小説・「ジェイク」

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 教会の3階へ上がると、その様子は更に一変していた。
 通路の両脇にズラッと並んだ花、花、花。
 赤紫の切花が、わずかに歩けるだけのスペースを残して通路一面に敷き詰められていたのだ。
「何だ、これは?」
 まさかの光景に面眩む。
「エイティ、何の花か分かるか?」
 ベアに聞かれてエイティが切花を一つ拾い上げる。
「これは、ダリアね。でも変だわ。この花は普通夏場に咲くものなのに」
 季節は冬を抜けようやく春に差し掛かったばかり。
 明らかに季節外れという訳か。
「この階全体に強力な魔法結界が張られているみたいだな」
「分かるか、ボウズ?」
「まあね、これでも魔法使いだから」
「うむ、ボウズは将来大物になるな」
「今だって十分大物だろ?」
 気まずい状態が続いているエイティとは、 出来るだけ目を合わせないようにしていた。
 教会3階は、下の階の半分程の広さしかなかった。
 外周部の通路を簡単に一周りしてから中心部へ。
 そこへ続く扉は、他の物とは違って花の模様が扉一面に掘り込まれてあった。
 ダリアだ。
 更に扉には金色のプレートが掲げられていて、こう記してあった。
『ダリアの間』
「花もダリア、部屋の主もダリアか・・・」
「何か意味があるのかしら?」
「さあね」
 エイティが聞くのにオレはただ肩をすくめて答えた。
「そう言えば、お城の名前もダリアだったわね」
「どういう事だ?」
 偶然にしては出来過ぎだが・・・
「行ってみよう」
 例によってベアがその扉を開いた。
 
 その部屋に入ったとたん、強烈な死臭に包まれた。
 これまでにもゾンビ等のアンデッドモンスターと戦っていた為ある程度慣れてはいたけど、これ程酷くはなかったはずだ。
「うぅ、気持ち悪いです」
 ボビーがげんなりとしている。
 オレだってそうだよ。
 部屋の奥には祭壇が祀られていて、その周りにもダリアの花が敷き詰められてあった。
 そして祭壇には黒塗りの棺が一つ、静かに安置されている。
「調べてみましょう」
 意外にもエイティが真っ先に棺の側に近寄った。
 スクライル相手に悲鳴を上げていたのが嘘みたいだ。
 棺に手を掛け、ゆっくりと蓋を開ける。
「!」
 息を呑むエイティ。
 棺の中で眠っていたのは、純白のウエディングドレスに包まれたミイラ。
 干からびて生前の面影は既に消えうせていたものの、こうまでして祀られているからには、余程の理由があったんだろうと思う。
「この人がダリアさんなのかしら」
 胸の前で十字を切ってからミイラに手を伸ばすエイティ。
 エイティの手がミイラの頬に触れた時、それは起こった。
『アガン、アガン、一体どこへ・・・』
 眠っていたはずのミイラが声を発し、そしてゆっくりと起き上がり始めた。

 ミイラの手がぬっと伸びエイティの首を鷲づかみにする。
「うっ・・・」
 エイティの顔が苦痛に歪み、やがてピクリともしなくなった。
「まさか!」
 あれだけの事で死んだとは思えない。しかし・・・
「大丈夫。マヒしただけだ。ボウズ、これでエイティを頼む」
 ベアがオレにひょいとリュックを投げてよこした。
 この中には確か各種薬が入っているはず・・・
「オレンジの瓶だ」
「分かった」
 ベアはバトルアックスを振り上げミイラへと突進して行く。
 二度、三度と斧を振るってミイラをエイティから引き剥がした。
 オレはリュックを持ってエイティに駆け寄ると、言われたとおりオレンジの瓶を取り出した。
 栓を抜くのももどかしい。
 慌てた手つきで、しかし瓶を落としたりしないように慎重に、栓を抜いてからエイティを抱きかかえる。
 気付け薬の入った瓶をエイティの鼻に近づけ匂いを嗅がせる。
「うん・・・」
 少しだけ意識が戻り始めたところで、瓶の中身を無理矢理エイティに飲ませた。
「うっ・・・ゲホっ、ゲホホ・・・」
「気が付いたか」
「うっ、ジェイク・・・」
「もう大丈夫だな」
 途切れた意識を呼び戻そうと、オレの手の中で瞬きを繰り返すエイティ。
 やがてその視線が定まる。
 すると・・・
 オレとエイティの目と目が合ってしまった。
 マズイ。
 何だかよく分からないけど、この状況はマズイと思う。
 さっきまでの気まずい状態から一気にこの至近距離だ。
「あっ、えーと・・・」
 何を言って良いのか分からない。
「うん・・・」
 エイティの方も状況は大して変わらないらしい。
「あのさ、さっきの事だけど・・・」
 こんな時に何を言い出すんだ、オレは?
 焦れば焦るほど、かえってパニックになってしまう。
「待って。今はそんな事言ってる場合じゃない」
 エイティはオレの手を抜け出すと自力で立ち上がった。
「まずは目の前の敵に集中しましょう」
「ああ!」

