貸切バス

ハイデッカー

岩手県北自動車では1978年からハイデッカーの導入を開始し、1981年以降の新車はすべてハイデッカータイプに統一しています。
ハイデッカータイプは、床の高さを上げることで、室内のタイヤハウスの突起をなくし居住性向上が図れるほか、床下トランクの確保や眺望、さらに外観が大きく見えるなどのメリットがあります。
1983年式からはメーカーのモデルチェンジにより、角張った外観のスケルトンタイプに移行しました。

日野RV550P(1978年式)
岩22か1147
岩22か1147

撮影:盛岡駅(1986.5.18)

県北バスが初めて導入したフルデッカー。まず1978年に3両が入りました。
時期的には、花巻観光バス(いすゞハイデッカーⅠ型)と同時期で、県内では先駆けと言えます。
日野のフルデッカーは、傾斜窓の標準床車をそのまま上に伸ばしたスタイルで、威圧感があります。

日野RV561P(1979〜81年式)
岩22か1584
岩22か1584

撮影:盛岡営業所(1986.9.20)

1979年式以降のフルデッカーは、外観は変わりませんが、メーカーのモデルチェンジにより型式が変わりました。
当初は標準床車と並行増備され、1979年式(6両)、1980年式(4両)、1981年式(4両)があります(Exper35を含む両数)。写真は1981年式です。

日野K-RV561P(1981年式)
岩22か1686
岩22か1686

撮影:盛岡営業所(1986.6.2)

岩22か1685
岩22か1685

撮影:盛岡駅(1985.1.29)

1981年末に増備されたフルデッカーは、サッシがブロンズ色になりました。3両が増備されています。県北バスとしてはスケルトンバスが登場するまでの看板車両でした。

日野K-RV742P(1982年式)
岩22か1709
岩22か1709

撮影:盛岡駅(1986.5.25)

岩22か1709
岩22か1709

撮影:盛岡市内丸(1986.6.15)

1982年度に7両が導入されたミドルデッカー。これまでの標準床車の代わりに増備された車両です。
日野のミドルデッカーという車格は、東北地方ではかなり好まれたようで、近隣県でもよく見かける存在でした。
なお、同時に導入された日産ディーゼルの車両はR1型フルデッカーで、3両ありましたが撮影できませんでした

日野P-RU607A(1983年式)
岩22か1906
岩22か1906

撮影:盛岡営業所(1986.9.20)

1983年度に4両が導入された貸切車は、日野のモデルチェンジによりスケルトンタイプになりました。車格はミドルデッカーです。
正面のマークが、メーカーのエンブレムから県北バスの社紋に変わりました。
同時に2両の日産デ車も導入されており、やはり高速バス用と共通の外観です。

日野P-RU607A(1984〜85年式)
岩22か2138
岩22か2138

撮影:盛岡営業所(1985.7.24)

1984年度に増備された8両は、窓周りがブラックになるなど、よりスマートになりました。
高速バス用の車両とはよく似た仕様になっていますが、長さや出力が違います。

日野P-RU638B(1986〜87年式)
岩22か2281
岩22か2281

撮影:盛岡駅(1986.5.29)

1986年の新車から、日野の貸切車は大幅なモデルチェンジが図られました。同時に県北バスではスィングドア、逆T字型窓など、レベルアップを図りました。正面窓も1枚ガラスになっています。
メーカーの車格はスーパーミドルデッカーですが、県北バスでは「スーパーデッカー」という名称で呼んでいました。

日産デP-RA53TAE(1986〜87年式)
岩22か2294
岩22か2294

撮影:盛岡市岩山(1986.7.6)

1986年には貸切の一般車に久々に日産ディーゼルを増備。日野車と同様、スィングドア、逆T字型窓、正面窓も1枚ガラスになっています。

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80s岩手県のバス“その頃”