全に壊れて使えない紋章砲の残骸が増えていく。
 本当にどれだけ集めていたのか随分と数があるが、紋章砲よりも多く兵士達が倒れていっているので、戦況は随分落ち着いてきたように見える。
 兵士達を退けた後でも紋章砲は十分壊せるのだから、砲手に気を付けていれば兵士達の撤退が先でも紋章砲の破壊が先でも構わない。
 そう判断をして戦ってたのだけれど。
「っ…!?」
 突然響いた爆発音にキリル達は驚いて顔を上げた。
 こちらだけでなく敵側の兵士達も驚いている。
 紋章術の爆発音なら聞き覚えがあるのでここまで過剰反応しないが、今の爆発音は聞き慣れないものだった。
 そして少し遅れて崩れて残骸だけが残っていた要塞の壁の一部が吹き飛んだ。
 余りにも勢いよく壁が大きく崩れたので、咄嗟に何が起きたか分からず茫然と崩れた壁を見る。
 けれどすぐに状況を理解してキリルは勢いよく振り返った。
 もう既に運び込まれている紋章砲が全てと思っていた。
 それだけの台数があったので他にもあるとは思っていなかった。
 だがそれが間違っていたようで、要塞の外から運び込まれていた紋章砲が1門。
 運び込んだ直後に固定もせず砲撃した為、砲台が動き狙いがずれてしまったようだ。
 それがなければ直撃していたかもしれない。
 可能性を考えてさっと血の気が引いたが、体は勝手に次の行動へと移っていた。
「アンダルク!」
 キリルもハーヴェイも走っていくには少し遠い。
 セネカとシグルドも間合いを詰めなければまともな攻撃にならない。
 砲台か砲手を何とか出来るのはアンダルクの紋章くらい。
 詠唱が間に合えば、という条件が付いてしまうが、他の人が兵士達の攻撃をくぐり抜けて駆け付けるよりは可能性がある。
「ほ、本当に撃っても…。」
「ここで壊されては意味がないだろう!」
 そんな砲手の声はキリル達に届かないが、戸惑いながらも次の砲弾が準備されているのは見える。
 こんな時にのんびりと長く詠唱しているわけにもいかない。
 でも威力もそれなりに伴わなければ止められない。
 その判断は間違っていなかったけれど、ただほんの僅かに向こうの方が早かった。
 アンダルクが砲手に向けて紋章を発動し雷を呼ぶ。
 それより少し前に砲台に光が集まり紋章砲が放たれた。
 そして砲台はキリルがいる場所へと向けられていた。
 敵も味方も関係ないのか、兵士達がろくに避難する間もなく、それはキリルも同じ。
 キリルの周りの紋章砲が壊れていたから構わないと判断されたのか、それとも偶然に砲台の向きがこちらだっただけなのか、理由は知らないが分かったとしてもどうしようもない。
 アンダルクの紋章で砲手が倒れたけれどもう遅い。
 咄嗟にキリルは武器と腕を前に持ってきて防御の構えを取る。
 意味があるとは思っていない。
 ただ無意識だっただけで、キリルは強い衝撃を覚悟してぎゅっと目を瞑った。
 そして聞こえたのは人の悲鳴だった。





 


前<<  >>次

NOVEL