DC6(’04)7月上旬の日記
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2004年07月01日
新しい職場に着任して、1ヶ月が過ぎました。
その特殊性ゆえ、以前ほどこまごまと「ネタ」にできることは少ないのですが・・・

今まで居てたところとの、一番大きな違いというと「時間」でしょうか。
今までの職場は、それなりに仕事量は多かったものの、それらをきっちりとこなしさえしておけば、たとえば遅刻、早退けといった時間的融通はつけやすかったのです。
新しい職場は・・・はっきりいって実働時間はきわめて少ないです。
仕事場にいながらにして、仕事はせず、ぼーーーーーっと待機している時間のほうが、ハッキリ言って、はるかに長いです。
そのくせ、決められた時間内は、そこに控えていなければならないという・・・。
うーーーーん、さすが、●家●務員。

その「何もしていない時間」というのは、基本的に「常識の範囲内」であれば、何をしていても構わないわけで。
(音楽聴いたり、TV見たり、漫画読んだりはさすがにNG・・・と思われる)
ひと月経ち、だいたい職場にも慣れてきたわけで、そろそろ、そういった時間をいかに過ごしていこうか、思案中。
もちろん、勉強もするけれど、そんなん長時間、集中力もたへんし。(苦笑)

てなわけで、明日に続く・・・?

2004年07月02日
(7月1日の日記より続き)

勤務時間内の余剰たる余暇。
それはいかにして過ごすか。
もちろん、今まで専門としてやってきた糖尿病については、より深く勉強はしていくけども・・・。
今のところ、考えているのは、次の3つ。

1.語学
英語・・・うーーーん、今さらなぁ・・・・。
韓国語とか、中国語とか、そんなところかな?
でも、これは少し先になりそうな感じ。

2.読書もしくは活字浴
以前は田中芳樹氏や神坂一氏の小説を読みまくっていたんですが、ここ数年はそんな機会もめっきり減り・・・。
活字は、基本的に嫌いではないわけでして。
とりあえず、ACE兄さん大絶賛の福井晴敏氏の「亡国のイージス」そして「終戦のローレライ」が、現在待機中。

3.資格・検定
なんか、資格を取ろうかなぁ・・・と。
それも、認定医とか、専門医とか、あるいは産業医とか、今の仕事に直結するもの・・・では全然なく。
危険物取り扱いとか、福祉住環境コーディネーターとか、あるいはカラーコーディネーターとか、そういった、履歴書に書くと「なんでそんなん持ってんねん!」って激しくツッコミ入れられるのがいいなぁ・・・と。

と思っていたら、もうね、うってつけの検定を見つけてしまったのですよ。
その名も「京都検定」
予定は未定ですが、これは押さえておく・・・・つもりでございます。
経過、結果はまたいずれ・・・・。
     
  蜘蛛男の新選組・・・京都の土産物屋、やりすぎ


さて、本日は浅草まで、デーモン小暮閣下、琵琶奏者・友吉鶴心氏ほか出演の舞台「上野・浅草にほんの音 琵琶絵巻」を観に行ってまいります。
これを皮切りに、7月は舞台・イベント・ライブがめじろ押し!!
ちょっと数えてみたら・・・
閣下関係の公演×5、f.t.a.インストアライブ×2、CANTAライブ×2、+α・・・
と実に計10本!!7月の約3日に1度、何かある、ということになります。(実際は、週末に集中しているんですけどね)
+α、はなにか? ま、それはまたいずれ・・・・。<そればっか

2004年07月03日
昨日今日・・・そして明日と疾風怒濤の三都物語。

昨日は、東京は浅草へ。
デーモン小暮閣下、琵琶奏者・友吉鶴心氏ほか出演の舞台「上野・浅草にほんの音 琵琶絵巻」を観に行ってまいりました。

浅草駅を降り、雷門から浅草寺方面へ向かうと、そこは別世界。映画のセットか、はたまたテーマパークか。
   

   
京都の寺社仏閣とまたひと味違うけど、ここもまた日本の原風景、でしょう。
でもって、「琵琶絵巻」はまた素晴らしい公演でした。
詳細は、ライブレポにUPいたしました。

