古バス民族学
初代「清里ピクニックバス」の復活
1999〜2017年の間、山梨県にある高原リゾート清里の観光周遊バスとして活躍した「清里ピクニックバス」は、2代目車両に交替後、清里駅前に保存されていましたが、このうち1台が2024年に復活しました。地元のNPO清里観光振興会が、車両を整備して有償で貸与するもので、町内の移動やショップなどとして活用できるようです。
ジョンディアカラーの1台が2024年に自家用登録で復活
初代「清里ピクニックバス」
撮影:YS様(北杜市 2024.10.26)
元山梨交通 日野KC-GD1JJCA(1999年式)
町内のイベントで、無料シャトルバスとして使用されている初代「清里ピクニックバス」。
外装は、再塗装などで現役時代と変わらない姿に整備され、自家用ナンバーも取得しています。前面に付いていた排障器のようなバンパーは付いていません。
撮影:YS様(北杜市 2024.10.26)
車内もほぼそのままです。営業運転時についていた運賃箱がないので、運転席横は広々としています。
木製の座席は座り心地が悪いからか、座布団が置かれています。これは現役時代からのものだそうです。
撮影:YS様(北杜市 2024.8.18)
観光牧場の中でパン売り場として活用されているピクニックバス。このような使用方法もあるようです。
なお、この時は前面の排障器が見えますので、白ナンバーがつく前かも知れません。
もう1台(ヨーロピアンカラー)のピクニックバス
飲食店のイートイン
撮影:YS様(北杜市 2024.8.18)
元山梨交通 日野KC-GD1JJCA(1999年式)
紺と白のカラーのピクニックバスは、清里駅近くのソフトクリーム店で、イートインスペースとして活用されています。
現役時代のピクニックバス
公共交通フェスティバルでの展示
撮影:YS様(甲府市 2014.12.6)
2014年に甲府駅北口広場で開催された「やまなし公共交通フェスティバル」で展示されているピクニックバスです。
山梨交通のボンネットバスと並びます。
3枚窓の後ろ姿
撮影:YS様(清里駅 2013.9.28)
ピクニックバスとして現役で活躍していた頃の後ろ姿。
前面は2枚窓ですが、後面は3枚窓。この3枚窓がベース車の本来のスタイルです。
C56との出会い
撮影:YS様(北杜市 2009.7.22)
旧高根町の美しの森「たかね荘」に保存されていた蒸気機関車C56を、清里駅前に移動する作業中、ピクニックバスが通り抜けて行きました。
清里駅前に保存されたC56149
撮影:清里駅前(2023.5.1)
そのC56149は、清里駅前に安住の地を得ました。
中込機関区に所属し、1972年の無煙化まで小海線で活躍した蒸気機関車です。
結果的に、ピクニックバスもすぐ近くで余生を送ることになりました。
世代交代の図
撮影:YS様(北杜市 2018.4.22)
リゾート地清里の名物として活躍してきた初代ピクニックバスも、2017年にその役目を終えます。
2018年春、車庫に新しいピクニックバスが姿を現しました。色は今までと同じですが、スタイルは標準的な日本の中型バスに変わりました。
撮影:YS様(北杜市 2018.4.14)
ナンバーをはずされた初代ピクニックバス。
この後どのような運命が待っているかは、まだ分からない頃です。
清里駅前に展示されていた時のピクニックバス
撮影:北杜市(2023.5.1)
清里駅前に展示保存され、リゾート地清里に彩りを与えていた頃のピクニックバス。
ちょうどその脇を、2代目の清里ピクニックバスが走りぬけてゆきます。
プロトタイプとなったタモントロリー
撮影:YS様(グアム島 2000頃)
撮影:YS様(グアム島 2000頃)
YS様が、2000年代初頭にグアム島で撮影した「タモントロリー」の写真がありました。
清里ピクニックバスの原形でもある「トロリー」(路面電車型バス)で、キャブオーバーで前後とも3枚窓のレトロ調の外観となっています。赤1色のカラーデザインから「赤いトロリー」とも呼ばれます。
撮影:YS様(グアム島 2000頃)
側面中央部は床面までオープン構造で、開放的です。雨が降ると、ビニルの垂れ幕を降ろすそうです。
白いラインは反射テープになっており、夜になると光ります。
撮影:YS様(グアム島 2000頃)
そんなオープン構造の車内です。
外向きの木製のベンチが設置されています。
YSさんは、地元の仲間との旅行だったそうで、同行者はみんなこのバスを「ピクニックバス」と呼んでいたそうです。