一、
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最初に横浜の病院に入院した時、病状が重く、薬のみによる社会復帰が困難になっていたとしたら、当時はまだ弁の形成手術は日本にはなかったのですから、間違いなく人工弁になっていたこと。
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二、
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主治医の奥様の手紙の誤解によって幸いにも新宿の病院にかわったこと。
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三、
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東京には心臓専門の病院がいくつもあるのに、娘が私に相談もなく電話帳で新宿の病院を探し診察の予約をとったこと。
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四、
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B医師の人違いがなければ問違いなく人工弁になっており、C医師による形成手術はぜったいに行なわれなかったこと。
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五、
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手術の前夜、家に半年以上も前に注文して、私もまったく忘れていた長靴が届けられ、私を励ましてくれたこと。
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以上、五つの奇跡のうちのひとつでも欠けていたとしたら、私は間違いなく第一級の心身障害者となっていたか、あるいは私の生命さえなかったのです。
私にはどうしてもこれをたんなる偶然として片づけるわけにはいかないのです。
このように、今回の私の手術は、たまたま私が気がついた五つの不思議によって、大成功となったのですが、私達の長い人生のうちにはまったく本人の知らない幾百幾千の不思議が重なって、今の私達がこの世に生かされているのだと気がつきました。ただただ仏様に感謝する外ありません。
そして仏様によって生かされている事を知った今の私には、残された余生を、仏様から与えられた与生として、これからの人生を「人事を尽して天命をまつ」というより「天命をまって人事を尽す」ようにしたいと思いました。