夜、知り合いと久々の再開。
まったりと2時間ほどを過ごす。
思わぬ頂き物までしてしまい、いと嬉し。

翌日、朝一番の新幹線で京都に帰還。
新しい職場の決まりで、この日は当直、というわけではないけど、何かあれば1時間以内くらい
で駆けつけられるように、という「宅直」の日。
そうでなかったら、もう少し、東京の休日を楽しんだんだけど・・・・

夕方、5時からは、大阪・難波のタワーレコードでもって face to ace のインストアライブ&イベント
間近の距離でのACE兄さん、素敵です、格好いいです、オレって何宗?(苦笑)
握手のとき、兄さんに「ちょうど自分も4月から6月にかけて、転職やらなにやらで分岐点だったんで、f.t.a.ですごく勇気つけられました。有難うございました」って御礼言わせてもらいましたらば。
兄さん「こちらこそ有難うございます。頑張ってください」だって・・・。
もう、胸キュン。

なんとなくわかったんですよ。
オレの中の漢(おとこ)の魂はデーモン小暮閣下にゆさぶられ、オレの中の少年の心はCANTAに刺激を受ける。
そして、オレの中の乙女心が、ACE兄さんにキュンとなるのだと。
ツッコミ、却下。

明日は三都物語完結編。名古屋でのface to aceのインストアイベントに行ってきます。

2004年07月04日
名古屋、face to aceのインストアイベントから帰って参りました。
今日のHMV栄でのイベント、ちょっとお得感のありますライブ、になりましたね。
エコーのかかってない「生声」であったり、諸事情による1曲追加だったり。

握手会のとき、当然のように乙女モード全開のオレ。
ACE兄さんと握手するとき、とうとう「愛してます」とまで言うてしまいました。
・・・いや「face to ace を愛してます」って言うたんですよ。
ACE兄さんは・・・・苦笑いで応えてくれはりました。(笑)

デーモン閣下が好きな気持ちもほんもの。face to ace が好きな気持ちも、またほんもの。五
分五分とかではなく、どちらも100%、優劣のつけられようはずがありません。
・・・って、まるで浮気性な男の言い訳みたいですね。(苦笑)


名古屋は実家があるのですが・・・。
今回、またしても素通りです。
お父ちゃん、お母ちゃん、おバカな息子で堪忍な。

2004年07月06日
「ハリーポッターとアズガバンの囚人」を観て参りました。

夜7時半からの回なので、特に子供がいるわけでなく、劇場も6分ほどの入り。
(時間差でさらに2箇所で上映してたしね)
まぁ、わりとゆるりと鑑賞することが出来ました。

今年は、監督が代わり、メインの3人も少しだけ大人になったためもあってか、あるいは原作も
そうなのか(すみません原作未読ですので)少し画面も内容もダークでアダルトな雰囲気。
以下ネタバレあり・・・
一番怪しそうな人物がそうでなくて、さらに一番善さそげな人物が実は・・・というのは、前々作、前作のそれを踏襲しつつもさらに今年は
ひとひねり?
いわゆる「タイムマシン」ネタ的な種明かしは、「ドラ●もん」に慣れ親しんだ日本人には別段驚くに値しないけど・・・2度観た方が理解度
が深まる作りってのは、戦略的なものもあるのでしょうか?
まぁ、値段分は十二分に楽しめましたね。
(この値段分すら楽しめないような映画も多くなくはないわけで・・・)

で。
とりあえず、今年も叫んでおきますか。
ハーマイオニー萌えっ!!

