絵葉書でめぐる日本バス紀行(北海道・道東地方)
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北海道(道東地方) 北海道の中で、網走、十勝、釧路、根室の4支庁内を道東地方としてまとめます。
網走地域は網走市や北見市を中心にオホーツク海に面したエリア、十勝地域は帯広市を中心に太平洋に面したエリア、釧路地域はその東側で釧路市を中心にしたエリア、根室地域は根室市を中心とした最東端のエリアです。
日本最東端の納沙布岬や知床半島、流氷、サロマ湖などオホーツク海に面した観光資源には恵まれています。内陸部は山地となり、阿寒湖、屈斜路湖、摩周湖などの火山湖が点在します。太平洋沿岸には平野部が広がり、穀倉地帯である十勝平野や釧路湿原などが知られます。

網走地域

北海道 温根湯温泉
温根湯温泉

撮影時期:1950年代後半(1955年以降)

北海道の留辺蕊(現在の北見市)にある温根湯(おんねゆ)温泉観光協会発行の絵葉書のケースです。温根湯温泉に向かうバスなのか、未舗装道路をバスが走る図柄です。
ケースには、石北線留辺蕊駅から1日20回の定期バスが運行しているほか、層雲峡へは1日4往復の定期バスが運行していると書かれています。さらに、東京−札幌間は26時間かかるようです。

青と黄色のバスは手彩色の仕業で、本当はエンジ色と白の旭川電気軌道のバスだと思われます。日野BD32/33(1955〜57年式・金産ボディ)です。中ドア専用シャーシで、助士席側面窓の前側の細い固定窓が特徴。

美しき原生花園
原生花園

撮影時期:1950年代(1957年以降)

バスではなく、国鉄のレールバスですが、釧網本線を行く単行のレールバスと、その奥の方に見える砂煙を上げて走るバスという風景。
単調な海岸線に沿って長く続いた草原、ハマナスの赤い花の群落が一面に咲いている。

レールバスは1956年製で、キハ03に改番された後なので1957年以降。標茶に配置されたキハ0311〜20のどれかです。(岡田誠一(2000)「国鉄レールバスその生涯」による)

網走 原生花園/花園の中を行くバス道路
原生花園

撮影時期:1960年代(1962年以降)

北浜原生花園は網走から約20km、バスで40分のところにある。オホーツク海岸に沿って南東に下るとモコト湖に出る。このあたりから花畑がはじまり、トーフツ湖まで続く。
説明書きではカタカナですが、モコト湖=藻琴湖、トーフツ湖=濤沸湖です。
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フェンダの丸みを活用したユニークなカラーデザインは網走バス。日野BK10(1956年式、金産ボディ)と思われます。ナンバープレートが緑色になっているので、1962年以降の撮影です。

原生花園と斜里岳
原生花園

撮影時期:1960年代(1964年以降)

オホーツク海と濤沸湖の間に広がる砂丘にはハマナス、エゾスカシコリ、エゾキスゲなどの花々が咲き乱れ、砂丘と平行して走る車窓からも、斜里岳の雄姿と原生花園の華麗な景観が展望できる。草原に放牧された牛馬の群とともに雄大な牧歌的風景がくりひろげられている。

バスは天窓付の観光バスで、日野RB10P(1964〜67年式、帝国ボディ)。ブルーリボンカラーで、側面にブルーリボンのマークがあるので、網走交通のようです。

十勝地域

帯広町(十勝圏)
帯広町

撮影時期:1930年代

恐らく走り始めたばかりの新車のバスを通りに置いてお披露目をしているところを、赤ちゃんを抱いたお母さんが見に来たという構図。
左の呉服店には「まつや」の文字、電柱には「レートポマード」のホーロー看板が巻かれています。
おもて面が「きかは便郵」と濁りがないので1933年以前の発行と思われます。しかし、写真の上のタイトルは左書きで書かれています。
十勝川温泉・北海道帯広郊外
十勝川温泉

撮影時期:1950年代

帯広のすぐ北側にある十勝川温泉。縦書きのローマ字でSASAIと書かれた建物は、笹井ホテルでしょうか。歓迎旗の下がる玄関に、バスが到着し、白いシャツの学生たちが集まっています。
日勝観光センター
日勝峠

撮影時期:1960年代後半

日勝峠の日勝観光センターに集う観光バス。
次の観光地へと日勝峠を越えて往来する一日数千人の旅客は昼食のひとときの憩いの場として必ず下車します。センター売店には沙流川銘石民芸品の展示販売と熊彫りの実演等で旅客の目を楽しませて呉れます

札幌市営バス、北海道中央バス、国鉄バスの貸切バスが並びます。
左端は北海道中央バスの日野RB/RC系でナンバーは3602
ドライブインに並ぶ左2台は札幌市営バスのいすゞBUでナンバーは375が読めます。
右端は北海道中央バスの日野RC(金産ボディ)でナンバーは2717

釧路地域

硫黄山の噴煙
硫黄山の噴煙

撮影時期:1960年代(1962年以前)

屈斜路湖の東岸近くにある活火山。山麓から頂上までの間に数千の噴気孔があって、さかんに硫気を噴出し爆発音が絶えない。

停車中の2台の観光バスは、道東バス。後に十勝バスに合併されますが、腰部に赤いラインの入る独特のカラーリングでした。天窓付の観光バスで、日野BD10系列(金産ボディ、1952〜62年式)です。
後輪にタイヤガードがあります。

釧路市街
釧路市

撮影時期:1960年代前半

釧路市街の幣舞橋を行く2台のバス。
左側の大きなビルには「森永チョコレート」の看板があり「よい品で世界に愛され親まれ」と書いた垂れ幕が下がります。町にはアドバルーンが上がるのどかな雰囲気。

は日野「ブルーリボン」のカタログカラーをまとったバスで、北海道には網走交通や北見バスなど多く見られました。日野BD13/14(1956〜60年式・金産ボディ)です。
は東邦交通でしょうか。いすゞBA351(1956〜59年式・川崎ボディ)です。
前を走る黄色い車が初代トヨタパブリカ(1961年〜)に見えるので、撮影は1961年以降です。

釧路市街
釧路市

撮影時期:1960年代前半

釧路市街の幣舞橋を行くバス。左のビルには「森永チョコレート」の看板。その脇には「森永キャラメル」の看板の出た店もあります。

手前のバスは、東邦交通の旧カラーで、三菱R380(1959〜60年式・新三菱ボディ)のようです。前ドア車です。

幣舞橋の繁華街
釧路市

撮影時期:1960年代前半

幣舞橋(ぬさまいばし)は釧路駅から南に1km弱の場所にある釧路川の橋で、その先が五差路のロータリーになっています。
「濃霧と霧笛は釧路の名物」といわれるように、ミルク色の霧が町をひたす詩情のある町である。りっぱな市街がひろがっていても、原野の背景がさいはての旅情を感じさせるのと反対に、北洋漁業の基地として活気のある街でもある。

手前のバスは、東邦交通の旧カラーのようですが、車体裾に青と赤の模様が入ります。いすゞBA741(1961〜64年式・川崎ボディ)のようです。

川湯白樺林
川湯

撮影時期:1960年代後半(1964年以降)

阿寒国立公園は、原始の姿をとどめる針葉樹林と白樺林が多く、紅葉は9月からはじまって10月上旬が最盛期である。川湯硫黄山のあたりはハイマツの緑とツタウルン、シラカバなどのコントラストが見事である。

走ってくるのは阿寒バスの日野RB10(1964年式〜、帝国ボディ)のようです。系統幕がついていますが、前ドア車に見えます。

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80s岩手県のバス“その頃”