「おチビ…いつ帰って来るんだろ…」
「もう残りの日数が今日を入れて3日しかないのにね」
「…もしかして、諦めたのかな?」
リョーマがいなくなってから8日目。
あと1人で一人前の魔法使いと認められるのに、未だにその姿をこの世界に現していない。
八賢者の数人は王宮の中庭に集まり、リョーマが戻るのを今か今かと待っている。
どこに行ったのか?
何をしに行ったのか?
それは誰にもわからない。
「そのうちに帰ってくる…なんて言えなくなってきたね」
「…手塚…心当たりは無いのか?」
「……地球…くらいしか思い付かんが…」
しかし地球に何の用があるのか?
母親にでも会いにでも行ったのか?
リョーマがこんな大切な時期に行くはずはない。
リョーマと会えない日々を過ごすだけでも、手塚には拷問のように辛く厳しい。
「…リョーマ…」
「でも、手塚って本当におチビと付き合ってるの?」
キレイに跳ねている髪を指にくるくると絡めて、菊丸は手塚に訊ねていた。
菊丸は全く知らなかったのだ。
リョーマと手塚が付き合っている事を。
「知らなかったの?英二」
「…不二は知ってた?」
「もちろんだよ」
手塚のオーラはリョーマといる時だけ、凄く優しくなる。
常に痛いほどのオーラが、柔らかく暖かくなるのだ。
その変化を感じ取ったのは、リョーマが現れてから直ぐの事だった。
「俺はリョーマと出会うべく運命の元に出会った…」
「ほへ〜、何だか壮大なロマンスだにゃ。でも、何でそう思うワケ?」
「…幼い頃から不思議な夢を見ていたんだ」
独り言のように、手塚は幼い頃から見ていた夢の話を話し出す。
そのころからリョーマを見ていた。
そしてリョーマも自分を見ていたのだと。
だから、こうなるのは自然なのだ。
「そうなんだ。2人ともお互いをね…」
「…でも乾のおかげで、ちょっと歯車が狂ったね」
「仕方の無い事だ…」
過去の事を話さなかったのは、今が大切だから。
リョーマといる今が大切なのだから。
「…リョーマ、どこにいるんだ?」
「俺ならここにいるよ」
突然、後ろから声が聞こえた。
聞き覚えのある、少し高めの声が。
一斉にその声のする方を向くと、まさに今噂をしていたリョーマの姿がそこにあった。
「リョーマ、その人は…」
リョーマは、1人では無かった。
その後ろには、手塚にとって見覚えのある姿があった。
「お久しぶりです」
にっこりと、不二以上の微笑みで手塚に挨拶をした。
何故だか、どこかリョーマに似ていると思う。
「……菜々子さん…」
驚愕した表情で、懐かしいその顔を見つめた。
「…今から最後の試験したいんだけど…いい?」
リョーマは手塚に試験の申し出をした。
「最後の試験はここでするからな」
最後の試験はこの広い王座の間で行われる。
誰も入って来ないように、扉や窓には結界を張り巡らしてある。
もちろん八賢者達も中にいるが、呪文を唱えられないように、南次郎から魔法を掛けられ、しかも身動きを取れないように、身体の自由も封印されている。
「それじゃ、菜々子ちゃんはあの辺でな」
「はい。わかりました」
しかし、この試験で一つだけ今までと違っていたのは、全く関係ない人物がいる事だ。
「にゃんで?」
「…ねl、菜々子さんって、リョーマ君に似てると思わない?」
「俺もそう思ったんすよ」
不思議な顔で菜々子をじろじろと見てしまう。
「あー、一つ言い忘れていたが、菜々子ちゃんはリョーマの従姉妹だからな。ま、気になるのもわかるが、そんなワケだからな」
南次郎の発言で、菜々子の正体が明らかになった。
「…従姉妹?」
「どおりで、似てるんだ」
「よし。じゃ、2人とも始めろ」
南次郎の一言によって、最終試験が始まった。
「で、何をするの?」
最終試験だと言っても、結局は相手が何をするのかを決めなければいけない。
リョーマは当たり前のように手塚に内容を訊ねた。
「リョーマ…」
目の前のリョーマは、いなくなる前と何ら変わっていないかのように見える。
だが、どうしても手塚には違和感を否めない。
「…そうだな。これを…」
手塚は呪文を唱え、手の中に2本の花を出した。
ミルク色をしたその花の1本は自分の上着の胸へ刺し、もう1本をリョーマに渡す。
「俺の花を散らせたら認めてやろう。ただし、俺が先にリョーマの花を散らしたら、お前を魔法使いとして認められない」
手塚は試験の内容を告げた。
「…わかった」
その花を自分の服に刺し、リョーマは覚悟を決めた。
「それでは、始めよう」
リョーマと手塚の戦いは、凄まじいほどだった。
結界に守られているとはいえ、その振動が身体に響く。
ビリビリとした振動が幾度となく伝わる。
2時間ほどその戦いをしていた。
「すごいね…」
「本当に」
あまりの魔法の掛け合いに、八賢者達は驚いている。
手塚の力は全員が認めるほどのものだ。
が、リョーマも負けていない。
いつまでも続きそうなこの戦いに、先に仕掛けたのはリョーマだった。
ニヤリと僅かに口の端を上げると、手塚に隙を与えた。
まるで魔法を掛けろと言っているようだった。
「余裕なのか…アイスアロー!」
手塚は水の魔法をリョーマに放った。
無数の鋭い氷の矢が、四方八方からリョーマ目掛けて飛んでいく。
リョーマはその攻撃が当たる寸前、素早い動きでかわした。
「なっ!」
しかしリョーマに隠れて見えなったそこには、菜々子の姿があった。
「菜々子ちゃん!」
南次郎でもこの戦いに手を出せない。
たとえ、誰かが死ぬ事になろうとも…。
「どうする…助ける?それとも、見殺しにする?」
このままでは、菜々子に直撃は免れない。
しかし菜々子を助ける間に、リョーマは攻撃を仕掛ける。
「…リョーマ」
手塚は目の前にいるリョーマから視線を外し、背中を向けると魔法で菜々子の前に立つ。
「…手塚?」
「馬鹿な!」
このままではリョーマの魔法の餌食になる。
そう誰もが思ったが、リョーマは意に反してその場から全く身動きせずにその姿を眺めるだけだ。
「大丈夫か?」
自らが放った水の魔法を炎の魔法で相殺し、手塚は菜々子に無事かどうかを訊ねている。
まるで戦いを放棄したように、菜々子だけを見つめていた。
「…どうして私を?」
「どうして?お前が傷付くのは嫌だからな…」
2人の会話を聞いた全員は一斉にリョーマを見た。
『手塚はリョーマよりも菜々子を選んだ』
この考えは手塚のこの行動からしたら普通だろう。
…だが、実際には違っていた。
何故ならば…。
「俺はお前が大切なんだ…リョーマ…」
手塚は菜々子に対して「リョーマ」と言い、強く抱き締めた。
「リョーマってどういう事?」
「まさか…」
その場にいた全員が、手塚と凄まじい戦いをしていたリョーマに視線を移せば、その身体は見る間に形を変えていく。
「私が本物の菜々子ですわ」
リョーマだった者の本当の姿は…菜々子であった。
そして今、手塚に抱かれているのは…。
「…国光…」
こちらがリョーマだった」
「嬉しいけど…甘いね、国光」
抱き締められているリョーマは、潤んだ眼差しと不似合いな笑みをその顔に作った。
「…リョーマを魔法使いだと認めます」
手塚は上着の花が床に落ちているのを見て、南次郎にこの試験の終わりを告げた。
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