2004年07月07日
七夕!
というのとは、なーーんの関係もなく。

今日、とある荷物・・・まぁチケットなんですけど・・が、黒●コの宅急便で届いたんですが。
不在通知が郵便受けに入っていたので、安全確実な夜8時〜9時の時間帯で再配達をお願い
したんです。

で。
ギリギリの夜9時。
ピンポーンという呼び鈴とほぼ時を同じくして、なんだかやっばい警報音・・・
何事!?
と思いつつ、ドアを開け出てみると、宅急便・・・のたぶん下請けのおっちゃんが、呆然と立ち尽
くしておりまして。
「すみません、呼び鈴と間違えて、警報のボタン押してしまいました」
見ると、呼び鈴とドアをはさんで逆サイドにある警報のボタン・・・の「強く押す」のボタン。
めいっぱいメリメリにくいこむほどに押してありました

をいをい・・・。

わらわらとご近所さん集まってくるし。
挙句に、おっちゃん、受け取り印もらうや否や、とっとと帰るとするし・・・。
「ちょいと、おっちゃん待ちぃな。待たんかい!!」(怒)
とまでは強くは言いませんでしたが、ともあれ事が済むまでその場にいさせる。
なんとか解除は出来たものの、「お騒がせしました」・・・ってなんでオレが謝らにゃならんね
ん!

はぅ・・・・こんな事もある。

2004年07月08日
昨日の日記の続きなんですけど、ね。

 だいたい、これと・・・
   

    これを・・・・
    

いったいどうすれば、
間違えることが出来るっちゅうねん!!



今月2日、3日、4日より、夏の大行脚、もしくはひとり民族大移動が始まっています
が。
今日は、来週以降のチケットやらなにやらの算段。
特に、24日、25日は、新幹線、在来線はもとより、飛行機から夜行バスまでを駆使
する強行軍になりそうです・・・・。

2004年07月11日
本日は、日本の将来を少なからず左右しかねない、参議院選挙の投票日。
であるのとは、全然関係なく。

発車のベルに背中を押され 行き先知らずに乗った新幹線・のぞみでもって、広島着。(笑)
本日、face to ace のインストアイベントの最終日、広島のHMVに行って参りました。
本来は行く予定にはなかったけど、衝動的に計画を立てて(<矛盾矛盾)行きますことに。
広島駅でばったり出くわしました御仲魔。
先週「行かないよ」と彼女に語っていたので、思わずフリーズしておりました。(苦笑)

で。
サイン&握手会のとき。
原則としてサインは今回発売のマキシシングル「KALEIDO-PARADE」のジャケットにしてもらうんだけど、わりと自由になんにでもサインしてくれる模様。
そこで、今回意を決して、エース清水長官のソロアルバム「TIME AXIS」にしてもらうことにしました。
聖飢魔II時代のソロアルバムにサインをしてもらうのもどうかな・・・とも思いましたが、プロデュース&全曲アレンジを本田海月さん(当時恭之さん)がされてるし、f.t.a.のライブで「カラックス・・」「Bring You・・」等収録曲を演ることも多いし、まぁ良かろうと。
おふたりとも、快くサインを引き受けてくれはりました。

で、海月さんに・・・。
  
当時の御自分のお写真に「わ、若い!」と。(笑)
一方のACE兄さん・・・
  
これまた、「懐かしい!!」とおっしゃてましたです。

ちなみにに今回、握手しながら・・・
オ レ「今夜は薬研堀(広島の歓楽街。新宿の歌舞伎町、博多の中洲のようなところ)に行かれるんで
すか?」
ACE「あ、はい、行きますね」
オ レ「頑張ってください!!