 戦況は芳しくなかった。
 ベアが必死にバトルアックスで叩き付けるも、ミイラには全くダメージを与えられていない。
 斧は確かにミイラを捉えているはずなのに・・・
「お返しよ!」
 エイティがスピアでミイラの額を狙う。
 しかし、ガツーンと鈍い音を残しただけでスピアは弾き返されてしまった。
「しょーがねえ、取っておきだ」
 オレは、アンデッドモンスターに絶大な効果を発揮する呪文、ジルワンを唱えた。
 これが決まれば間違いなくミイラは粉々に砕け落ちるはずだ。
 オレの手を離れた魔法力がミイラを捕縛する。
 が、程なくそれも掻き消されてしまった。
「ヤツには攻撃も呪文も通用しねえのか」
 魔法結界。
 この階全体に及んでいる結界が、このミイラに対するありとあらゆる攻撃を無効にしてしまうのだ。
 これじゃ倒せるはずがない。
 ベアもエイティもミイラに押し込まれ、次第に体力を消耗していく。
『アガン、アガン、どこにいるの?』
 干からびた髪を振り乱しながら、再度ミイラが声を発した。
「アガン・・・?」
 その名前に聞き覚えがあったような気がした。
 確か・・・
 
「分かった」
 オレの頭の中で色々な事が次第に一つに繋がっていく。
「オッサン、エイティ、一回逃げよう。立て直しだ!」
「うむ」
「了解」
「ほら、お前もだ」
 オレは足元に控えていたボビーを抱き上げると、ベアとエイティと共にダリアの間から脱出した。
 幸いミイラは部屋の外へは追っては来なかった。

10

「あの雪崩に埋まってたのがきっとアガンなんだ」
 ダリアの間を出たオレ達は、一度この階の階段の所まで戻って来ていた。
 何かあったらすぐにでも行動出来る態勢は崩していない。
「今朝、宿を出る前にガーネットが言ってた。『最近アガン王が行方不明だって噂だって』」
「その噂ならワシも聞いている」
 頷くベア。
「じゃああの人は王様なの?」
「多分・・・」
 はっきりした根拠がある訳じゃなかったけど、何となくそんな気がした。
「アガンはこの教会へ、あのミイラになったダリアの所へ行く途中で雪崩に巻き込まれたんだと思う。ミイラは言ってただろ『アガンがどこにいるのか分からなくなった』って」
「アガン王とダリアは恋人だったのかな」
「おそらくな」
 寂しそうな顔のエイティ。
 しばらく沈黙が続いた。
「で、ボウズはどうするつもりだ? あの死体を街まで連れ帰って蘇生させてからまた来るか」
「いきなり死体をダリアの所へ連れて行くってのはどうかな?」
「死体のままでか?」
「もしも蘇生に失敗してみろ、ダリアのミイラは永遠にアガンを求めて彷徨い続ける事になる。それなら死体だけでも見せたら納得してもらえるんじゃねえかな」
「そんなにうまく行くかしら?」
「やってみなくちゃ分かんねーよ。それでダメなら出直そう」

