保存車の世界

鉄道車両

レールバスの保存車

レールバスと言うのは小型の気動車で、鉄道車両でありながらバスのような小型の車両ということでこのように呼ばれています。レールバスは1950年代に国鉄が導入し、その後1960年代と1980年代に富士重工業が更にバスに近いスタイルのものを製造しています。いずれも閑散線の少量輸送のために作られましたが、逆にその特性が仇となり、鉄道車両としては比較的早く廃車になっています。
ここでは、そんなレールバスの保存車を並べることで、その歴史を辿ってみます。
(このページは、年式順を基本に並べてあります)

保存車(準鉄道記念物)
キハ031

撮影:一関市民様(小樽交通記念館 1998.10)

日本国有鉄道 キハ03形(1号)

国鉄が導入したレールバスのうちの唯一の保存車両。この車両は中でも末期の1956年製。廃車後の1967年に準鉄道記念物に指定されています。
国鉄のレールバスは閑散路線用に東急車輛で製造され、車幅は一般車両に合わせているものの、高さなどはバスの基準を準用したため平べったい印象を受けます。エンジンなどもバス用部品を使用しています。
効率化を目的に製造されたものの、混雑時間帯には重連運転が必要になるなど非効率な点もあり、また小型車ゆえ耐用年数が短く10年程度で廃車になってしまいました。
小樽交通記念館は現在、小樽市総合博物館と名前を変えています。

動態保存車
キハ101

撮影:牧場主様(七戸 2008.5.3)

南部縦貫鉄道 キハ10形(101号)

1962年の開業時に2両が用意された富士重工製の機械式気動車。全国的にも珍しいレールバスで、当時の富士重工製のR11型バスボディとほとんど同じ構造・スタイルをしています。エンジンは日野自動車製で、同年式のBT10型バスなどに使われていたものと同じです。
輸送量の小さい私鉄用に低コストで導入できると言うメリットがあったものの、最大需要に対応できないデメリットのほうが大きく、普及しませんでした。
現在愛好会により2両とも動態保存され、定期的に運転会などが行われています。

保存車
ハイモ180-202

撮影:根尾川鉄道文化村(2009.2.8)

樽見鉄道 ハイモ180-202

1984年に2例目の第三セクター鉄道として開業した樽見鉄道に導入されたレールバス。富士重工製LE-Carの量産車で、サンプル車に最も近い外観をしており、正面は非貫通で富士重工の5B型バスと同じ傾斜窓、側面はカーブドガラスを用いています。
ハイモはハイスピードモーターカーの略、180は機関出力を示します。
廃車後、樽見鉄道を守る会に譲渡され、2008年より保存場所を得ています。

動態保存車
ハイモ180-101

撮影:有田川鉄道公園(2010.7.10)

有田鉄道 ハイモ180-101

樽見鉄道から有田鉄道に譲渡されたレールバスで、2002年の廃線後も保管されていましたが、2010年に開園した有田川鉄道公園で動態保存されています。
樽見鉄道の保存車とは同形ですが、番台が異なり、こちらの100番台は一方固定のクロスシート、樽見の200番台はロングシートです。

保存車
KD11

撮影:長谷川竜様(くりはら田園鉄道公園 2014.10.4)

くりはら田園鉄道 KD10形(11号)

名古屋鉄道が1984年に八百津線の合理化用に導入したレールバス。樽見鉄道と同じ富士重工LE-Carですが、細部は異なります。正面はサンプル車の片エンドと同じ貫通式で、側面の窓は路線バスタイプになっています。 電鉄会社が合理化のため電気設備を撤去してまで導入したレールバスとして話題にはなりましたが、小型車ゆえ輸送量や乗り心地に問題があり、ボギー車に置き換えられました。
このうち2両を、同じく電気設備を撤去してディーゼル化したくりはら田園鉄道が1995年に譲受しました。しかしこのくりはら田園鉄道も2007年に廃止となり、現在その2両ともが旧若柳駅跡にある「くりでんミュージアム」で保存されています。

廃車体
ミキ180-101

撮影:加西市(2009.3.1)