・・・何をどう頑張るっちゅうねん!!(爆)

2004年07月14日
昨日は、飲み会を2本はしご。
夏の鴨川名物「川原の等間隔カップル」を尻目に最初の飲み会の会場であるホテルへ。
     

6時30分から、現在の職場の「幹部会」の暑気払い納涼会、とやらに。
オレは「幹部」でないんで欠席したかったんだが・・・なんか政治的な力が働いたのか出席する羽目に・・・。
周りは「〜長」と肩書きのつくひとばかりで居心地悪いこと、この上なし。
お料理は、テーブルに大皿で運ばれてくる・・・んだけど。
7時25分、メインの料理(お肉)が来る前に、中座させてもらい、次の飲み会へと移動・・・。
まぁ、内心ちょっとほっとしましたが。

7時35分、集合時間より少し遅れて、鴨川沿いにあり、川床もあるちょっとおしゃれな中華のお店へ。
遅ればせながらのオレの送別会を、前の職場の研修医・レジデントの先生でしてくれるとのこと、主賓でございます。
みんな忙しいのもあり、8時前くらいからぼちぼちと開始。
中華料理は・・・海鮮料理中心。エビやらカニやら・・・。
ちなみに、オレ、両方ともアレルギーがあって、食べられません。(泣)
メインのタラバガニを豪快にXO醤でいためたものも、香ばしくエビを揚げた料理も・・・。
イカのオイスターソース炒めなんかも出ましたが、最近尿酸値が高いので、これもパスしました・・・。
美味しそうな、フカヒレスープは・・・・なんでカニ肉入りやねん。(爆涙)
主賓なのに食べられる料理がほとんどなし。
ビールを肴に、ビールを飲んでおりました。<尿酸値はどうした

ま、気のおけないひとびとと一緒に飲んで・・・それだけで楽しかったんですけどね。

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2004年07月16日
(唐突ですが)横浜から帰って参りました。
14日から始まりましたCANTAの夏ツアー「向こうで会いましょう」
昨日、横アリ・サウンドホールでのライブに行って来たわけです。

新幹線、車中でうつらうつらとしていて、ふっと眼が覚めると、窓の外は豪雨!
新横浜駅に降り立つと、土砂降りに雷・・・。
どうなることかと思いましたが、しばらくすると小止みに、そして雨も上がり。

頚椎症のためか、左手〜前腕にかけてしびれがここのところ出てきているので、少しおとなしめにしようと、後方真ん中の丸テーブルに陣取りまして。
なかなか、からだがついていかなかったんですが、ライブハウスでの生音、ロックはやっぱりいいですね。
耳だけでなく皮膚で、触覚で音を感じる、とでも云いましょうか。
音楽浴、いや、轟音浴、といったところでしょうか。

でもって、先日の face to aceのインストアイベントの模様も、少しだけライブレポにUPいたしましたので、興味のあるかたは御覧くださいませ。。。

2004年07月18日
大至伸行さんって御存知でしょうか?
昭和59年初土俵。最高位は前頭3枚目。一昨年、18年間努めた角界を引退。相撲協会に残り、押尾川部屋で後進の指導にあたっていましたが、かねてからの夢であった歌の道をあきらめきれず、昨年6月退職、歌手として再出発したという変り種であります。
その一風変わった経歴、じつは同い年というのもあり、前々から気になってはいました。


で。
オレが月2度ほど行っている診療所。
こちら、有料老人ホームに併設しているような形になっておりまして。
なななんと、大至さん歌いにくるではありませんか!
これはぜひとも見ねばなんねぇと。

   

老人ホーム入居中の御老人が御相手っちゅうことで、選曲もそれ向けでございましたが、うんなかなかに「キレイなお声」をしてらっしゃいましたですよ〜。

終演後。
しっかり握手てもらいましたうえに、CD「大至の甚句革命」を購入、サイン&2ショット撮影もしてもらってしまいました。
      
   誰やねん、どっちが大至さんかわからへん言うてるのは!!


