約束 6
「ルクスとの付き合いは2年前からで、戦争の後はそんなに頻繁に会っていたわけじゃないけど、あいつの諦めの良さはよく知っている。」
軍主としてのルクスは頼りになる存在だった。
感情に左右される事はなく判断は的確で、それでいて柔軟な対応も出来るものだから、彼が軍主である事に不満はあまりなかった。
ただ17歳の青年としては不安が強かった。
軍主としてクールークに勝つ事を絶対とし、そこは決して譲る事はなかったが、その為に自分を犠牲にする事には一切戸惑わなかった。
もしかしたら見えない所で思い悩んでいたのかもしれない。
そうだとしても決してそれを表に出さずに不安も恐怖も何もかもを押し殺してルクス個人の言葉も感情も殆どを切り捨てた。
本当に驚くくらい自分に対しての諦めがいい人だ。
そんなルクスがキリルに対しては目に見えて分かる程に悩み、自分の気持ちを伝えようと一生懸命になっていた。
以前のルクスを知っている人なら誰だって驚いた筈だ。
大切にしたい、大好きな人を想いたい、出来る事なら傍にいたい、
不器用ながらもルクスはキリルに伝えていた。
あんなに自分の感情を表に出しているルクスを見るのは初めてで、だからハーヴェイもシグルドも面倒だと言いながらつい手を貸していた。
でもルクスはやはり基本的に諦めのいい人だ。
あれだけ大切に想ったキリルの事も、おそらくはキリルのこの先の妨げになりたくないといった気持ちからだろう、時間をかけて悩んだ末にそっと静かに諦めた。
「ああなったルクス様に誰が何を言っても無駄です。勿論オレ達も。ですがキリル様だけは違います。」
「どうして?」
「キリル様の考えを1番知っているのはキリル様自身。貴方の事を色々考えた結果の結論でしょうから、それを本人に否定されれば違うんだと考えを改めるしかありませんから。」
「逆に言えばお前がこのままなら確実に何も変わらないって事だ。」
ズキリと胸が痛む。
このままがいいなんてキリルは思っていない。
変えられるものなら変えられたらいいなとは思う。
けれどどんなふうに変えたいかなんてキリル自身も分からない。
故郷を見てみたい、残った紋章砲を追いたい、単純に他にも色々な世界を見てみたい。
でもルクスと一緒にいたい、出来れば彼を想っていたい、けれど彼の願いの妨げにはなりたくない。
その両方の願いを1つにまとめる方法なんてあるのだろうか。
少なくとも今のキリルにはそんな都合のいい方法なんて浮かばない。
今までずっと考えて、考えてきたけれどどうにもならなくて、だからキリルは諦めた。
我慢して諦めるしかどうしても浮かばなかった。
「ボクは…。」
「………。」
「ボクは、ルクスが大好きで、一緒にいられたら凄く嬉しい。でもその気持ちにルクスを巻き込んで、それでいいのか分からない。」
「………、あのなぁ…。」
「故郷にも帰りたいし、紋章砲も追いたい、ただ単に何処かへ旅をしてみたいという気持ちもある。これはボクだけの気持ちでいい。何を選んだってルクスに迷惑はかからない。迷惑はかけたくない。」
語尾がだんだんと弱くなる。
風に掻き消されそうな程だが、それでも2人の耳には今にも泣きそうなキリルの声がしっかりと届いた。
「最後に嫌われるなんて事はしたくないんです。」
耐えきれずに呟いた弱音に対して返ってきたのは、後頭部への衝撃と痛みだった。
叩かれたんだと少し間を置いて理解する。
叩いたのは呆れ顔のハーヴェイで、あまり手加減はされていなかった。
「だから何で最後なんだ。諦めるのが完全に前提じゃないか。」
「それは…。」
「お前がそれでいいって言うならオレ達も納得するが、だったその顔をやめろ。泣きそうな顔じゃなくて晴れやかに言え。」
「………、無理です。」
「それなら少しくらい戦え。」
またしても叩かれる。
痛みに少しだけ目元が熱くなったが、これが本当に後頭部への衝撃の影響なのかは分からない。
「ルクス様はキリル様が本当に大切です。」
