その後の廃車体

自家用バス3(マイクロバス)

岩手県内にある自家用バスの廃車体のうち、小型車(マイクロバス)をここにまとめます。

いすゞ自動車
廃車体
いすゞエルフライトバス

撮影:終点北藤根様(紫波町 2013.4.7)

自家用 いすゞライトバスBLD11

いすゞのエルフをベースに幅広のフレームレスボディを架装した、エルフライトバスのマイナーチェンジ車。フロントグリルにワッペンのようないすゞエンブレムがついた1964〜66年式。ボディは川崎航空機製です。
全国的にも廃車体の残存数は少ないと思われますが、かなりの好コンディションで残っています。

廃車体
いすゞスーパーライトバス

撮影:一関市民様(一関市 2013.5.25)

いすゞスーパーライトバス

いすゞのライトバスは1967年のモデルチェンジで、流線形ボディに変わります。このときには「スーパーライトバス」などと呼ばれていたようです。
今見ると、ワゴン車を大きくした程度の姿にしか見えませんが、角張ったライトバス全盛の時代に、モダンなスタイルだったのではないかと想像します。
ゲートボール場で余生を送ります。

廃車体
ジャーニー

撮影:終点横川目様(一関市 2008.5.19)

自家用 いすゞジャーニーM
ジャーニー

撮影:終点横川目様(一関市 2008.5.19)

いすゞのマイクロバスの中で「ジャーニーM」の名を持つ2t車ベースの小型車両。1960年代後半の流線形ボディを引き継ぎながら、ヘッドライトやグリル形状が変った1971年式くらいと思われます。
型式はガソリンエンジンかディーゼルエンジンかによって変わり、BLD23BLG22と思われます。

廃車体
BY31

撮影:終点北藤根様(花巻市 2013.4.7)

自家用 いすゞBY31

いすゞのライトバスですが、4t車ベースの比較的大型の小型バス。後に「ジャーニーQ」という名前がついたクラスです。
建設会社の名前がありますので、送迎バスとして使われていたもののようです。下にある後輩のDBR370と同じカラーデザインです。

廃車体
DBR370

撮影:終点横川目様(奥州市 2007.11.3)

自家用 いすゞK-DBR370

物置になっているマイクロバス。北村製作所の1970年代後半の作品ですが、角張っているため新しく見えます。正面窓上が黒っぽく塗られているので、更に新しい感じに見えます。

廃車体
MR112F

撮影:岩手県交通ファン様(盛岡市 2006.5.27)

自家用 いすゞP-MR112F

いすゞのマイクロバスで、北村製作所製の四角いボディを持つMRです。1984〜86年に製造されたもので、前モデルのDBRを引き継いでいますが角型ライトになりました。
写真の車両はおでこにダクトのようなものが見えます。検診車ではないようですし、なんでしょう。

トヨタ自動車
廃車体
トヨペット・マイクロバス

撮影:終点北藤根様(花巻市 2015.12.6)

トヨペットマイクロバス RK160B(1963年式)

トヨタの初期のマイクロバスで、2tトラック「トヨペット・ダイナ」のシャーシに20人乗り程度のバスボディを架装したもの。1963年のダイナのモデルチェンジに伴い前照灯4灯になったスタイルです。
農園に置かれていたものの、その農園自体が廃園になり、崩壊寸前の廃車体のみが茂みに残されていたとのことです。

廃車体
トヨタライトバス

撮影:終点北藤根様(一関市 2013.4.6)

自家用 トヨタライトバス

1960年代のトヨタ製のライトバス。正面のグリル形状から、1966〜67年式と思われます。

廃車体
トヨタライトバス

撮影:一関市民様(盛岡市 2012.11.9)

自家用 トヨタライトバス

トヨタライトバス。正面のライト周辺のグリル形状から1966〜67年式と思われます。
カタログカラーに塗られています。

廃車体
コースター

撮影:長谷川竜様(八幡平市 2013.6.1)

自家用 トヨタコースター

トヨタのマイクロバス「コースター」の初代モデル。元は土建会社の自家用バスです。
屋根のような囲いが付けられて、保存されているような感じで置いてあります。物置でしょうか。

廃車体
コースター

撮影:長谷川竜様(岩手町 2013.6.1)