というわけで。
「仮設・ぶえる診療所」では大至伸行さんを勝手に応援致します。

しっかしまぁ。
CANTAのライブで、中1日で大至ってのも、たいがいですなぁ、オレ。(笑)

2004年07月20日
参萬打御礼、皆様多謝多謝。

ちなみに・・・・自爆でございました。(苦笑)

2004年07月21日
一週間ほど前から、頚椎症に悩まされてまして。
頚椎症(頚椎症性神経根症)とは
〔概念〕 
頚椎の椎間板ヘルニアあるいはLuschka関節の骨棘が後側方へ膨隆することによって神経根を圧迫し,痛み・神経
症状を呈する病態と考えられている。
〔病態および症候〕
椎間板ヘルニアによる神経根症は 30 歳代にも起こるが,骨棘が主体の症例は中年以降に発症する。症状は一側上肢へのしびれ感や痛みが主な症状で,首をねじったなどの原因で急速に発症することが多い。圧迫された神経根領域の知覚障害,運動障害,深部反射の低下などの神経学的所見を呈することがある。頚椎の位置,すなわち症状側への側屈,後側屈位をとると一般的に痛みが増強する。下肢症状,下肢の深部反射などは異常がない。
(今日の診療Vol.11 CD-ROM版 (C)2001 IGAKU-SHOIN Tokyo)
という疾患です。

ある朝起きたら、妙に左手〜前腕にかけてしびれていて。
4月にも一時期同じような症状があったんですが、そう悪くもなく2〜3日で軽快。
だもんで、今回もそんくらいで済むだろうって思っていたらば、まぁ日を追うことに悪くなり、しびれ→痛みになっていくではありませんか。
先週木曜日、CANTAのライブ行ったときは、まだましだったものの、金曜〜日曜にかけて痛い、痛い。金曜日に首の牽引をしてもらい、鎮痛剤を飲んでも、あまり効果もなく・・。

特に、車を運転するときと、PCを打っているときに、かな〜り激痛が・・・。
もう泣きそうになりながら、ハンドル握ったり、キーボードに向かったりしておりました。
基本的に保存療法・・・つまり、痛み止め飲んで、温めて、様子を見るしかないわけでして・・・
それでも、昨日くらいから回復傾向。
それが不思議なもんで「こ、これは整体にでも行かなければならんのでは?」と思って、インターネットで検索とかかけていたら、その最中に「ふっ」と症状が軽くなりまして。

今は・・・なんとか鎮痛剤が効くくらいにまではよくなって来ました。
なんとか週末の大性行、もとい大西行までには全快してほしいもんです。

2004年07月23日
Go West!!
ニンニキニキニキ

7月2日、浅草行きに始まった夏の大行脚、もしくはひとり民族大移動ですが、中盤戦にして最大の山場を迎えます。
本日下関にて開幕の「怪談狂言」ですが、明日の福岡公演、明後日の島根公演と観覧予定。
本日夕、バイトの夜診終了後にその足で京都駅へ、新幹線にて一路西へ。
北九州は小倉にて一泊後、明日博多入り。
夜、中洲で豪遊(予定)後、明後日朝、飛行機にて島根に移動。その夜の夜行バスで京都に帰る(26日早朝着)という計画。

もう無茶苦茶でごじゃりますがな。(苦笑)

ちなみに。
島根は、大学生活を過ごした青春(苦笑)の地。
さらに、会場の島根県民会館大ホールは、初めてミサ(恐レスツアー)を参拝した想い出の地です。
ふるさと総世紀末以来だから・・・・5年ぶりの来訪になりましょうか・・・。

というわけで。
管理医者、旅に出ます。
帰ってきてすぐの27日、CANTAのライブ@大阪ですので・・・・

そのうち、日記ろかはまとめて更新する・・・タイ。
とりあえず、中洲がオレを呼んでいる〜〜!!
(注:呼んでません)

2004年07月24日
3日晩は、博多の手前、北九州は小倉で1泊。
どうでもいいことでしょうが、
夜の小倉サイコー!!
なにがどうサイコーかは、書かない、書けない。(笑)

明けて24日。
朝、少しだけ早起きして、小倉の街中。
文豪・森鴎外の旧居もちらりと見学。鴎外は、文豪であると同時に陸軍軍医総監まで務めてお
り、日本医学史にも名を残す人物なんですよね。
   

ついでにこんなんまで発見。どひゃ。
(18歳未満はクリックしちゃダメよ)

