80s岩手県のバス“その頃”          更 新 日 報       2018年(平成30年)5月7日(月)

更新履歴(2018年)

2018年5月7日の更新内容
  • 車両ギャラリー>入門その頃のバス>トレーラーバスを新設。
  • 車両ギャラリー>バス廃車体全国版>長野県8(その他)に画像を追加。
  • 車両ギャラリー>バス廃車体全国版>岐阜県3(その他)に画像を追加。
  • 車両ギャラリー>廃車体は生きている>集会所に画像を追加。
2018年4月18日の更新内容
  • 車両ギャラリー>1970年代奥の細道>岩手県交通3を新設。
  • 車両ギャラリー>その後の廃車体>羽後交通の画像を差し替え。
  • 車両ギャラリー>バス廃車体全国版>愛知県1(名古屋市交通局)に画像を追加。
  • 車両ギャラリー>バス廃車体全国版>岐阜県1(岐阜バス)に画像を追加。
2018年3月30日の更新内容
  • 車両ギャラリー>入門その頃のバス>ナンバープレートを新設。
  • 車両ギャラリー>バス廃車体全国版>静岡県2(大井川鉄道)を新設。
  • 車両ギャラリー>バス廃車体全国版>静岡県1(伊豆箱根鉄道)に画像を追加。
  • 車両ギャラリー>バス廃車体全国版>静岡県3(その他)に画像を追加。
2018年3月11日の更新内容
  • 車両ギャラリー>1970年代奥の細道>岩手県交通2を新設。
  • 車両ギャラリー>保存車の世界>外国製のバスに画像を追加。
  • 車両ギャラリー>廃車体は生きている>ロンドンバスに画像を追加。
2018年2月20日の更新内容
  • 車両ギャラリー>1970年代奥の細道>岩手県交通1を新設。
  • 車両ギャラリー>入門その頃のバス>灯火類を新設。
  • 車両ギャラリー>入門その頃のバス>北村製作所(観光バス)に画像を追加。
2018年2月8日の更新内容
  • 車両ギャラリー>保存車の世界>保存バスを見に行こう>いすゞプラザを新設
  • 車両ギャラリー>1970年代奥の細道>国鉄バス4(秋田県)を新設
  • 車両ギャラリー>保存車の世界>保存バスを見に行こう>日野オートプラザに画像を追加
2018年1月21日の更新内容
  • 車両ギャラリー>入門その頃のバス>冷房装置を新設
  • 車両ギャラリー>その後の廃車体>青森県(青森市交通部)に画像を追加
  • 車両ギャラリー>その後の廃車体>国鉄バス2(いすゞ)に画像を追加
  • 車両ギャラリー>その後の廃車体>十和田観光電鉄に画像を追加
2018年1月7日の更新内容
  • アラカルト>奥静 廃バス見聞録(後編)を新設
  • 車両ギャラリー>1970年代奥の細道>国鉄バス3(青森県)を新設
私説
ちょっと前の話になるけど、レスリングの伊調選手のパワハラ問題で、谷岡学長が記者会見で喋った内容。「栄和人強化本部長にはパワーがないので、パワハラが起きる意味が分からない」という趣旨。
その理屈が通るなら、世の中の中間管理職によるパワハラって存在しないことになるな。
パワハラするような人間は、大体上の人には従順だから、だからこそ、上の人はパワハラに気づかないんだよな。

更新日報

2002年7月1日創刊
発行者 "Age25"
Copyright 2002-2018 "Age25".

サイト製作者のメールアドレスは,迷惑メール等防止のため,掲載しておりません。
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掲示板更新歴

記載事項なし

リンク集追加歴

2017年10月1日 「外旭川自動車商会」削除
2017年11月23日 「岩手県交通ファンサイト」削除

その他

2010年12月1日
サイトデザインリニューアル開始
2018年2月20日
サイトデザインをスマホ対応にリニューアル開始
2018年4月1日
WOVN翻訳導入開始

1983年
春の雪が舞う盛岡を初めて訪れました。
国際興業カラーの丸型BU10や元西武バスのBU04Dと奇跡の再会を果たしました。
この街に住みたいなあ,と思いました。
1984年
この年の3月末から岩手県での生活を始めました。
来た直後に第三セクターの三陸鉄道が開業し,岩手県は三鉄フィーバーに沸きます。
1985年
3月に東北新幹線が上野まで本格開業。高速バス「ヨーデル号」が盛岡と弘前を直結するなど,本格的な高速交通の時代に入ります。
1986年
岩手県交通に小佐野社長が就任,国際興業グループ入りします。再建が本格化しましたが,バスのカラーも変わり始めます。
1987年
日本国有鉄道の歴史に幕。JRがスタートです。これと前後して,盛岡地区の国鉄(→JR)のディーゼルカーに新カラーが登場します。夏には,盛岡−青森間に高速バス「あすなろ号」が開通します。
1988年
3月をもって,私は岩手県を去りました。しかし,7月に盛岡−東京間の高速バスが開業すると聞き,1日だけ盛岡に駆け付けました。

岩手県
小岩井農場,八幡平,陸中海岸,浄土ヶ浜,遠野,平泉,みんな岩手県です。宮沢賢治,石川啄木,新渡戸稲造,原敬,みんな岩手県の人です。
青森県
高速バスも東北本線も,東北新幹線に接続して北へ向かいます。三角のアスパムが新しい青森の象徴でした。
秋田県
田沢湖は秋田県の湖,八幡平は半分が秋田県,十和田湖も半分が秋田県です。男鹿半島にも2回ほど行きました。
宮城県
気仙沼は岩手県と隣接する漁港です。仙台は,休日になると岩手県から遊びに行く若い人がたくさんいました。

盛岡冷麺
盛岡に来て最初の洗礼は冷麺でした。辛さに苦痛を感じながら食べているうちに,いつしかその麺の歯ごたえの虜になりました。
ひっつみ
すいとんも盛岡の郷土食になると名前をひっつみに変えます。
わんこそば
盛岡と言えばわんこそばですが,そんなにせわしなくそばを食べるのになじめなかった私は,結局1回も食べていません。もっとも住民が食べる食べ物ではありませんが。
南部せんべい
駅の売店では和風の筒に入って売られていました。一番手軽な盛岡土産として重宝しました。


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