三木鉄道 ミキ180-101

1985年に第三セクターの三木鉄道の開業と同時に導入されたLE-Carで、正面スタイルは路線バスの5Eタイプと同じ。側窓も路線バスタイプです。
形式は、会社名と出力から付けられています。
廃車後、ラーメン屋さんに引き取られ、駐車場で鎮座していましたが、現在では経営者も変わり、放置された倉庫として手つかずの状態です。

保存車
フラワ1985-3

撮影:加西市(2009.3.1)

北条鉄道 フラワ1985-3

1985年に第三セクターの北条鉄道の開業と同時に導入されたもの。お隣の三木鉄道ミキ180形とはよく似たスタイルですが、こちらは側面が観光バスタイプのカーブドガラスとなっています。
フラワは地元の加西市の観光施設「フラワーセンター」から、1985は導入年から取った形式です。
廃車後、加西市内の自動車工場で保存されています。バイオディーゼルの試験にも使用されたとの話です。

保存車(解体済み)
LE13

撮影:近江鉄道ミュージアム(2008.9.23)

近江鉄道 LE10形(13号)
電化私鉄である近江鉄道が末端区間の運行合理化のため1986年に5両を導入したレールバスのうちの1両が保存されています。二軸車としては最後になったLE-Carです。
導入の経緯は名古屋鉄道とよく似ていて、結局輸送力不足から10年以内に置き換えられてしまったあたりもレールバスの典型的宿命を全うしてしまったと言えるでしょう。
彦根駅に併設された近江鉄道ミュージアムの保存車のうちの1両です。
(2012年に解体されたそうです)
森の列車カフェ
アケチ1

撮影:山岡駅(2017.3.25)

明智鉄道 アケチ1形(1号)
アケチ1

撮影:山岡駅(2017.3.25)

1985年に第三セクターの明智鉄道開業とともに導入された車両で、LE-Carながらボギー車となりました。側面は引き違い窓ですが、カーブドガラスではなくなっています。また、正面スタイルは合理的な平妻貫通型になりました。冷房はありません。
この辺りから輸送量や乗り心地の問題からボギー車中心の増備に変わってゆきます。それでも全体的にはバスの雰囲気を残しており、部品の共通性も高いので、ここではレールバスに含めて取り上げます。
2016年4月に「森の列車カフェ」としてオープン。名産の寒天を使ったスイーツなどが楽しめるカフェに生まれ変わりました。外装はそのままで、車内は片方の側のクロスシートはそのままに、もう一方を木のカウンター席にしています。

保存車
ナガラ9

撮影:関市(2008.5.4)

長良川鉄道 ナガラ1形(9号)

1986年に第三セクターの長良川鉄道開業とともに導入された車両で、ボギー車になると同時に、正面が平妻の非貫通スタイルになるなど合理的な作りに変わっています。ヘッドライトの形状もこの車両辺りから変わり、だいぶ鉄道車両らしい顔立ちになりました。
関市中池公園の中の施設が管理しています。

保存車
AR104

撮影:旅男K様(朝倉市 2010.1.10)

甘木鉄道 AR100形(104号)

1986年に第三セクター甘木鉄道開業とともに導入されたボギー車。正面非貫通で乗務員扉を持たない点などは長良川鉄道の車両と共通しています。
廃車後はこの1両だけ地元の保育園の敷地内に保存されました。鉄骨の屋根がかけられ、表示部分なども現役時代そのままに保存されています。正面に描かれているのは甘木鉄道のキャラクターのレビット君。

保存車
いすみ204

撮影:栗原大輔様(ポッポの丘 2012.3.14)

いすみ鉄道 いすみ200形(204号)

1988年に千葉県に開業した第三セクター転換鉄道に導入されたボギー車で、7両が導入されたうちの1両。当初はいすみ100形でしたが、セミクロスシートをロングシート化した際に改番されました。
県花である菜の花の黄色を基調にしたデザインです。
2010年に廃車の後ここに引き取られ、北陸鉄道のモハ3752号などとともに置かれています。

保存車
わ89-101

撮影:大間々駅(2016.5.21)