さて、小倉駅から快速で10分ほど西へ行けば、そこはスペースワールド
  
なんせ、スペースなワールドでございます。(なんのこっちゃ)
ACE長官&LUKE参謀がBD6('93)にCMに御出演されたりイベントやったり、DC1('99)ふるさと総世紀末計画でも聖飢魔IIのCMがあったりと、聖飢魔IIにとっても縁のある場所でもありますね。
ジェットコースター類や、ライド型アトラクション。
あるいは、宇宙をテーマにしたパビリオン等には一切眼もくれず
向かうはスペースドーム内の展示「ザ・ゴジラ」
撮影に使われた着ぐるみやら小道具の類などを食い入るように眺め、ひとり悦に入っておりました。<あ、あやしー
「空想畑」にて、画像UP致しました)

ひる過ぎ、博多に移動。
中洲のど真ん中あたり。本日の仮の宿であるカプセルホテルに移動。
猛暑のなか歩き回っておりましたので、とりあえずひとっ風呂浴び、首〜肩にかけてまだ本調子にほど遠いので、マッサージを受ける。
そして、DC6夏仕様ぶえるに装備変換。「怪談狂言・耳なし芳一」の舞台となる大濠公園能楽堂に移動。夏仕様は・・・・機動力に欠けるなぁ。今後の検討課題・・・。

御仲魔としばし歓談ののち、舞台を鑑賞。
歌に踊り。デーモン小暮閣下をはじめ多種多彩な出演陣。よく知られたストーリーの「謎」を大胆に解釈する。
・・・とか言うと、おぉ、なんか去年の「シンデレラストーリー」みたいだ。(笑)
デーモン閣下のエンターテイナーぶりには、相変わらず素晴らしかったです。

終演後、中洲まで送ってもらい、標準装備に変換後、御仲魔たちとお食事。
ビールが美味い、あげまき貝も、初体験♪
楽しい時間を、どうも有り難う・・・・。

御仲魔ちゃんと別れたあと、ひとり余韻に浸りつつ、屋台でもつ焼き&ビール。
ネオンキラキラ、中洲の夜は更けていくのでした・・・。

(25日:前編:「波乱の島根入り編」に続く)

2004年07月25日:前編
(24日日記より続き)

「25日前編:波乱の島根入り編」

25日朝。
今回、福岡→島根の移動にあたり、交通手段として「飛行機」を選択しました。
陸路JRを利用すると、5時間弱はかかってしまうゆえ・・・。
とは別に、「ある意図」もあってのことですが、それはまさにどんぴしゃ。予想通りでありました。

さて、福岡空港で搭乗手続きをすませ、やたらと金属探知機にひっかりつつ(苦笑)滑走路に向かわば、そこには・・・・
えっとぉ・・・おもちゃのようなプロペラ機が・・・。
新幹線に翼をつけたような・・・というか、新幹線に翼つけた方が、絶対速く飛ぶと思う!!
  
ちなみに、SAAB340B。最終生産は聖飢魔II解散のDC1(1999年)だったりする・・・


なんて思いながら乗り込むと、大ハプニング発生!!
最後尾の指定された席に座り、荷物を片していたら、右前腕に刺すような激痛が。
見ると、そこには身の丈2センチほどの黄色×黒の昆虫が・・・
って、ハチーっ!!??
「刺すような」でなくって実際「刺された痛み」だったわけです。
みるみる腫れて、熱感を帯びるオレの右腕。
その後、ハチはというと・・・すぐに姿が見えなくなったから、針が抜け落ちて死んでしまったのか・・・。

