小説・「ジェイク」
Bエンド
オレはベアの意見を受け入れて、アガンの死体をダリアには差し出さない事にした。
何となくそうするのが一番良いと思ったんだ。
「ダリアさん、あんたの恋人はここにいる。でもこの人はこの国の王様なんだ。まだまだ王様を必要としている人達がたくさんいる。だからオレ達は王様を街へ連れて帰ろうと思うんだ」
どんな姿になってもアガンを待ち続けたダリアにこんな事を言うのは本当に辛かった。
『分かっています。ですが、少しだけアガンと話をさせて下さい』
ダリアにそう言われては、オレもこれ以上は強い態度に出る事は出来なかった。
アガンの前から離れ、ダリアの為に道を譲る。
『ありがとう』
ダリアはふっと笑ってからアガンの下へ歩み寄った。
『アガン、良かった。ここしばらくあなたの姿が見えなかったから心配したわ。あなたを必要としている人はまだまだいます。あなたにはまだするべき事があるはずです。だから目を覚まして、アガン』
ダリアが胸の上で手を組むと、その身体が眩く輝き始めた。
そしてダリアの手から溢れた一雫の光がこぼれ、アガンの胸に落ちるとそこで静かな波紋を描いた。
それは奇跡。
完全に生命活動を停止していたはずのアガンが呼吸を始めたのだ。
『もう大丈夫ですね。それでは私は行かなくてはなりません』
「行くってどこへ?」
『・・・』
ダリアはそれには答えず、ただ静かにたたずんでいた。
『さようなら、アガン。私はあなたに逢えて幸せでした』
それが最後の言葉。
ダリアの身体は霧が引くようにすうっと消え、そして棺の中のミイラも煙となって消えていった。
それと同時にアガンが目を覚ます。
「ここは・・・そうかダリアの間か」
アガンはゆっくりと起き上がると、ダリアが眠っていた棺へと向かった。
「夢を見ていたよ。夢の中で逢ったダリアはとても綺麗だった」
年老いた男の横顔はどこか寂しそうで、それでいて何か懐かしいものを想い出しているような、そんな不思議な感じがした。
その後、アガンとオレ達は棺の脇に車座に腰を下ろし、お互いの状況等を説明しあった。
オレ達はここへ来た経緯から途中でアガンの死体を見つけた事、そしてダリアの間での出来事等を出来るだけ詳しく話して聞かせた。
一方アガンは、ダリアとの想い出話が主な内容だった。
ダリアとの出逢い、そして愚かな争いによってもたらされた恋人の死。
その後アガンはダリアを生き返らせる為に魔族と契約し、邪法によるダリア蘇生を何度も試みたという。
しかしそれもうまく行かず、アガンは数世代前まで蘇生や治療が行われたというこの教会にダリアを安置し、魔法結界を張ってダリアの遺体を腐敗や外敵から護ったのだそうだ。
モンスターを召喚し、配置したのもアガンだった。
モンスターが出るという噂になれば近付く者はいなくなるし、盗賊等の侵入者からダリアの間を護る為でもあった。
アガンは王としての激務の間をぬってはダリアの間を訪れていたという。
そして、山道を登る途中で雪崩に巻き込まれたところで記憶が途切れたと話してくれた。
「何故街の寺院でダリアさんを蘇生させなかったのですか?」
というエイティの問にアガンは
「身分違いの恋だったからな・・・」
遠くを見るようにそう答えただけだった。
「世はもうしばらくこの場に残り、ダリアとの別れを惜しみたいと思う。そなた達には是非とも礼をせねばなるまい。1週間程したらどうか城に世を訪ねてほしい」
「!」
そう、そうだよ。
王様を助けたとなれば、その報奨金はかなりの額になるはずだ。
「いえそんな。いいんですよ。私達は冒険者として当然の事をしただけなんですから」
「おいエイティ、何言ってんだよ? オレ達は王様を助けたんだぞ。それなりの・・・」
ボスっ!
突然エイティがオレの脇腹に強烈な肘鉄を食らわせ、その上ものすごい顔でオレを睨んでいる。。
「何すんだエイ・・・」
分かったような気がした。
王様を助けたとなれば、当然世間の注目を集める。
冒険者カードに何かと問題のある記載をしているオレとしては、それはちょっとマズイ・・・
「そ、そうですね。オレ達は冒険者として当然の事をしただけですよね。別にお礼なんて」
声が裏返っていた。
クッソー、王様を助けるなんて冒険者やってて一回あるか無いかの大手柄なのに、それをみすみすパーにするなんて。
「そうか。二人がそう言うならワシは別に構わぬが」
ベアも納得しちまった。
他にめぼしい収穫は無かったし、つまり今回は只働きって事かよ・・・
アガンをダリアの間に残し、オレ達は教会の外へ出た。
もうすっかり西に傾いた太陽が、山の残雪を赤く照らしている。
「これで良かったのかな?」
「よく決断した。それでこそ男だ」
ベアがオレの肩を叩く。
「にしてもさ、男ってのも大変だよな。死んだ恋人を生き返らせる為に悪魔に魂売ったりしたんだろ」
一人ダリアの間に残ったアガンを思い出す。
「愛する者を護る為ならば命を懸ける、それが男というものだ。アガン公は立派な男であった」
誇らしげにベア。
「君にそれが分かるかしらねえ?」
「何となくだけど、分かるよ」
「あらそうなの」
「何だよエイティ」
「後でちゃんと説明してもらいますからね」
エイティはオレの耳元でそう囁いた。
やれやれ、この女を納得させるのはちょっと骨が折れそうだ。
「それじやあ帰ろう。マロールで一気に街まで飛ぶからな。また山道を歩くなんてゴメンだよ」
「そうか、ボウズはマロールを使えるんだったな」
「当たり前だろ。それがどうかしたのか?」
「いやな、それならアガン公のご遺体を運ぶ時に・・・」
「あっ・・・」
オレはベアの顔を見ながら呆然となってしまった。
そうだよ、もうこの教会は隅々まで探索したんだから、どこでもマロールで自由に移動出来たんだ。
アガンの死体を運ぶ時もマロールを使えばあんな苦労しなくて済んだのに。
オレとした事が迂闊だった・・・
「アハハ、さすが大魔法使いのジェイク様ね」
「ドジですねえ」
「うるせー! 文句あるなら置いてくぞ」
ゲラゲラ笑うエイティとボビーを尻目にマロールの呪文を唱える。
身体がふわりと浮かぶ感覚に包まれる。
赤い夕日が思い出させてくれるのは、一面に咲き誇っていた赤いダリアの花。
ダリアの花言葉は「華麗」、「優雅」、そして「威厳」だという。
あのダリアという人はきっとそんな言葉どおりに美しい人だったんだろう。
そしてそのダリアを愛したアガンも威厳溢れる男だったんだ。
二人の恋は悲しい結末だったけれども、あんなふうに誰かを愛せるというのは素敵な事なんじゃないかなと思った。
それでオレの心も少しだけ温かくなった気がしたんだ。
小説・「ジェイク」・・・END