アフガンの四季
(アルガオンの花)

佐々木徹 著
中央新書
・・・・・引用はじめ P77〜79
婦人達の祭リ
荒山の中腹に特に緑濃い場所があれば、それはすべて湧泉のほとりである。泉は被圧されて自噴するが、ほとんどの場合、水量の安定した確保のために掘削等の人工的な手がそれに加えられる。泉のそばには聖者の廟が建てられ、木々が植えられて公園とされ、人々の―それも主として婦人達の―憩いの場とされる。木々には乾燥に強く、植樹の容易な「アルガオン」(西洋はなすおう)が選ばれる。そして春は、このアルガオンの季節でもある。

 この国の町のほとんどは市街を土塀で囲み、土塀の何ヵ所かに大門を開けた城塞都市を原形としており、場合によっては土塀の外側に空堀を作り、夜問には大門を閉ざして出入りを禁じたりもした。諸州の州都でさえ、都市機能の変化と市域の拡大にともない、こうした城塞を崩すようになったのはごく近年になってからのことである。力ーブルでもかつての城塞は市街部にこそ原形を持たないが、西のアスマイ山と南のシル・ダルワザ山の尾根伝いに古竜の背中のようなでこぼこの長城を残している。

 この町の二大公共墓地は、こうした長城址の外側にある。ひとつはアスマイ山の西面にある前出のサヒーで、シーア派の人々の埋葬地としてアリーの聖廟を持ち、正月の旗上げ祭りの舞台でもある。他はシル・ダルワザ山の南面にあるショーダ、より正確には「ショハダ・エ・サーレヒン」と呼ばれる多数派の墓地で、天然の泉があり、古来いくつもの聖人廟が建てられてきた。泉は洞穴を掘り下げて水量を増やし、洞穴の周囲にはアルガオンの花々が咲き、野生の白いチューリップと美を競う。

 盛春、まだ葉のつかない裸のアルガオンに赤紫色の小さた花々が咲き揃うと、人々はショーダの斜面に敷物を拡げ、自家製のピザパイやビスケットを持ち寄り、サモワールに火を入れて甘い茶を沸かし、楽器を奏でて歌を唄い、花を賞でる。「アルガオンの祭り」と呼ばれるこの花見の宴は、この国に広くみられる婦人達を中心にした春の祭りである。花の期間はわずか半月にも満たないが、その間、入れ代わり立ち代わり、ここを訪れる婦人達は日頃の束縛を解かれて羽目をはずし、ひととき、満開の花に憩う。

 言い伝えによれば、キリストを売ったイスカリオテのユダはこのアルガオンの木の枝に自らくびれて死んだという。裏切りの代償としてユダに与えられた銀貨は、彼の死後、誰にも受け継がれることを拒まれたため、司祭達はそれで畑を買い、そこを旅人達の墓地とした。墓地は「血の畑」と呼ばれたという。「血」は救世主の血であるとともに、血の色の花の木にぶら下がって流したユダ自身の裏切りの血でもあったろう。

 泉のほとりには、著名だった人々の聖廟を埋めるように、無数の無名人達の墓石が並ぶ。数次の対英戦争の際、首都攻防の主戦場となったのはこの場所であり、無縁仏の一部はこうした対英「聖戦士」達のものである。そして人々は、そこに咲くアルガオンの花々の赤を聖戦士達の血の色だという。もしそうなら、この数年間の政変に関わって、同じこの地で流された新たな「聖戦士」達の血を加えることで、それはなおいっそう赤色を濃くしているはずである。

 雨が上がり、虹がかかり、アルガオンの斜面に婦人達の矯声が戻る。時は春、耕地は一雨ごとに緑を深める。しかし人々は、その耕地を灌概する水が単たる無色透明の雪融け水や天水ではないことを知っている。濯水には、それを得、それを守るために流し続けられてきた無数の人々の血の色が混じっている。だからこそ、冬の厳しい犠牲を経て、春は人々の血の花を咲かせる。

 人々は虹を見上げ、春の恵みを享受し、捧げられた犠牲に感謝する。ロスタムの強弓につがえられて放たれる矢は、そんな人々の想いであろうか。
・・・・・引用終わり

著者は1971年から1974年にかけてカブール大学文学部史学科に在籍。青春の4年間を過ごしています。アフガニスタンの人々の日常の生活を誠実と平等、愛情が溢れる内容を言葉を選んで非常に丁寧な文章で紹介しています。時々、杜甫を読んでいる錯覚を覚えました。ただ残念なことは、未だにアフガニスタンでは国家が不安定で外国に翻弄されています。日本と比べて自然環境がとても厳しい国です。それでも祖国であり、ふるさとであり、家族であり仲間であり、そしてすばらしい自然がありました。一日も早く平和を築くことを願うだけです。

ヘッセのエッセイ「老木の死を悼む」に「ユダの木」として和名セイヨウズオウ 学名 Cercis siliquastrum が語られていました。アフガンでは「アルガオン erguvan」と紹介されています。日本のサクラの感覚で理解してよろしいと思います。ここ数年戦争のニュースからはたして荒廃した国土で生き続けているでしょうか?

経過(サイト内)
キクラゲ→ニワトコ→ユダの木老木の死を悲しむ(ユダの木)→アルガオン

本日のニュース(2009.12.02)
アフガン3万人増派、戦費2.6兆円追加

参考:アバウトの数字です。
アメリカの年間国防予算60兆円、日本の国家予算80兆円。
アフガンテロ戦争:2001年11月から開始

本日のニュース(20110622)
現在の駐留米軍約10万人→年内に1万人撤退

本日のニュース(20110717)
米軍撤退開始。650人帰還を開始

最近のニュース(20120921)
アフガン増派部隊3万3000人の撤退完了→駐留部隊6万8000人→2014年末までにすべて撤退予定

最近のニュース(2012年)
故遺伝学者の木原均博士がアフガンで採取(1955年)した小麦の苗が再び祖国でよみがえる。


ペシャワール会のニュース→http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/
2003年より実施していました灌漑事業が2009年にほぼ完成。25.5キロの砂漠の末端まで水が開通。

言葉で言えない感慨があります。大変な苦労だったでしょう。アフガンの人々の喜びが伝わります。
今年一番のグッドニュースです。
2010年3月28日追加

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