「………。」
「流石にそこを疑うのは薄情だというのは分かっていますよね。」
「………、はい。」
確かにとても大切にしてくれた。
疑うなんてあまりにも酷い事だと思うくらい、本当に大切に。
「2人とも手放す事に慣れていて、だからこそ旅の終わりを本当に重く受け止めていますけど、こちらにしたらいつもと同じです。」
「いつも?」
「簡単な問題を無駄に難しくて、更にお互い勝手に臆病になって身を引いて自己完結。」
あまりにも的確過ぎて耳が痛かった。
確かにこんな調子で何度も2人に迷惑をかけて、その度に背中を押してもらいながらルクスと話をした。
今回もよくよく考えれば同じパターン。
2人には色々と迷惑をかけたのに結局自分はそんなに成長出来なかったんだな、とキリルは少し落ち込んだ。
「いつも一生懸命言葉にして何とかしてきたんです。今回だって同じでいいんですよ。」
「というか何で相手に相談するって発想がないんだよ。それがまず何より最初だろうが。」
2人の意見は間違っていない、というのはキリルも理解出来る。
だってシグルドの言う通り確かにいつだってこうして解決してきた。
何を話し合えばいいのかヒントを教えてくれて背中を押してくれた。
今回は話し合うべき事は明確なのだ、本当なら2人に迷惑をかける事なく終わっている問題。
でもキリルはそれが出来なかった。
手放す事に慣れている、というのは確かにその通りかもしれない。
だから、手を離さない、という事が酷く難しく感じる。
旅を続けていたキリルにとっては別れは頻繁にある事で、それを拒むのは周りを困らせる我儘でしかなかった。
嫌がって泣いて寂しがって、でもそのうちに別れを受け入れる。
何度も何度もそれを繰り返した。
そのうち嫌がりも泣きもせずに受け入れるようになった。
でも簡単に出来るようになった筈の事が出来なくなった今回の別れを、嫌がって我儘を言ってルクスの手を掴んでもいいのだろうか。
少し考えてみたが分からない。
ルクスに聞いた事がないのだから分かる筈もない。
「………、今から話し合うって…、出来るんでしょうか…?」
「出来ますよ。たとえ赤月に帰った後だって戻ってくればいいんですから、群島諸国にいる今なら簡単です。」
シグルドが軽い調子で言ってくれるから、キリルは無意識に強張っていた体から少し力を抜く事が出来た。
二度と会わないと宣言してお互い決別したわけではないのだから、会おうと思えばいくらでも会えるし、話そうと思えばいくらでも話せる。
ただ自分でその可能性から逃げていただけ。
今までほんの少し勇気を出して、ほんの少し相手へと踏み込めば、思っていたよりもずっと問題は簡単に解決した。
今回も同じだろうか。
旅の終わりと共に一緒にいる理由は終わったけれど、話し合いをすれば別の理由が見つかるか、もしくはお互いに納得して別々の道を歩けるようになるだろうか。
どちらの結果になっても納得出来ればいいなと思う。
「最初から相談すればよかった。」
「本当ですね。」
「お前達はいつも問題を面倒にするというか悲観的に捉えるというか、もうとにかくいい加減にしろよな。」
「何より極端なんですよね。素直過ぎるのも諦めがよ過ぎるのもどうかと思いますよ。」
「すみません…。」
「これを見本にしろとは言いませんが、10分の1くらいはこの図々しさを真似してもいいくらいです。」
「誰が図々しいんだよ。」
「お前以外に誰がいる。」
「そっちこそこいつの素直さを少しは見習えってんだよ。」
「お前の性格が改善されたら考えてやる。」
自分を挟んで始まった遊びのような軽い口喧嘩。
それを聞きながら、きっとこういうのが理想なんだろうな、とキリルは思った。
もしそれを口に出したら、これは真似なくていい、とハーヴェイとシグルドは口を揃えて言っただろう。
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