1970年代奥の細道

岩手県北バス2(観光タイプ)

板橋不二男様から頂いた1970年代撮影の岩手県北バスの写真を掲載します。
ここでは、メトロ窓の自社発注車をまとめます。掲載順は、登録番号順としています。

岩2く6094
岩2く6094

撮影:板橋不二男様(東八幡平営業所 1977.3.14)

岩手県北自動車 日野RB10P(1966年式)

金産ボディのメトロ窓車で、元々は貸切バスとして使用されていたと想像しますが、今は前ドアのままワンマンカーになっています。ただしこのとき既に11年目。当時の県北バスの使用年数からすると、そろそろ廃車になる頃かも知れません。
隣りのRCのプレートを付けた後ろ姿は岩22か28です。

岩2く6105
岩2く6105

撮影:板橋不二男様(伊保内営業所 1977.3.21)

岩手県北自動車 日野RB10P(1967年式)

前ドアのRBですが、前照灯が後継のREの角形ベゼルに交換されています。いつの段階で改造したのか、元からこうだったのかは分かりません。
製造から10年ほど経った頃で、伊保内営業所にいるのは都落ちの結果かもしれませんが、ワンマン改造されています。正面のワンマン表示板は裏返しで、この時はツーマン車となっていますが。
型式、年式とも推定です。

岩2く6127
岩2く6127

撮影:板橋不二男様(北福岡駅 1977.3.21)

岩手県北自動車 日野RE100P(1968年式)

金産ボディのメトロ窓車で、側面最後部に小さな固定窓を持つ窓配置。オーバルライトは普通の4灯に改造されています。
方向幕は「伊保内行」と表示。北福岡駅(現・二戸駅)から九戸村の伊保内に向かう路線です。

登録番号不詳
RE100P

撮影:板橋不二男様(東八幡平営業所 1977.3.14)

岩手県北自動車 日野RE100P

この角度の写真しかないので登録番号は分かりませんが、金産ボディのRE100P。上の岩2く6127とは同形車ながら、中ドアを増設された車両です。
これとほぼ同じ改造を受けた車両は、1977年に岩手県交通へ移籍していますが、これがそれと同一車両かどうかは不明です。岩手県交通では、中ドア次位の車掌台窓に方向幕が設置されており、腰板の出入口表示も小窓になっていましたので、細部は異なります。

岩2く6135
岩2く6135

撮影:板橋不二男様(東八幡平営業所 1977.3.14)

岩手県北自動車 日産デ4RA104(1968年式)
岩2く6135

撮影:板橋不二男様(東八幡平営業所 1977.3.14)

富士重工ボディの2扉車で、おでこの塗り分けも変わっています。
エアサス車で、後面には「岩手県北観光」の文字痕もありますので、貸切車として導入されたものを、2扉改造したものと思われます。

岩2く6135

撮影:板橋不二男様(東八幡平営業所 1977.3.14)

県北バスの場合、前ドア車もワンマンカーとして使用していますが、初期にはワンマン化の際に中ドア増設して2ドア化していたものと思われます。写真でも、中ドアを入口として使用しています。
車内の写真を見ると、中ドア付近の座席は一人掛けに改造されています。一応、短距離区間での使用を考えていたようです。この時は、東八幡平〜平舘駅線で使われています。

岩2く6146
岩2く6146

撮影:板橋不二男様(東八幡平営業所 1977.3.14)

岩手県北自動車 日野RC300P(1968年式)

帝国ボディの観光タイプで、側面に社紋があるので元は貸切車だったと思われます。新造後9年ほどを経て、今は八幡平への急行バスに使用されています。ワンマンカーです。
傾斜のないメトロ窓や大型のバンパーなど、後のRVへとつながる県北バスの標準仕様が見て取れます。
左に見える側面は、川崎ボディ。

岩2く6150
岩2く6150

撮影:板橋不二男様(宮古駅 1977)

岩手県北自動車 日野RE100P(1968年式)

金産ボディのメトロ窓車で、オーバルライトに金産ボディのマスクという独特の顔立ち。
上の方にある6127とはほぼ同形ですが、側面うしろの方の窓配置が異なります。さらに、正面ウィングマーク付近の3本ラインの切れ方、側面の社名の入り方、社紋の有無などに違いがあるのはなぜでしょう。
正面の方向幕は空で、窓の中に紙を貼っています。「宮古駅−鍬ヶ崎」と書いてあります。所要時間15分程度の宮古市内線です。どんなに短い路線でもロマンスカーに乗れるのが県北バスの魅力でした。

岩2く6158
岩2く6158

撮影:板橋不二男様(盛岡バスセンター 1977)

岩手県北自動車 日野RE100P(1969年式)

日野車ですが県北バスには珍しい川崎ボディ。塗り分けも変わっており、正面窓から側面窓への段差、側面窓の周囲の上半分がクリーム色、日野ウィングマーク周辺の切り方がマークに隠れて見えない、など特徴的です。これは、同じ川崎ボディのいすゞ車と比べると意味が分かる部分があります。

岩22か27
岩22か27

撮影:板橋不二男様(東八幡平営業所 1977.3.14)

岩手県北自動車 日野RC300P(1971年式)

金産ボディのメトロ窓車で、屋根上にラジオアンテナが見えます。
この時点では路線バスとして使用されており、ワンマンの看板もついています。
「平舘経由東八幡平行」と方向幕に表示しており、盛岡バスセンターから走ってきて、東八幡平で待機中なのだと思います。

岩22か34
岩22か34

撮影:板橋不二男様(東八幡平営業所 1977.3.14)

岩手県北自動車 日野RC300P(1971年式)

帝国ボディのメトロ窓車で、側面に社紋がありますので、当初は貸切バスとして入った車両だと思われます。
ワンマンの表示板や表示灯がありませんので、ツーマンの路線バスとして使用されている模様。
型式は窓配置からの推察です。

岩22か194
岩22か194

撮影:板橋不二男様(東八幡平営業所 1977.3.14)

岩手県北自動車 日野RC300P(1972年式)

岩22か27とは1年違いの金産ボディですが、マスクの形状が変わっただけで、だいぶ垢抜けて見えます。そのマスクは磨いたようにきれいな銀色に光っています。
ワンマン仕様ですが、この時は方向幕に「貸切」と書かれ、貸切運用に入ったようです。
隣りには川崎ボディ。

岩22か496
岩22か496

撮影:板橋不二男様(伊保内営業所 1977.3.21)

岩手県北自動車 日野RC300P(1974年式)

帝国ボディの前ドア車で、製造後3年目くらいですが、まだまだ新車のようにきれいです。この種の車両が貸切車として作られたのか、路線車として作られたのかは、よく分からないところがありますが、少なくともこの写真では九戸村の伊保内営業所で路線バスとして使われています。

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