涼風に誘われて


第一章 一日目

5.到着

SUZSKAZE_1_5.JPG - 75,882BYTES



目指す海岸に面した街には、午後五時少し前に到着した。夏至を過ぎてまだ一ヵ月、海に降り注ぐ陽光は高い。
「ふぅっ…」
最後の休憩にと立ち寄ったスーパーの駐車場で、バイクを降りたつばさは、ヘルメットを脱いで大きく息をついた。その隣で、弘希もバイクに跨ったまま肩をほぐしている。
「さすがに疲れましたね、先輩」
ヘルメットをサイドミラーにかけると、つばさは弘希に笑いかけた。車の少ない国道をほぼ一直線に走ってきたとはいえ、初夏の日差しの中を300キロ近く走れば、それなりに疲労も溜まるものだ。
「まったく」
弘希は苦笑混じりにうなずいた。つばさのバイクよりパワーがある分だけ走るのは楽だが、それでも300キロもの距離を走るとなれば疲れないわけがない。
バイクを降りると、二人は連れ立ってスーパーに向かった。入り口の前の自販機で飲み物を買うと、並んで壁に寄りかかる。
「で、夕食は何にします?」
ジュースを飲みながら、つばさは楽しそうに問い掛ける。キャンプに来て何が一番楽しみかと聞かれたら、まず誰もが夕食を挙げることだろう。それは、この二人にとっても同じことだ。
「そうだな…。お前さん、何かリクエストはあるかい?」
「できれば、たき火にバーベキューを。せっかくキャンプに来ているんだし、部活の合宿みたいな夕食は嫌ですから」
「あははっ、まあ、あれは、ね」
弘希はからからと笑った。二人の所属する科学部の野外合宿ともなれば、夕食はまず間違いなくレトルト食品のオンパレードになる。男子部員はごく少数の除いて料理などできるものはいないし、四、五人いる女子部員にしても、十数人分の食事を作ったら後がどうなるか当人達にも保証ができないからだ。
けれども、二人でキャンプならば、もっと違った楽しみ方もできる。弘希は料理のできる(野外料理というとてつもない制約が付きはするが)ごく少数のうちの一人だし、つばさは味にこだわるタイプではない。気の合った仲間同士でのキャンプならば、多少の失敗はその場の味付けのひとつにもなる。
しかし…。
「ロースタイルでバーベキューねぇ。二人じゃちときつくないか?」
ちっともきつそうに聞こえない声で弘希は言った。食材と調理はいくらでもやりようはあるが、弘希の持ってきたストーブやクッカーは、みんなソロキャンプ用なのだ。とてもバーベキューができるような装備ではない。むろん、そればつばさも同様である。軽い口調だが、彼はそれを気にしているのだ。
「普通にロースタイルで夕食をとってもつまらないですよ。せっかくキャンプに来ているんだし、もっと楽しいことやらなくちゃ」
ソロツーリングをやってるわけじゃないんですから、というつばさのだめ押しともいえる一言に、ごもっとも、と弘希はうなずいた。たしかに、マスツーリングならソロではできないことも楽しめる。
「よし、じゃ、夕食はバーベキューということで」
そう言うと、弘希はつばさを促してスーパーに入った。

 

 

…その後、一時間をかけて、二人は夕食の食材プラス金網など追加の調理道具を買い込んだ。最初、弘希は食材をつばさに任せて自分は調理道具を買いに行こうとしたのだが、何を馬鹿なことを、とその提案を言下に突っぱねたつばさに、スーパーじゅうを引っ張りまわされる羽目になったのだ。
「二人でやるから楽しいんじゃないですか。適材適所なんてこのさい後回しです」
そう断言するつばさに、役割を分担した方が効率的な気がする、と弘希は内心思ったが、やたらと楽しそうな彼女の笑顔を前にして、そこまで言うのは憚られるような気がした。
結局、弘希はあれがいい、これがいい、とつばさと喧々諤々の激論を交わしながら、カートを押して彼女の後をついて回ることになった。本来ならば二十分ほどで終わるはずだった夕食の買い物に一時間もかかったのは、主にここに原因がある。
「さあ、キャンプ場に行きましょう」
妙に元気な彼女を見やって、弘希はやや憮然とした顔でうなずいたものだった。



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