岩手県北バス盛岡市内線開通(1984.6.18)

参入障壁
岩手県北バス盛岡市内線 それまで、岩手県北バスは中長距離路線という位置付けがあり、また盛岡駅前に乗入れるのも、岩手県交通や国鉄との関係で、高速バスや八幡平急行などに限定されていました。
そして、今回運動公園線が乗り入れたのは、盛岡駅バス停と言えどもロータリー内ではなく旭橋であり、滝沢川目線にいたっては従来系統と変わらず岩手高校経由であるなど、壁の厚さを素人なりに感じることはできました。
1984年6月18日、岩手県北自動車による初の盛岡市内線、運動公園線と滝沢川目線が開通しました。これまで岩手県交通だけに限定されていた盛岡市内線に、県北バスとしては初めての参入でした。
運動公園線は、盛岡市みたけにある運動公園北口から盛岡駅口、大通り2丁目、バスセンターを通って国道106号線の川目に至る路線。滝沢川目線は、滝沢村の滝沢駅前から盛岡市を縦断して川目に至る路線。いずれも、これまでの岩手県北バスの中長距離路線の免許路線と輻輳しているものの、岩手県交通の路線ともかなり競合しています。
県北バスでは、スタートにともない3両の新車を投入、秋には冷房付の新車3両を追加投入するなど、かなり力を入れているようでした。

その年の4月、国道106号線を走っていて、岩手県北バスの名前を見つけました。「川目操車場造成工事」と書いてある看板に、「106急行の休憩場所にしては盛岡市内に近すぎるし・・・」などと思いつつ、シャッターを切りました。
これが2ヵ月後の盛岡市内線の終点川目の折り返し場であることは、まだ分かるはずもありませんでした。

川目操車場造成工事
川目操車場

撮影:盛岡市(1984.4.1)

市内線専用車
市内線専用車

撮影:盛岡バスセンター〜県庁前間(1984.8.25)

市内線といえども、県北バスが導入するのは前ドア車両です。スタート当初は、正面の方向幕は小さく、行き先だけを表示していましたが、写真を撮らないうちに、大型化されました。
大型幕には、路線の経路がわかるような表記がされています。

ロマンスカーも運行
ロマンスカー

撮影:盛岡市片原(1985.4.29)

市内線とは言うものの、運動公園線は県北バス盛岡営業所の出入庫線の役割を持っており、貸切から格下げされたばかりの長距離路線車両も間合い使用されています。
これらの行き先は「川目」ではなく「盛岡バスセンター」になります。

運行開始当初の路線図

運行経路図

「6月18日運行開始!!」と書かれたチラシです。路線図には、輻輳する既存路線も描かれており、市内中心部の複雑な経路構成が分かります。
時刻表は右上の青色が「滝沢・川目線」で3往復、下のピンク色が「運動公園線」で16往復あります。
なお、左上の囲みにお詫びがあり「運行開始が当初より大幅に遅れ・・・」などと書かれてあり、調整に手間を要したことが分かります。

その後の盛岡市内線

岩手県交通では、数ヵ月後には競合する路線を再編、増強します。
県北バス運動公園線に対しては「みたけ西線」などを、県北バス滝沢川目線には「厨川中央線」を設定します。同時に「巣子車庫」を新設し、これら新路線の運行にあたりました。

岩手県交通の逆襲
岩手県交通厨川中央線

撮影:葉の木沢(1984.9.24)

県北バスは1984年11月、早くも巻き返しのダイヤ改正を実施、本数を増やします。これには、市内線専用車では初めての冷房車3両を新造しました。

冷房付新車導入
県北バス冷房車

撮影:盛岡営業所(1986.5.2)

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80s岩手県のバス“その頃”