ともかく、客室乗務員さんを呼んで・・
「すみませーん。今、ハチに刺されたんですけど・・・」
「も、申し訳ありません。大丈夫でしょうか」うーーーん大丈夫じゃないかも。(笑)
で、備え付けのくすりを持って来る。市販の塗り薬(抗生剤&ステロイド入り)とマキロン。ま、しゃぁないか。さらに保冷剤をもってきてもらい患部を冷やし、自分の荷物のなかから鎮痛剤を飲む。それでも、ズキズキと痛む・・・。
しきりにすまながる客室乗務員さん
「本当に申し訳ありませんでした。きちんと点検しておけば・・」
いやいや点検してどうなるもんでもありますまい。(苦笑)
「あの、また後で連絡を差し上げますので、連絡先を教えていただけますか?」
「じゃぁ、代わりにお姉さんの連絡先教えてください」
と云う余裕もなく、まぁ、連絡先を教えたりなんだったり。

ところで。
ハチ刺しだって、生命に関わることがあります。
「アナフィラキシーショック」という猛烈な反応でもって、呼吸困難や血圧低下を生じたりすることが、まれですがあるのです。
そんなこんなな最中に飛行機は定刻どおり離陸しちゃったわけで、もし、オレがそーいった緊急事態になっていたら、どうなったんでしょうか?
客室乗務員さんに
「お客様のなかに、お医者様か、看護婦さんいらっしゃいませんかー?」
とか問われたら・・・・息も絶え絶えに挙手せにゃならんかったかも。(爆)

 
左)空より宍道湖を臨む 右)間もなく、着陸

1時間ほどのフライトで、出雲空港着。バスで松江駅に移動。
前腕の腫れはまだひどく、なんか、針も残っているような感じ。
しゃぁないな・・・。
コンビニエンスストアで、カッターナイフを購入。
2ミリほど十字に切開を加え、ギリギリと傷口から漿液状のものをしぼりだす。
荷物のなかから抗生剤を内服し、あとはひたすら患部を冷やす。
やや腫れもひき、鎮痛剤も効いてきたのか、かなりましに。
いやはや、なんとも波乱な島根入りでありました。
(25日中編「灼熱の松江編」に続く・・・)

(ちなみにこれを書いています27日現在。右前腕の腫れはほぼひき、押さえたときにやや鈍痛を残すのみとなっています。初期治療が名医だったからね(笑))

2004年07月25日:中編
(25日日記前編より続き)

25日中編「灼熱の松江編」

先にも書きましたが、島根は大学時代+αを過ごした思い出の地、です。
松江は、ふるさと総世紀末のミサ以来だから5年ぶり、ということにはなるのですが・・。
今回の旅は、思い出を辿る旅、想い出に終止符を打つ旅・・・。

松江はこの夏一番の猛暑、になりましたようで、太陽がいっぱい、ジリジリって感じ。
松江駅でジブンへの応急手当を終え、名物・割り子そばで空腹を満たしました後、まずは松江城へ。
  
           左/松江城本丸 右/天守閣より臨む宍道湖

猛暑のなか、とろけそうになりながら、古い建物が軒を並べる「武家屋敷」さらに、小泉八雲の旧居や、小泉八雲記念館にも足を運ぶ。
  

  
                上)武家屋敷 下)小泉八雲旧居

「耳なし芳一のお話し」を妻・節子が語り聞かせ、小泉八雲が書きとめていったという、その在りし日に思いを馳せる・・・。
それから、今回の舞台となる、島根県民会館に移動。
島根県民会館大ホールは、オレにとって初ミサ参拝になった、本当に思い出深い場所。
そして・・・・再会があり。。。

島根県松江市は、故・野村万之丞氏が「萬狂言」「真伎楽」「復元おくに歌舞伎」の上演、「松江時代行列2003」のプロデュースを手がけられ、また今年3月「松江文化夢大使」のも任命されたという、非常に縁深い地、だそうです。
ロビーや客席のそこかしこで、そんな氏の思い出話がされていたのが、非常に印象的でした・・・。

(25日後編「感傷の出雲編」に続く・・・)

2004年07月25日:後編
(25日日記中編より続き)