わたらせ渓谷鉄道 わ89-203

1989年に第三セクターのわたらせ渓谷鉄道開業と同時に導入された車両で、正面貫通扉付き、運転席側面に乗務員扉がつくなど、明智鉄道の車両とよく似ていますが、前照灯は角型になっています。
2013年に引退する前に登場時のツートンカラーに戻され、その姿で静態保存されました。
形式は会社名と年式を示し、同形式のうち200番台はクロスシート車です。
なお、2015年にLE-DCのわ89-302が保存車に加わっています。

参考文献
  1. 千葉雄一(1996)「わたらせ渓谷鉄道」(鉄道ピクトリアル96-4増)174-177
  2. 岡田誠一(2000)「国鉄レールバスその生涯」ネコパブリッシング
  3. 高田圭(2000)「近江鉄道」(鉄道ピクトリアル00-5増)44-55
レールバスについて
1.レールバスの定義
レールバスと言うのはまさにレールの上を走るバスと言う意味で付けられた和製英語ですが、レールの上を走るからには鉄道車両です。主に二軸の小型気動車のことを指す用語です。日本で製造されたレールバスのほとんどがバスの部品を多用しており、見た目はかなりバスに近いスタイルになっています。多くが二軸車ですが、1980年代に富士重工で製造されたLE-Carの末期には二軸車と同じコンセプトでボギー車も製造されているため、ここではそれも含めてレールバスと捉えます。

2.レールバスの時期的分類
日本のレールバスはその登場時期から3期に分類できます。まず第1期は1950年代、第2期が1960年代、そして第3期が1980年代です。第1期のレールバスは1954〜56年の間に約50両が製造された国鉄のレールバスです。第2期のレールバスは1959年(羽幌炭鉱鉄道)と1962年(南部縦貫鉄道)に製造された富士重工製のレールバス。第3期は1984年の樽見鉄道、名古屋鉄道以降相当数が製造された富士重工製LE-Carです。

3.レールバスの辿った運命
レールバスは閑散路線の合理化を目的に、車両を小型化し製造コストと運行コストの削減を図った画期的な車両でした。それは3つの時代どれにも共通して言えることです。しかしそのコンセプトはまた同時に裏腹な欠点も抱えていました。車両の小型化は確かに閑散時間帯には燃料効率の点においてメリットがあるかもしれませんが、朝の通勤通学時間帯には閑散路線でもそれなりの乗車があり、輸送力不足も発生しました。その結果重連運転を行うケースも生じ、大型車なら1両で済むところを2両必要になるというデメリットを生んでしまいました。更にバス並みのボディで製造コストを下げたものの、耐用年数もバス並みの10年くらいしかなく、20年以上使える鉄道車両に比べるとコスト削減効果は結果的に発揮できませんでした。

4.面白い記号形式の付け方
これは第3期のレールバスにのみ当てはまることですが、ハイモ180形ナガラ1形など変わった記号や形式のものが多く見られます。このきっかけを作ったのは特定地方交通線を第三セクターに転換した最初のケースであった岩手県の三陸鉄道だと思われます。三陸鉄道では車両形式を社名の「さんりく」にかけて36(さんりく)形としました。続いて樽見鉄道が記号をハイモとし、北条鉄道が記号をフラワとするなど変わった記号をつけるのが第三セクター鉄道の常識のようになってゆきました。それ以降は社名を記号にしたり、年式を形式番号にするなどの例が多くなり、伊勢鉄道のイセ1形、真岡鉄道のモオカ63形、わたらせ渓谷鉄道のわ89-1000形、天竜浜名湖鉄道のTH1形など、枚挙に暇がありません。

レールバスが多く保存されている理由
今回レールバスの保存車をまとめてみましたが、その数が意外に多いことに驚きました。特に1980年代の富士重工製LE-Carは各スタイルの車両が残されており、その生い立ちを振り返るには好都合でした。これらが多く保存されている理由は、その多くが特定地方交通線の第三セクター転換路線に使用されていたことにあると思われます。当時国鉄が廃止したものを地元が引き受けると言うことで、「マイレール意識」などという言葉も生まれたほど、鉄道を残す地元の意欲には強いものがありました。そのマイレールの最初の車両であるだけに、地元の愛着もひとしおなのだと言うことができるでしょう。
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