或る高原リゾートの2018年
過去の名車たち
今年は姿を消していましたが、過去にはもっと癖のある車両が走っていたこのリゾート地。
ここでは、過去に存在した車両の中から、選りすぐりの数台をお見せします。
なお、懐の深いこの地のこと、なくなったと思った車両が実は生きていたりしていますので、ここに掲載した車両も私が気付かなかっただけなのかもしれません。
撮影:(2010.7.31)
自家用送迎バス
自家用バス
撮影:(2010.7)
元川崎市交通局 いすゞP-LV314K
この地では最も有名だった送迎バスかもしれません。富士重工の5Eボディを持ついすゞ車で、前事業者のカラーのまま、高原内で大活躍していました。
この後間もなく、元京王のスペースランナーに代替されました。
自家用バス
撮影:(2013.6)
いすゞP-LV719R(1989年式)
富士重工HD-1型ボディを架装したいすゞスーパークルーザー。既視感のあるカラーデザインをアレンジした感じ。側面に「貸切」「観光バス」の文字も残りますが、ちゃんと「自家用」とも書いてあります。
やはり富士重工比率の高い地域でした。
自家用バス
撮影:(2012.6)
日産デP-UA32L(1988年式)
路線シャーシに観光ボディの前後ドア車。富士重工の5Bボディを持ちます。JRバスに似たような車両がありましたが、これは企業送迎バス出身のようです。
自家用バス
撮影:(2012.6)
日野P-HU226AA(1985年式)
路線シャーシに観光ボディの前後ドア車。箱型スタイルの初期スケルトンバスが2010年代まで現役だったというのは、この地ならではの魅力でした。
下の前中ドア車よりも長く残りましたが、さすがに今年は姿を消していました。
自家用バス
撮影:(2013.7)
日野P-HU275AA(1985年式)
路線シャーシに観光ボディの2ドア車。箱型スタイルの初期スケルトンバスが2010年代まで現役だったというのは、この地ならではの魅力でした。
この後、元淡路交通のエアロバスに代替されました。
自家用バス
撮影:(2013.7)
日野U-HU3KMAA
こちらは前ドア車ですが、やはり路線シャーシの高出力車。1990年代前半の車両で、貸切車であればセレガになっている世代ですが、路線シャーシに架装するボディは姿かたちを変えずに生産されました。
元鳴門市営のUD車に代替された模様。
自家用バス
撮影:(2010.7)
元遠州鉄道 日野P-RU638B
元事業者のカラーをうまくアレンジしたフルデッカー。
このエリアではグレードの高い車両の1台でした。2013年には現役を確認していますが、いつの間にか姿を消したようです。
自家用バス
撮影:(2014.9)
三菱P-MP218K
2014年のこの時にしか見かけなかった1台。22ナンバーなので、だいぶ前からこのエリアにはいたはずなのですが、その正体は不明。方向幕の部分は、画像処理ではなく、実際にこんな具合に目隠しをしていました。近隣の別の観光地から短期的に借用してきていたのでしょうか。
自家用バス
撮影:(2013.6)
元川崎市交通局 三菱U-MP218K
川崎市営バスカラーで走っていた2台目。先のいすゞ車とは別の旅館が所有していました。
いすゞ車よりの数年長生きしましたが、いつの間にか姿を消しました。
自家用バス
撮影:(2012.6)
三菱P-MS715S
富士重工R3型フルデッカーボディを架装する三菱車。エアロバスに相当するシャーシです。
この時ちょうど廃車になって、空き地に置いてあるタイミングでした。このまま廃車体として放置かと思いきや、翌年には姿を消していました。
自家用バス
撮影:(2016.8)
日野P-RJ172BA
2016年まで現役を確認できていた初期レインボーの1台。ボディに痛みは出ていますが、ホワイト1色に塗られ、大体いつも同じ場所に止まっていたので、行くたびに生存を確認していました。
今年(2018年)には残念ながら、その姿は見えませんでした。
自家用バス
撮影:(2010.7)
日野レインボー U-RR3HJAA
このスタイルの日野レインボーRRは、まだ何両も活躍中ですが、青1色に塗られたこの車両は、最近見かけません。綺麗な状態の車両だったので、どこかで生き残っていることを期待します。
自家用バス
撮影:(2010.7)
いすゞジャーニーQ K-DBR370
この時点で30年選手だったいすゞのマイクロバス。北村製作所製の角張ったボディスタイルです。
セイフティウィンドウがあるので1980〜83年式で、冷房車でした。