自家用 トヨタコースター

原野に置かれた感じのマイクロバス。1982〜92年の間に生産された2代目コースターです。直線的なデザインが特徴ですが、こうして廃車体になってしまうと、無機質な物体として見過ごされそうです。

ダイハツ工業
廃車体
ダイハツライトバス

撮影:終点北藤根様(花巻市 2012.9.8)

自家用 ダイハツライトバス SV

ダイハツでも1960年代にそれなりの風格のあるライトバスを製造していましたが、このSV型は1964年から作られた没個性的な車両。いすゞBLDと同じ川崎航空機製ボディですが、後から登場した割には存在感が薄い気がします。フロントグリルの形状がちょっと変わってはいます。

廃車体
ダイハツV100

撮影:終点北藤根様(宮古市 2013.4.29)

自家用 ダイハツマイクロバス V100

ダイハツの1.25tトラックV100をベースにしたマイクロバス。初期の小型バスでは、大きい方を「ライトバス」、小さいほうを「マイクロバス」と名称を使い分けていた傾向があります。
バスという名称はついていますが、当サイト的にはこれまで掲載対象にしてこなかったサイズです。
4灯になっていますので1969年式くらいだと思います。

日産自動車
廃車体
ライトコーチ

撮影:終点横川目様(北上市 2007.5.12)

自家用 日産プリンス ライトコーチ

北上市内の老人施設で使用されていたというマイクロバスの廃車体。
プリンスライトコーチですが、正面のグリルの形状から後期のものと思われ、日産自動車に合併(1966年)以降のもののようです。しかし、このグリル形状はプリンス時代のグロリアを連想させるような気がします。
(終点北藤根様によると、2013年4月現在、撤去済みです)

廃車体
キャブオール・エコー

撮影:終点北藤根様(大船渡市 2015.12.22)

日産キャブオール・エコー

特徴ある正面スタイルがよく見えませんが、側面窓下の3本のリブから、1960〜62年頃に作られたマイクロバスだと思われます。2tトラックの日産キャブオールをベースとしながら、定員を17〜20人と大型化を図り、バスらしいボディを架装した車両。
撮影者の考察だと、エコーの名前がつく直前のモデルではないかとのこと。

廃車体
日産エコー

撮影:終点北藤根様(奥州市 2013.3.31)

自家用 日産エコー GHQC142

日産キャブオールをベースとしたマイクロバスで、やはり幅広のフレームレスモノコックボディですが、こちらは日産車体製ボディ。「エコー」の名前がついた後、1965年にマイナーチェンジされたフロントスタイルで、正面窓が1枚ガラスになっています。
正面ロゴの下に2000の文字がありますので、2000ccディーゼルエンジン車。

廃車体
エコー

撮影:終点横川目様(釜石市 2009.6.1)

自家用 日産エコー GHC141
日産のマイクロバスで、「エコー」という名前がついた後では2代目モデルということになると思います。1963年にこのスタイルになりましたが、正面のライト周りから側面のリブにつながる造形が特徴です。
正面窓上に方向幕のような窓があります。日産のマイクロバスではこの前後のモデルにも装備されていましたが、自家用が多い中で活用された例があるかどうかは不明です。
(終点北藤根様によると、2013年4月現在、撤去済みです)
廃車体
日産エコー

撮影:終点北藤根様(花巻市 2012.12.1)

自家用 日産エコー

日産のライトバス「エコー」の1967年以降のモデル。角張ったおでこの形状が当時の路線バスの流行とラップします。おでこの両脇とライト間にあるグリル状の通気孔が特徴。
撮影者によると、シングルタイヤとのこと。

廃車体
日産エコー

撮影:終点北藤根様(遠野市 2012.9.16)

自家用 日産エコー GC240W

日産のライトバス「エコー」の1967年以降のモデル。短尺車です。正面のロゴの下にG-4とありますので、ガソリン車。
撮影者によると、こちらはダブルタイヤとのこと。

廃車体
エコー

撮影:終点横川目様(北上市 2007.5.12)

自家用 日産エコー GHC240
エコー

撮影:終点横川目様(北上市 2007.5.12)

