その後の廃車体

廃車体の棲む家3(岩泉町)

岩泉町は岩手県沿岸部にある町ですが、海岸に接しているのは僅かで、ほとんどが山間部になっています。その中心部にあるのが日本三大鍾乳洞の一つである龍泉洞です。龍泉洞は透明度世界一を誇る清澄な青色の水が大きな特徴で、いくつもの地底湖を巡る地下の風景は神秘の美しさにあふれています。
そんな神秘の町岩泉にはなぜかバスの廃車体も数多くが存在しています。そして町内のある場所に、国鉄(JR)バスを中心にたくさんの廃車体が集まっている所がありました。

廃車体
RB10P

撮影:一関市民様(岩泉町 2007.5.3)

元日本国有鉄道 日野RB10P
RB10P

撮影:一関市民様(岩泉町 2007.5.3)

国鉄バスの旧カラーの面影のある廃車体。最後は自家用バスとして使用されていたようで、そういった表示も残ります。
前ドア車で、エアサスのマークがついているようです。

廃車体     JRバス東北 日野RE141(左)・いすゞCCM410(中)・いすゞBU04(右)
RE141

撮影:一関市民様(岩泉町 2007.5.3)

敷地内に並ぶ元JRバス東北の車両。
は1978年式の前中引き戸車で、“その頃”には沼宮内線で活躍していた537-8001です。
は中型車で331-9006の社番です。(注1) なお、この車両を別の角度から見た写真によると、自家用ナンバーがついているように見えます。
は川崎ボディのBU04ですが、ドア配置は見えません。この車両だけ「JRバス東北」のシールが見えませんので、国鉄時代に廃車になった車両かもしれません。

廃車体
RU638A

撮影:一関市民様(岩泉町 2007.5.3)

JRバス東北 日野P-RU638AA(1985年式)

日野スケルトンバスのミドルデッカーで、国鉄バスでは一時期相当数が導入されたタイプ。細部は車両によって違いがあったようですが、この廃車体は車長の長い車両だと推察します。JRマークやツバメのマークは黒く塗りつぶしてあるようですが、廃車になった後時を経たせいで姿が見えてきています。
(注2)

廃車体        JRバス東北 いすゞP-LV219Q(左)・いすゞP-LV218N(右)
LV219Q

撮影:一関市民様(岩泉町 2007.5.3)

一見、同じ車両が2台並んでいるように見えますが、現役時代にも見分けが難しかった同一ボディで異なるシャーシの車両です。
は観光シャーシをもつ1984年式で、少なくともJR東北には1両しかいなかったので641-4971で確定です。当初は十和田南に配属されて高速バス「とわだこ号」などに使用されていました。
右は路線シャーシを持つ1985年式で、写真では見えない後部のダクトなどが左の車両と見分けられる点です。641-5971641-5972のどちらか。
なお、よく見ると右端の建物と一体化した車両も見えてきます。検診車のようです。

廃車体
RE101

撮影:一関市民様(岩泉町 2007.5.3)

JRバス東北 日野RE101

正面のヒサシが薄いので日野RE101だと思われますが、正面4枚ガラス、前ドア窓も分割窓なので初期の車両でしょう。

廃車体
トヨタ

撮影:一関市民様(岩泉町 2007.5.3)

トヨタライトバス

これはちょっと異質な廃車体で腐食も激しいですが、正面のマークから1960年代中ごろのトヨタライトバスだと思われます。当時のマイクロバス(ライトバス)には複数のボディメーカーが架装していたようで、今のところこれと同じものは見つかっていません。ヘッドライト周りに特徴があります。

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(注1) 331-9006は、左党89号様によると、現役時代の登録番号は岩22か2035で久慈営業所の配属だったとのこと。
(注2) 1997年発行の「バスジャパンハンドブック」によると、このタイプのミドルデッカーでJRバス東北に残ったのは4両で、647-5975が葛巻の配置になっているので、それがこの廃車体であるとの推察もできる。
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80s岩手県のバス“その頃”