25日後編「感傷の出雲編」

終演後、松江駅から出雲市駅に移動。
出雲市は、まさに大学生活を送った地です。

今を去ること・・・・まだ、元号が平成でなかった頃。(笑)
受験のために、出雲市駅に降り立ったオレは、
「な、なんてところに来てしまったんだろう・・・」
と思ったのでした。
当時の出雲は、それはそれは絵に描いたような田舎街。
さびれた駅舎、隣にはこれまたさびれたデパート。
駅前の通りには車が少なく、駅前の商店街を人影少なく・・・。
おまけに山陰独特の、低く立ち込めるような空模様。
まだ合格もしていないのに、これから先の大学生活を思い、憂鬱な気分になったのでした・・。

「住めば都」 すぐに慣れたけど。(笑)

出雲の地を訪れたのは、実に7年ぶり。
駅は高架になり、駅舎も出雲大社を模したお洒落な建物に。
さびれたデパートは、これまたお洒落なショッピングモールと、小奇麗なホテルに。
駅前の通りも綺麗に整備され・・・まぁ、車が少ないのは相変わらずだけど。(苦笑)
駅前の商店街はというと・・・・昔はなかったコンビニエンスストアや、全国展開の居酒屋さんやお洒落なお店と・・・オレが居たころには全然なかったショーパブ多数。(笑)
やはり時代は移ろい行くものなんですね・・・。

出雲市駅からバスで30分弱。出雲大社を訪れる。
ちなみに出雲大社は出雲市ではなく、簸川郡大社町にあるんです。
以下、神社な内容や画像は、オレの想いで巡りの一環ということでご勘弁を。

バスは日本一の大鳥居をくぐる。
      
     大鳥居:鳥居の高さ23メートル,柱の直径2メートル

以前、閣下がかつてこの地を訪れた際、車で強制的に鳥居をくぐらされてしまい、憤慨された
ってエピソードがあったと思うんだけど・・・どうだったかな?

参道を歩き、拝殿、本殿を巡る。
  
                  左)拝殿 右)本殿

ちなみに鳥居は、しっかりよけて通過しました。

かつて、日本の最大の建造物があり、その大きさは奈良の東大寺大仏殿を越える50メートル弱の威容を誇っていた、とは、最近の発掘調査からわかりつつあること。
鳥居だけでなく、神楽殿の注連縄(しめなわ)もでけぇ〜。
  
  神楽殿:下の人物で大きさ実感できるかしら?長さ13メートル、重さ5トン


出雲大社の思い出、というと・・・。
大学生時代、出雲大社の近くの中学生のところに、週1〜2回ペースで、家庭教師のバイトに行っておりました。
で、その度ごとに、出雲大社にも寄っておりました。
なにゆか? 参拝か?
否。
当時(BD7〜6)、フジカラー「写ルンです」のCMキャラクターをデーモン小暮閣下がされており。
「写ルンです」のバーコードを送ると、閣下の目覚まし時計orパジャマが当たるというキャンペーンが展開されていたんですね。
(どんな物だったかは、デーモン小暮閣下のDVD「宴会大王」参照のこと)
で。
著明な観光地である出雲大社。
そのゴミ箱をあさっては、廃棄された「写ルンです」の外袋を回収しまくっていたわけです。(爆)
100枚は送ったんじゃないかなぁ。
当たらなかったけど。(再爆)
(いや後日、某苦ションで両方とも入手したんですけどね)

それから、母校のキャンパスを訪ねたり、かつて下宿していた場所に行ってみたり。
(その辺は、まぁ割愛ね)
気分はすっかりセンチメンタルジャーニー(爆)

駅に戻り。
駅前で学生時代は「御馳走」だったとんかつ屋さんで、ヒレカツ定食を食べる。
すっかりさま変わりした駅前、でもとんかつの味は変わらない・・・。

夜11時。深夜バスは京都に向かって出発。
また再び、この地を訪れることはあるのでしょうか?
さまざまな感傷と感動と感慨にふけりながら眠りにつき・・・今回の旅が終わったのでした。

(24日,25日 福岡−島根編 完)

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