北上市内で送迎バスに使用されていたというマイクロバスの廃車体。
このスタイルは1967年からのモデルで、ライト周りの形状から1970年式あたりと思われます。各メーカーのマイクロバスは、1960年代には様々な趣向を凝らしたスタイルでしたが、1970年代に入る頃から角張った合理的で無難なものへと変っています。
廃車体をこの場所から無理に引き出そうとしたのか、正面の下側が激しく損傷しています。

廃車体
シビリアン

撮影:終点横川目様(北上市 2007.5.12)

自家用 日産シビリアン
シビリアン

撮影:終点横川目様(北上市 2007.5.12)

日産エコーは1971年にシビリアンに改名され、モデルチェンジされています。外観は最終期のエコーとあまり変っていません。
この車両は後面に非常口があり、幼稚園バスなどとして使用されていたのかもしれません。

廃車体
シビリアン

撮影:岩手県交通ファン様(沢内村 2005.6.11)

自家用 日産シビリアン

日産シビリアンのこのスタイルは、かなり長期にわたって生産されていたため、年式等はよく分かりません。

廃車体
シビリアン

撮影:終点横川目様(遠野市 2007.11.23)

自家用 日産シビリアン

畑の中に置かれた廃車体。「ぎんが号」と車体に書かれており、移動図書館として使用されていた車両のようです。客席部分のみがハイルーフに改造されており、側窓部分も書棚の備え付けのためか開閉式の側板に改造されています。

日野自動車
廃車体
BM320

撮影:終点横川目様(一関市 2007.11.3)

自家用 日野BM320

衣川村の自家用バスだったマイクロバスの廃車体。角ばったスタイルは斬新ですが、昭和40年代のスケルトンバス。日野の小型バスは「ライトバス」から「レインボー」に名前を変えます。
農家の物置のようですが、屋根をかけられて大切にされています。

廃車体
レインボー

撮影:終点横川目様(奥州市 2009.4.18)

自家用 日野BM320

農村部の空き地に置かれた廃車体。材木を入れるために置かれているようです。
初期スケルトン構造のマイクロバスです。

廃車体
レインボー

撮影:一関市民様(花泉町 2004.9.4)

自家用 日野BM320

県外で幼稚園バスに使用されていたと思われるマイクロバスの廃車体。
日野が「レインボー」の愛称で発売したキャブオーバーのマイクロバスですが,中でも帝国自工がボディを担当したT型はスケルトン構造を採用したノーリベット車。そうは言うものの年式は1965〜76年。大型バスのスケルトンバス登場より10年前の話です。

廃車体
レインボー

撮影:終点横川目様(奥州市 2007.11.3)

自家用 日野AM100

白1色のようなので前歴は分かりませんが、自家用バスと思われるマイクロバスの廃車体。山の中に放置されている感じですが、休憩所だったようです。
このボディは上のスケルトンボディを1976年にモデルチェンジしたもので、今の目で見ると新しさ的には後戻りしたようにも感じます。大体この時期のマイクロバスは、どのメーカーも同じような傾向ではあったようです。

廃車体
AM100

撮影:終点横川目様(八幡平市 2008.7.13)

自家用 日野AM100

休憩所として残されている営林署の自家用バス。日野のマイクロバスには「レインボー」の愛称が付けられており、これが後にスケルトンタイプの中型車に引き継がれました。その後1990年代にマイクロバス「リエッセ」が登場したことで、「レインボー」の名はマイクロバスからは消え、中型車の名前へ完全シフトしています。

廃車体
レインボー

撮影:終点横川目様(奥州市 2009.4.18)

自家用 日野AM100

かなり破損の激しい日野のマイクロバスです。冷房つき。
室内にはタイヤなどが積み上げられ、廃車体としてもそろそろ末期症状に入りつつあります。

三菱自動車
廃車体
ローザ

撮影:岩手県交通ファン様(沢内村 2005.6.11)

自家用 三菱ローザ B24

ダルマローザといわれた三菱のマイクロバスです。
ウィンカーの形から1969〜70年式で、車長の長いB24だと推測します。

廃車体
三菱ローザ

撮影:終点北藤根様(紫波町 2012.12.1)

