先日NHKのスポーツ中継でアナウンサーが解説者に向って「やはりあのように目を三角にしなければ勝つこと
はできないのですね」といったところ、解説者もまた「その通りだと思います」と返事をしておりました。
こんなことは馬術競技についていえば、まったくのナンセンスで、人馬ともに眦[まなじり]を決して、目を三角に
してしまったのでは、充分に勝てる実力のある人馬のペアでもぜったいに優勝することはできません。
癇の強い良い馬になればなるほど、騎手のほんの少しのルール違反で馬はすぐに目を三角にしてしまいます。
馬術競技では騎手はつねに冷静に馬の気持を察しつつ、とくに試合前の準備運動では馬の目を決して三角にさせる
ことなく、じょじょに輝きが増して生き生きとした光を発するように騎乗することが大切です。
「さあ、おれはぜったいに優勝するぞ」とばかり、騎手が、まるで馬と心中でもするかのように眦を決して馬に
またがったのでは、試合前の馬の精神状態を思いやるどころか馬の健康状態や筋肉のほぐれ具合等考える余裕もなく
なり、第一自分自身の身体まで、堅くなって思うような動きができなくなってしまいます。
そのうえ騎手の緊張感は、たちまち敏感に馬に伝わり、馬までが動揺して気分をいらだたせ、その結果ぎこちない
動きをするようになり、騎手はますます目を三角にして何とかいつもの良い状態にもどそうと焦って、拍車や鞭で
懲戒を繰りかえし、悪循環の末、馬は間違いなく目を三角にして競技場に入ることになります。
どのようなスポーツでも選手はつねに冷静さを失わず、とりわけ一番緊張したときというか、本当の勝負どころで、
もっとも体を軟かく、そして冷静に素早い行動がとれるように絶えず訓練しておく必要があります。
そしてここ一番という時に、冷静な精神状態を維持することができさえすれば、日頃の練習の成果も充分に発揮
され、優勝杯を手にすることもできるはずです。
会杜でも売上のノルマを達成させたいばっかりに、上司が目を三角にして部下を叱陀激励してみたところで、
売上増の戦略を具体的に示してみるか、最前線の兵隊に優秀な武器と弾薬を充分に補給してやらない限り、
部下の目に光は生まれず売上は減少するばかり、それでもなお尻をたたけば従業員は間違いなく上司不信におちいり、
来月売上予定の前倒しで、その場を繕うようなことにもなりかねません。
不況によって倒産する企業より、社員のモラルの低下による倒産の方がはるかに多いと聞きます。
以前私も新聞紙上を賑したある事件に、突然まきこまれ、一夜にして何億という莫大な資金の調達を余儀なく
されたことがありました。やむをえず会社の手持ち財産の外、私個人の土地家屋はもちろん、女房や子ども達の
定期預金まですべて担保に入れて何とかその場は凌ぎましたが、当然杜員の動揺は大変なもので、誰も彼も表面上
平静をよそおいながら、いつも私の顔色をそっとうかがうようになりました。
私もまた社員の気持が痛い程よくわかっておりましたので、どんなに苦しくても社員の前ではぜったいに溜め息や、
困った顔は見せまいと随分努力をしたものです。
またそれと同時に杜員の人達に不安感を抱かせることなく、社員一人一人の目に輝きが失なわれないようにする
にはどう社内環境をつくればいいのかを、本当に真剣に考えたことがありました。
そして杜員の目の中に、皆で力を合わせてこの危機を乗り越えて、以前にもまして良い会社にしようという
輝きが失なわれていない以上、ぜったいにこの会社は倒産することはないし、また倒産させてはいけないと思った
ものです。
”たった一つしかない人世を
たった一人しかいない自分を
ほんとうに生きなかったら
人間にうまれて来た甲斐がないではないか”
私の好きな山本有二の詩です。
何回か資金繰りのゆきづまりで倒産の危機を迎えるたびに、この詩は決して私個人だけのものではない、会社の
全社員やその家族全員についても同様のことがいえるばかりか、こんなつまらないことで多くの人達の人生を
一時的にもせよ狂わせることは社長としてするべきではないと思い、全国の六つの営業所をすべて廻り、それぞれの
社員とその家族を呼んで会社の経営状態を説明し、安心させると同時に小さな子どもさん達も含めた家族の
人達の顔を脳裏に焼きつけ、その人達のたった一つしかない人生を不幸にしてはならないと心に誓ったものでした。
その後会社は、親会社の社長の好意ある計いで新会社ができ、全社員失業の憂き目を見ることなく、
私が会社を退いて四年になる今でも、その時の人達と親しくつき合わさせていただいております。
スポーツでも仕事でも目を三角にしたのでは決して良い結果は期待できません。
事に当っては何とかして、
超然任天 悠然楽是
蕩然接人 厳然自粛
毅然持満 奏然処難
といきたいものだとつくづく思います。