2. 人 馬 一 体

 いささか我田引水になりますが、私はこの世の中で馬ほど美しい生き物はいないと信じております。
 ことに馬が何物にも束縛されず、生き生きと自由に走っているときの姿は、まったく身振いが出るほど美しいもの です。天気も良し、体のどこにも悪いところはない、お腹も適当に一杯だ、元気もありあまっている、このありあま るエネルギーを一体どうやって発散しようか、さあ一声高く嘶いて尻尾(尾根)を高くあげ、前脚で大きく大地を 蹴って思いっ切り疾駆してやろう。このような、真青な空の下で、緑の牧場の彼方にみるみるうちに消えていく 若駒の姿を見ていると、何とも美しく、この世の醜さ、煩わしさをすべて忘れて、私も馬と一緒に大自然の中に 溶け込んでしまいたいような気持にさせられてしまいます。
 馬場馬術の創始者も、きっとこのように美しい馬の自由な姿を、馬に乗って表現してみたいと思いたったところ から馬場馬術を考えついたのだと思います。なぜならば、馬の調教の基本にはつねに馬の解放性がもっとも強く求 められているからです。
 馬はあらゆる束縛から解放されて始めて、美しいリズムで運動することができ、その人馬間の解放性が完全に 保たれていてこそ、騎手と馬との間にいうにいわれぬコンタクトが生まれるのです。
 夫婦の間でも、お互いがつねに話し合って、悩みをわかちあい納得し合い、お互いに軽妙なコンタクトをとり 合って毎日を送るところに、本当の自由と幸福が生まれるのと同じです。
 さらに馬術の場合では、人馬間を結ぶ手綱によって馬の口と騎手の拳との間に軽妙なコンタクトが生れ、 それによって、馬は全身に推進気勢を漲らせて躍動カに満ちた動きをするようになり、この躍動力に満ちあふれた 歩様から馬の真直性が生まれるのです。
 このように、馬場馬術の基本は、
     一、解放性(規律の中での真の自由)
     二 リズム(日々の生活のなかでの済々たる自然なリズム)
     三 コンタクト(お互いの信頼感)
     四 推進気勢(将来に対する積極的かつ前向きな姿勢)
     五 真直性(ひたむきで素直な考え方)
     六 完全なる収縮と伸長(人馬一体)
 ということになります。
 この馬と人間との関係を、夫と妻との関係にあてはめて考えたとき、そこに理想の夫婦像が浮びます。 長い長い人生というレースの道中、少くとも夫婦の間だけは「人馬一体」ならぬ「夫婦一体」となるようにあらゆる 努力をすべきではないでしょうか。
 英語には「ベターハーフ」という言葉がありますが、これは夫婦はお互いが自分の分身、お互いが自分の一部 だという意味で、その意味からすると、少くとも夫婦間では、お互いを男性とか女性という意識でとらえるべきでは ないのです。
 お互いを異性として意識するところから、他の人間との比較が生まれるのです。
 いずれにしても、より良い人生を送るための大前提として、せめて言葉の通じる夫婦だけでも幸せになるために、お互い真剣に努力する必要があるように思います。