自家用 三菱ローザB22D

「ダルマローザ」と通称される初代ローザ。ミドルサイズのB22D。小判型のウィンカー形状から1964〜68年式と思われます。

廃車体
ライトローザ

撮影:終点北藤根様(一関市 2014.3.28)

三菱 ライト・ローザ

有名な通称「だるまローザ」より小ぶりな2tトラックベースの「ライト・ローザ」と呼ばれるタイプで、写真の車両は1970〜73年式の最終期のスタイル。4灯→2灯→4灯と変化してきました。
結局1973年には「だるまローザ」をも包含して、こちらのサイズをベースとする「プリティ・ローザ」に生まれ変わっています。

廃車体
ローザ

撮影:左党89号様(西和賀町 2008.12.21)

自家用 三菱ローザ

企業送迎に使用されていたと思われる三菱ローザの廃車体。屋根が押し潰されたようになっているなど、状態はよくありません。
Mを図式化した三菱マークをつけていますので、1979〜83年式。

廃車体
三菱ローザ

撮影:長谷川竜様(盛岡市 2013.6.1)

自家用 三菱ローザ

短尺の三菱ローザ。1979〜83年式と思われます。
林の中に置かれており、木の葉に守られているために破損はありませんが、樹液の洗礼を受けています。

廃車体
ローザ

撮影:終点横川目様(大船渡市 2007.5.19)

自家用 三菱ローザ

移動販売車の廃車体。なぜか屋根を付けて置かれています。新型ローザに代替されて廃車になったとのこと。置かれた場所もきれいで、このまま走り出しそうにすら見えます。
MMCロゴがついていますので、1983〜86年式。

東洋工業
廃車体
マツダライトバス

撮影:長谷川竜様(遠野市 2013.11.2)

自家用 マツダ・ライトバスC型

1965年から製造されたマツダライトバスAEVA型は川崎航空機製ボディのA型が有名ですが、西日本車体製ボディのC型が、そこそこ破損も少ない状態で残存していました。大きなフロントの傾斜窓が特徴です。
農家の倉庫として使われているようで、車内にはいろいろな物が詰め込まれています。

廃車体
ライトバスA型

撮影:終点北藤根様(奥州市 2014.3.29)

マツダ・ライトバスA型

1965〜72年に間に作られたマツダの小型バスで、A型と呼ばれる川崎製のボディを持つもの。
大きくカーブしたフロントガラスはカバーで覆われています。そのカバーを押さえるため、平らな屋根にブロックが重しとして置かれています。これが、大きなガラスを保護するためであるとすれば、所有者の愛情を感じます。単なる廃棄物ではないということです。

廃車体
クラフトライトバス

撮影:終点北藤根様(遠野市 2014.12.6)

マツダ・クラフトライトバス

マツダの小型バスでは未来的スタイルのA型/C型が有名ですが、こちらは1tトラックの「マツダ・クラフト」をベースにした18人乗り小型マイクロバス。
1970年のクラフトのモデルチェンジに合わせて、前照灯が角形2灯になり、ファミリアのような顔つきになりました。
「クラフトライトバス」という名称で1969年に登場し、1972年には「パークウェイ18」にモデルチェンジされたようです。

廃車体
マツダ・パークウェイ

撮影:終点北藤根様(矢巾町 2014.8.3)

マツダ・パークウェイ26

1972年にマツダがモデルチェンジを図ったマイクロバスで、先代が斬新なスタイルをしていただけに、後継車としては地味なイメージがあります。
撮影者によると、リアがシングルタイヤの初期モデルとのこと。

廃車体
パークウェイ

撮影:終点横川目様(遠野市 2007.11.3)

自家用 マツダパークウェイ

二戸市の移動図書館「かっこう号」の廃車体。
倉庫として使用されているようですが、車内にあった本棚がそのまま流用されているように見えます。利口な使い方です。
車両はマツダのマイクロバス「パークウェイ」で、ここで取り上げるマイクロバスの中では新しい部類です。車体は西日本車体製。

注意事項
本ページは、「廃車体は文化遺産である」という趣旨によって作成しております。当サイトを訪れる方は、この趣旨を御理解いただける方だと思いますが,万が一,本ページの悪用による廃車体への損傷等があった場合は,本ページ及び関連する事項は即刻削除いたします。
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80s岩手県のバス“その頃”