 一回教会を出て山道を下り、再び死体を雪に埋めた場所まで戻って来た。
 ベアは教会を出る前に、適当な木製扉の蝶番をバトルアックスで怖し、それを一枚持ち出していた。
 何をするのか聞いたら、これに死体を乗せて運ぶのだという。
 それが死者に対する最低限の礼儀なのだそうだ。
 背の低いベアやオレじゃ死体を背負えない。
 かと言ってエイティに背負わせるのはさすがに気が咎める。
 だからってこれ以上死体を引きずる訳にも行かないだろう、とベアは言った。
 アガン王のものと思われる死体を雪から掘り出すと、ベアが用意した教会の扉板にそっと寝かせる。
「さてボウズ、そっち側を持て」
 ベアが死体の頭側に手を掛けながら言った。
「オレが持つのかよ?」
「当たり前だ。こういうのは男の仕事だからな」
「力ならエイティの方があるだろう。オレは魔法使い、エイティはバルキリーだぜ」
 オレより頭一つ分上にあるエイティの顔を見ながら必死の抵抗を試みた。
 いくらベアと二人掛かりとはいえ、これはかなりの力仕事になる事は間違いない。
 出来ればこういう話は遠慮しておきたいところだ。
 エイティは初め訝し気にオレを見詰めていたものの、やがて満面の笑みを浮かべた。
 うまく行ったかと期待したものの、それは脆くも崩れ去る事になる。
「大丈夫よねえ。何たってジェイクは男の子だもの。これくらい運べるわよね」
「うっ・・・」
 返す言葉が見つからない。
 エイティのヤツ、分かってて言ってやがるな。
「決まりだな。ボウズ早くそっちを持て」
「分かったよ!」
 もうヤケだ。
 オレは死体を寝かせた扉板の足の方に手を掛け、ベアの「せーの」の合図と共に持ち上げた・・・
 つもりだったけど、これがどうにも上がらない。
「もう一回頼む」
 両足を更に踏ん張り、渾身の力を込める。
 すると今度は辛うじて扉板を持ち上げる事が出来た。
 両手、両肩にズッシリと重さが掛かる。
 手が抜けそうだとは正にこういう状態を言うのか。
「大丈夫?」
「うるせー」
「手伝おうか?」
「いいよ」
 エイティが言うのを意地で断り、フラフラした足取りながらも必死に扉板を持ち運ぶ。
 何度も手を離しそうになるのを懸命に堪えながら、やっとの事で死体を教会3階まで運び込んだ。

 ダリアの間へ戻ると、ミイラは再び棺の中で眠りに就いていた。
 ちなみに棺の蓋は開いたままだ。
「不用意に触るなよ」
 ベアが注意を促した。
 オレ達は慎重な足取りでミイラの側まで死体を運んだ。
 死体を乗せた扉板をそっと下ろす。
「ふぅ・・・」
「ご苦労様。君は少し休んでていいから」
「ああ、後は頼む」
「任せて」
 エイティは棺の中を覗き込むと、ゆっくりとミイラに話し掛ける。
「あなたはダリアさんですね? あなたの探している人はこの人ですか?」
 するとどうだろう。
 今度はミイラではなく、人の形をした靄のようなものがオレ達の前に姿を現した。
 その靄は明らかに女で、ミイラが着ているのと同じウエディングドレスを着ていた。
 しかしその顔は干からびてなんかいなくてとても若々しい。
 あっと目を見張るような金髪の美人。
 これがこのミイラの生前の姿なんだろう。
『ああアガン、待っていたわ。私よ、ダリアよ。聞こえるアガン?』
 やはり・・・
 オレ達が連れてきたこの死体はアガン王で、このミイラはダリアだったんだ。
『アガン、アガン・・・待っていたわ』
 ダリアはひたすらアガンの名を呼び続けた。
「そうよダリアさん。ここにアガンさんはいます」
 エイティがアガンの死体をダリアに見せた。
『ああアガン・・・』
 ダリアの顔が涙で歪み、アガンの下へ足を踏み出す。
「ちょっと待った」
 しかしベアがバトルアックスを構え、ダリアの前に立ち塞がった。
 驚愕の色を見せるダリア。
「何をするのベア!」
 これにはエイティも黙ってはいなかった。
 既に二人とも死んでいるとはいえ、恋人同士の再会を邪魔するなど、エイティには許せなかったのだろう。
「ちょっと待ってくれ。もしこの御仁が本当にアガン王なら、ワシ等はこの死体を城まで届けねばならぬはずだ。この国はまだまだ王の治世を必要としている。ここでダリアにくれてやる訳には」
 言われてみればそうだ。
 確かにかつての恋人達を再会させてはやりたいが、国の事を思えば王は連れて帰らなければならない。
「逢わせてあげてよ。ダリアさんはこんなになってもずっとずっとアガンさんを待ってたんだよ。せめて顔を見せてあげるだけでも、ねっ」
「いやしかしだ。そのまま死の世界へ死体を運ばれでもしたら、二度と王は戻れなくなるやも知れぬ」
 エイティとベアの意見は真っ二つに割れていた。
 どちらの言う事も分かる。
 それだけにどうすれば良いのか・・・
「で、結局どうするんだ?」
 我慢しきれなくなってオレは聞いた。
「・・・よしボウズ、お前さんが決めろ」
「ハッ?」
「アガンの死体をここへ運ぶと提案したのはボウズだ。だからボウズがどうするか決めてくれ。ワシはそれに従う」
「そうだね。ジェイク、私も君に任せるよ」
 なんてこった。
 こんな大切な事をオレが決めてしまって良いのかよ・・・
 どうする、どうすればいい?
 迷った末にオレは・・・

A・アガンを差し出す事にした。
B・アガンを差し出さない事にした。