小説・「ジェイク」

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Aエンド

 オレはエイティの意見を受け入れて、アガンの死体をダリアに差し出す事にした。
 何となくそうするのが一番良いように思ったんだ。
「ダリアさん、あんたの恋人を連れて来た。こんな姿になっちまったけど、逢ってやってくれないかな」
『アガン、アガン・・・』
 ダリアはゆっくりとアガンへ歩み寄り、その傍らに腰を降ろすと愛する男の手を取った。
 すると・・・
 死んでいるはずのアガンから眩い光が発せられた。
 そして一人の男の姿が現れる。
 それはまだ若くたくましい、金髪の青年。
 若き日のアガンその人に間違いなかった。
 生と死、二つの世界に分かたれた恋人達が今、時を越えて再会を果たしたんだ。
『ダリア、待たせて済まなかった』
『アガン、ずっとあなたを待っていたわ』
 恋人達はお互いの存在を確認するかのようにギュッと抱き合っている。
『ダリア、これからはずっと一緒だ』
『はい・・・』
『行こうか』
『ええ』
 見詰め合う恋人達。
 やがて二人の唇が一つに重なった。
 それと同時に扉板に乗せていたアガンの死体と棺に横たわっていたダリアのミイラが激しく輝き始める。
「うっ・・・」
 あまりの眩しさに一瞬目を閉じてしまう。
 そして再び目を開いた時には、もうアガンとダリアの亡骸はオレ達の目の前から消えてなくなってしまっていた。
『ありがとう』
 どこからともなく二人の声が聞こえた気がした。
「二人で天国へ行ったんだね・・・」
「そうだと良いな」
 その時のオレ達は、みんな何となく天を見上げていたんだ。
 アガンとダリアを見送るように、いつまでも、いつまでも・・・

「これで良かったのかな?」
「良かったと思うよ。あの二人、とても幸せそうだったもの」
「うむ」
「素敵でしたよ」
 エイティとベアに肩を叩かれ、足元にはボビーが跳ね回っている。
「そうか、そうだよな」
 それでオレは自分の決断が間違ってなかったと思えるようになったんだ。
 この階に大量に咲いていたダリアの花は、いつしか全てしおれてしまっていた。
 ここに魔法結界を施したであろうアガンの魂が、もうこの世からいなくなってしまったからだと思う。
「にしても、女ってのは分かんねえもんだな。あんな姿になってもずっと恋人を待ち続けるなんてさ」
 オレはダリアを思い出し、そう洩らした。
「あらジェイク、それが女心ってものよ。いつか君も分かる時が来るんじゃないかな」
 何かを諭すようにエイティ。
「ボウズが女について語るのは10年早いようだな」
「まだまだですねえ」
「ちぇっ」
 ベアとボビーはゲラゲラと笑っている。
 
 教会を出ると、すっかり西に傾いた太陽が山の残雪を赤く照らしていた。
「ところで、今回の報酬はどうなるんだ?」
 最後に肝心な話を切り出す。
「無いわよ、そんなの」
「あっ?」
 返って来たエイティの思ってもみなかった言葉に唖然となる。
「報酬無しってのどういう事だよ!」
「だって今回何も収穫が無かったんだもの。最初に言ったでしょ、『上がりを人数分け』って。収穫ゼロをみんなで分けたらやっぱりゼロよね。サッキュバスがいた部屋に金のベッドがあったけど、あんなの持ち出せないし、それに君がススにしちゃったしねぇ」
「嘘だろ・・・」
 まさかこんな落とし穴が待っているとは思わなかった。
 こんな事になるんだったら、少しでも前金で貰っておくんだったか・・・
「イヤ、ワシにとっては収穫があったぞ」
「私もね」
「何だよ、それ?」
「この歳にしてマスターの魔法使いなんてそういないからな。それを見つけただけでも収穫であった」
「これからもよろしくね」
 バシバシとオレの肩を叩くベアとエイティ。
 どうやら二人にとっての収穫とはオレの事らしい。
 冗談じゃねえぞ、まったく。

「それよりも、今日はとことん飲みたい気分だな」
「あっ、それ良いわね。もちろんジェイクのおごりよね」
 勝手に盛り上がるベアとエイティ。
「ちょっと待て。報酬無しの上にオレのおごりってどういう訳だよ?」
「あらー、良いのかな、そんな事言って。君の秘密、みんなにばらしちゃうかもよ」
 エイティの顔がにやぁっと歪んだかと思うと、オレの耳元へ顔を寄せて小声でそっと囁く。
「分かった、分かりましたエイティさん。今日はおごらせてもらいます」
「やったぁ。それじゃあ行きましょうか」
 はしゃぐエイティ。
 クソッ、この女いつかシメてやる。
「ボビーよ、オレ達はそろそろ帰るけどオメエはどうする気だ? 山に残るのか」
「はい、出来ればこのまま皆さんとご一緒させてもらいたいです」
 クンクンと鼻を鳴らすボビー。
「よし決まり。ボビーも一緒に連れて帰ろう。でもボビー、街では普通のウサギの振りをしているのよ。言葉をしゃべったり人を噛んだりしたらダメだからね」
「はいです」
 エイティはボビーを抱き上げ、よしよしと頭を撫でてやる。
「それじゃあ行こう。帰りはマロールで一気だ。また山道を歩くなんてゴメンだからな」
「頼むぞ、将来の大魔法使い」
「今でもそうだって」
 ベアに応えてから、オレはマロールの呪文を唱えた。
 身体がふわりと浮かぶ感覚に包まれる。
 視界の隅に、流れ星が二つ寄り添うように流れていくのが映った。
 オレにはそれが、アガンとダリアの魂のように思えてならなかった。
(あの二人、きっと天国で幸せになれるよな)
 そんな予感が、少しだけオレの心を温めてくれたような気がしたんだ。

小説・「ジェイク」・・・END